2-5

 都を取り囲む城壁には、アーガラム軍の騎馬隊が整列し、国賓の訪問を歓迎してくれる。

 そこから先、王宮までの目抜き通りは、騎馬隊の先導で進む。

 一つ手前の宿場町に立ち寄って、エディたちは昼の正装に着替えを済ませている。

 アーガラム国王夫妻や王太后との謁見は、明日の予定だ。けれど、都に入ってからは国賓到着のパレードという公式行事となっているため、華やかな装いが求められるのだ。

 外国の王族がやってくるというのは都の民にとって珍しい祭りと同じだ。

 通り沿いには、ティリーン王国の王子たちを一目見ようと民が集まっている。

 エディたちはあえて馬車の窓を開けて、歓声を送る人々に手を振った。


「噂には聞いていたが、すばらしい町並みだ。……ハーフティンバーというのだろう?」


 エディは通り沿いに立つ家々を眺めながらハロルドに問いかけた。


「ええ、可愛らしい印象なんですね」


 アーガラムの都の一般住宅は、その多くが木造建築だった。

 白い漆喰の壁に、黒っぽい柱や梁の模様が特徴的な建物が並んでいる。むき出しの梁や柱は建物の強度を保つための役割を負いながら、装飾も兼ねている。あたたかみのある華やかな町並みだ。

 優劣をつけることはできないが、レンガ造りの家々が並ぶティリーン王国とはまるで違う。

 本当に異国の地にやってきたことをエディに教えてくれているようだった。


 しばらくすると、王宮が見えてくる。アーガラム国の王宮は、石造りの堅固な建物だった。

 二重の高い塀に囲まれているのは、かつてこの地に戦が絶えなかった証だ。

 そんな王宮を横目に見ながら、エディたちを乗せた馬車は、王宮にほど近い場所にある迎賓館に案内された。


 迎賓館は、ティリーン王国から同行してくれている文官や侍従、護衛の兵も宿泊できる広い館だ。そして、館に専属のメイドや料理人なども常駐してくれるため、快適な滞在になりそうだった。


「迎賓館をまるごと一棟わたくしたちのために用意してくださるなんて、すばらしい歓迎ですわね」


 ヴィヴィアンは満足そうだった。


「うん。……王族同士が縁戚関係にある友好国だからな、一応」


 ほかにも外国からの賓客を招いているはずだが、おそらくエディたちにはとくに手厚いもてなしをしてくれているに違いない。


 到着するとすぐに、冷えた体をあたためるための熱い紅茶や甘いお菓子が振る舞われた。

 その後、ジェイラスとハロルドは、明日以降の予定のすり合わせをするために、アーガラム国の高官との打ち合わせに向かった。

 ニコラも、しばらくのあいだ同僚となる迎賓館勤めのメイドと話をするために席を外した。


「せっかくですから、わたくしたちも建物を見て回りましょう」


「そうだな。――そういたしましょう、ヴィヴィアン殿」


 迎賓館には、エディやヴィヴィアンの身の回りの世話をしてくれるメイドのほか、王宮から女官も派遣されている。

 普段は王太后に仕えているという年嵩の女官が、現在この迎賓館を取り仕切っている様子だった。

 エディは、アーガラム国の者の目がある場所では、念のため丁寧な言葉遣いを心がけなければならない。


 女官の案内で、建物の中を見て回り、最後に小さな中庭へとたどり着く。

 三方を建物に囲まれている中庭だ。南側だけは日の光を遮るものがなく、太陽の位置が低い冬場でも、十分に光を取り込めている。


「噴水があるのですね。女神の彫刻が美しいです」


 エディは中庭の中央にある噴水に近づいた。水瓶を抱えた女神像の噴水だ。


「こちらは春の訪れを告げる女神でございます。雪深い国でございますゆえ、春の訪れを感じられるものが好まれるのです。まもなく噴水の水を抜いてしまう時期なので、お客様にご覧いただけてようございました」


 女官がそう説明してくれる。北国のアーガラム国では、凍結するため冬場になると噴水の水を抜いてしまうのだ。

 小さなところで、異国を感じられる。


 この中庭で迎賓館を一通り見て回ったことになる。

 エディは女官がいると淑女らしくいなければと気を張ってしまうため、いったん彼女に下がってもらうことにした。

 噴水を望める場所にベンチが置かれている。今日は気温が高いらしく、ショールを肩にかけただけでも、過ごせる陽気だった。


「ずっと淑女らしく……なんて続けていたら、十日も持ちそうにないのだが」


 生まれてから十六歳の誕生日まで、エディは自分ではない〝第一王子〟を就寝時以外、ずっと演じていた。

 けれど〝第一王子エディ〟は物心つく前から長い時間をかけて創られたものだ。エディ自身ではないが、彼女の一部ではあった。


「まだ初日ではありませんか! わたくしが厳しく指導して差し上げたのですから大丈夫ですわ」


「うん……」


 肝心の王太后への謁見は明日。エディはなるべく身を休めて、万全の体調で臨む必要がある。


 エディが大きなため息をつくのと同時に、誰かが中庭にやってくるのが見えた。

 護衛として、ティリーン王国から同行してくれている兵の一人だ。


「――失礼いたします、王女殿下。お客様が……その、ロードリック殿下がお見えですが、いかがなさいますか?」


「ロードリック殿が!? 応接室にお通ししてくれ――ください。……応接室はたしか建物の東側でしたね?」


 今案内された建物内の部屋の配置を思い出しながら、エディは建物の中に戻ろうとした。


「エディ王子はどこだ!」


 声と同時に、エディたちのほうへ向かってくる人影が見えた。

 栗色の髪にグリーンの瞳をした青年――アーガラム国王太子・ロードリックと、それを追いかける侍従と思われる青年だった。

 ロードリックは短い髪にしっかりとした眉が印象的な、かなりがっしりとした体型の人物だった。

 背はハロルドよりは少し低いくらいで、一般的には長身なほうだろう。歩くたびにマントが揺れ、物語に出てくる騎士のような印象だった。


「あぁ……お待ちください、ロードリック殿下」


 旅を終えたばかりの国賓が休んでいるはずの場所にズカズカと乗り込んでくる。追ってくるロードリックの侍従も慌てている。

 ロードリックは花壇の近くに立っていたエディたちの姿に気がつくと、まっすぐに向かってくる。

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