1-4
「あの頃の私は、今考えると一番荒んでいた気がする……」
当時からエディは一人だった。
同じ王子という立場のジェイラスとはそれなりに顔を合わせる機会もあった。
おそらく第二王子を次期国王にしたいと考える者たちが、二人を比較するために引き合わせていたのだろう。
だから、ジェイラス以外の弟妹――カーシュ夫人に育てられていた二人の異母妹とは、ほとんど会ったことがなかった。
父である国王には家族がいて、エディはその一員ではない。エディの家族は王妃だけ――その王妃は、エディを憎んでいる。
そんな現実を理解しても、納得し、諦めることができない繊細な年頃だった。
だから、誰かに振り向いてほしくて、自分の優秀な部分を他者に見せつけるような行動をよくしていた。
「……そうでしたか」
「あの頃、年上のロードリック殿よりも、もちろんジェイラス殿下よりも……私のほうが強かったんだ。それから一年くらいで急にジェイラス殿下に追い越されて、敵わなくなってしまったけれど」
それは、ちょうどエディの二次成長がはじまる直前だった。
ロードリックがいた頃、彼女はまだ食事制限をする必要も、胸を押さえつける必要もなかった。
性別詐称の自覚はあったが、そこまで重く考えてはいなかった。勉学も剣術も、誰にも負けない自分は、将来の国王にふさわしいと本気で思っていた。
幼くて、無知だからこその自信だ。
体型の変化とともに、急にジェイラスが強くなり、剣術ではもう勝てないのだと思い知らされた。生まれながらに抱えていた嘘が、国を揺るがすほどの事態になりうるとはっきり自覚したのはその頃だ。
「懐かしいな……久しぶりに会えるのが楽しみだ。あちらが、私の性別の件を知ってどう思うかはわからないが」
以前に敵意を持っていなかった人物が、性別詐称の件を知り、態度を変えてしまうという経験は、ヴィヴィアンと再会したときに一度している。
彼女の場合、根が素直だったからすぐに和解できた。今では親友であり、どちらが姉かは定かではないが、姉妹と言っていい関係になれた。
ロードリックともそうなれるだろうか――エディの心中は期待半分、不安が半分といったところだ。
「会える……とは? ロードリック殿下がこちらへいらっしゃるのですか? 時期としては不自然ですが……」
この冬に、アーガラム国王の即位二十年の式典があること、そしてジェイラスが国の代表として式典に参加することは、ハロルドも知っているはずだった。
そんな大規模な行事が控えているのに、王太子がティリーン王国にやってくるのはおかしい、と彼は考えたのだ。
「あ……。えっ、……ええ、っと」
エディはそのときになって、最も重要な話をハロルドにしていなかったと気がついた。
隠したかったのではない。淑女失格の烙印を押されたことがショックで、そればかりで頭がいっぱいになっていたのだ。
完全に話す順番を間違えたエディは、目を泳がせた。
「あの……。じつは……そなたに重要な予定を伝え忘れていたのだが……」
「おうかがいいたしましょう」
エディはベッドに座ったままの状態ではあるものの、背筋をピンと伸ばした。これは、くつろいだ雰囲気で告げていい内容ではないから。
それから、ハロルドの目が据わっていたから。
「じつは……、一ヶ月後……アーガラム国への訪問が決まった。ジェイラス殿下の随行者に私も加わる」
「外遊ですか!? エディ様が?」
ハロルドが目を丸くする。エディは文官としての職務では、近場であっても、外泊を伴うような場所へは行っていない。
「そう。私個人に対して、マーティナ王太后からお誘いの手紙があった。断るのは不可能だというのが……国王陛下と私の共通の見解で……その……すまない……。先にそなたに相談するべきだった」
エディは今の立場が、もう王子ではないのだと正しく認識していたのだろうかと、自分でも疑問に思い、後悔した。
今の立場は、あくまでメイスフィールド侯爵夫人だ。ハロルドはもう臣ではなく、対等な家族だ。
たとえ断れない誘いだったとしても、その場で決定せず、まずは彼に相談するべきだった。
「ハロルド殿。怒っているだろうか……?」
聞くまでもなく、怒っているはずだ。無意識に彼を蔑ろにしてしまったという自覚があるエディは、罪悪感で目が合わせられなかった。
ハロルドは無言だ。なにも言ってくれないのが、憤りの証拠のような気がして、エディの胸は痛む。
するとハロルドが急に距離を縮めてくる。ギュッとつよく抱きしめられる。そのままポスッ、と音を立てて、気がつけばベッドに寝転がる体勢になっていた。
回された腕の力が強く、そのせいでエディは彼の表情を確認することすらできない。
「いいえ、エディ様。怒ってなど、おりません。……あなたが望むままに。私はエディ様が文官として働くことに同意しておりますから」
「でも……」
だったらなぜ、顔を見せてくれないのだろうか。いつものキラキラしているのに穏やかな表情を見せてくれたら、きっとエディは安心できる。
「もう眠りましょう。……明日からは淑女レッスンで忙しいのでしょう? 私も、これからものすごく忙しくなりそうなので……」
「う、うん……?」
エディのせいで、閑職のままのハロルドが「ものすごく忙しい」とはどういうことだろうか。
疑問に思うエディだが、問いただせる雰囲気ではなかった。
「……あの……おやすみなさい。ハロルド殿」
「おやすみなさい。エディ……」
ドクン、とエディの心臓が高鳴った。今、彼はわざと敬称をつけずに、彼女の名前を口にしたのだろう。
やはり怒っているのだ。
それでも、愛情が薄れたわけではないのだと、名前の呼び方一つでエディに伝えてくれる。
「……こんなときに言うべきではないのかもしれないが、寒い季節が好きになりそうだ」
寒い季節のほうが、よりハロルドのぬくもりを感じられる。
反省しなければならないのに、嬉しくなってしまうのは、きっと彼がこうやってエディを甘やかしているからだ。
「あなたという人は……まったく」
ハロルドが大きく息を吐く。
それでも背中に回された腕の力は強いままだった。
枕もとには、今でもしっかりラベンダー色のウサギが置かれている。
願いが叶うというのは、ハロルドのついた嘘だった。けれど、結果としてエディの本当の願いがいつも叶うのは、彼が助けてくれるからだった。
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