1-3
ジェイラスの書記官としての職務を終えたエディは、侯爵邸へ帰った。
晩餐はいつもどおりハロルドとヴィヴィアンと一緒だ。
「ヴィヴィアン殿。聞いてくれないか?」
食事を終えたところで、エディはヴィヴィアンに昼間の件を相談する。
疑う余地のない事実を突きつけられたエディだが、文官以外のエディの姿をよく知っているヴィヴィアンにも、意見を聞きたかったのだ。
答えはある程度予想できるので、気落ちして食べ物が喉を通らなくなったら困る。
だからエディは食事が終わったタイミングで話を切り出した。
「どうなさったのですか? 王女殿下」
「……今日、職務中にジェイラス殿下から衝撃的な真実を突きつけられてしまったんだ」
「衝撃的な真実ですか? いったいなんですの……?」
「私はドレスを着ていても、『見た目以外は、ダメダメ』な淑女だと言われてしまったのだが、ヴィヴィアン殿はどう思う?」
シーン、と侯爵邸のダイニングを沈黙が支配した。
「……そのようなことは絶対にありません。エディ様は、どんなお姿でも可愛らしい素敵な淑女ですよ。そして私の自慢の妻です」
答えたのはハロルドだ。
キラキラと輝く瞳。頬がほんのり赤いのは、きっと食前酒のせいではないのだろう。
彼の一点の曇りもない笑みは、決して嘘をつく人のものではない。
それでも――。
「ハロルド殿の言うことがあてにならないのは、さすがの私でもわかっている! だからヴィヴィアン殿に聞いているんだ」
彼はエディに甘すぎる。なにをしても全力で肯定してくる人だった。
誰かのせいにしてはいけないのだが、エディが一般的な女性の枠からはみ出している根本的な原因は、寛容すぎる夫にあるのだとさすがに気づいた。
この場で真実を告げてくれそうな人物は、ヴィヴィアン一人だ。
「王女殿下ったら……。今さらなにをおっしゃっていますの? 王女殿下はまず普通の淑女の二倍の速さで歩くでしょう? そこからしてダメダメですわ」
ヴィヴィアンの言葉は、ハロルドの十倍、百倍の説得力がある。そして、一ヶ月後に完璧な淑女であることが求められているエディの胸に深く突き刺さる。
「やっぱり、そうだったのか……」
「ダンスだって男性パートのほうが得意でしょうし、王子様っぽさが隠せていませんもの」
「王子様っぽさ……なるほど。ヴィヴィアン殿、忙しいところすまないが……私は急いで完璧な淑女を目指さなければならない。だから協力してくれないか?」
式典、それに合わせて開かれる舞踏会。そして、王太后個人に招待されるお茶会など、アーガアム国滞在中にあるはずのいくつかのイベントを乗り切れればそれでいい。
まだ一ヶ月の猶予があるのだから、精一杯取り組むべきだ。
「なんだかわかりませんけれど、おもしろそうだから付き合ってあげてもいいですわ」
頼もしい協力者を得たエディは、必ず一ヶ月以内に立派な淑女になることを決意して、晩餐を終えた。
◇ ◇ ◇
夜の寝室では、就寝前にその日にあった出来事をお互いに報告し合うのが日課だ。
私室ではなく、夫婦の寝室で一緒に眠るのがいつの間にかエディの当たり前になっていた。けれど、相変わらずハロルドが隣にいると落ち着かない。
エディは彼が好きだ。すでに何度も想いを伝えているし、彼が言葉をほしいと言うのなら、そのたびに伝えるつもりでいる。
けれど、真っ赤になるのは治らない。恋とは恥ずかしいものなのだろう。
眠くなるまで仕事の話をしていると、彼を異性として意識しないで済むのでありがたかった。
「それにしてもエディ様。急に淑女らしくなりたいだなんて……、いったいどうなさったのですか?」
まだ暖炉に火が必要な時期ではないのだが、寝間着のままでは体が冷えてしまう。だから同じ毛布を分け合って、ベッドの上に座りながらの会話だ。
「ハロルド殿は、アーガラム国のマーティナ王太后を知っているか?」
「……エディ様のお祖母様ですよね? お名前だけは存じ上げております。アーガラム王族でお目にかかったことがあるのは、王太子ロードリック殿下だけです。それも、パーティーでご挨拶をさせていただいた程度ですが」
「ロードリック殿か! 懐かしい……。あの方がティリーン王国にいたのは、ちょうど五年前だったかな?」
アーガラム国の第一王子はロードリックという名だ。――正式に次期国王であることが定められているため、王太子という称号で呼ばれている。
彼は、五年前に見聞を広めるため、諸外国を巡る旅をしていた。ティリーン王国にも一ヶ月ほど滞在し、そのあいだエディとも親交があった。
「親しくされていたのですか?」
「うん。滞在中は毎朝、剣の鍛錬に誘ってくれた。兄がいたらこんなかんじかな? ……と思っていた。実際、私にとってはいとこなのだし」
ロードリックはエディより一つ年上で、現在十七歳になっているはずだ。
五年前。ティリーン王国滞在中のロードリックは、年齢と立場が近いエディと一緒に学び、剣の鍛錬も一緒に行っていた。
記憶の中を辿り、彼はかなり負けず嫌いで快活な少年だったことを思い出す。
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