5-2

 ジェイラスの誕生日パーティーは、夕方から舞踏会の形式で行われる。

 だというのに、エディの支度は軽めの昼食をとったあと、すぐにはじまった。


 容赦なくコルセットを締められ、ニコラとグレンダにもみくちゃにされる。エディがされるがままになっていると、いつの間にか美しいドレスをまとった淑女が出来上がった。

 もちろん、見た目だけの淑女だった。

 予定どおりのドレスとサファイアのネックレス。耳もとのイヤリングは、エディが動くたびに揺れ、光を反射する。

 既婚者ではあるものの、まだ若いエディには明るい色の口紅が似合う。頬にも自然な色合いのチークを入れてある。

 エディはその出来映えに喜び、支度を手伝ってくれた二人に感謝した。


「エディ様、お迎えに上がりました」


 支度部屋の扉がノックされ、許可を出すとハロルドが姿を見せる。


「大変お美しいです。……ほかの男には見せたくないな……」


「う……うん、ありがとう。ドレスも、宝石も、綺麗でとても嬉しい。あと……今日のハロルド殿はかっこいいと思うぞ。いつもそう思っているが、今日もかっこいい」


 ハロルドの衣装は紺色に銀糸の刺繍が施された正装だった。エディのドレスと並んだときのことを考えて同系色の色でまとめてあるのだ。

 明るいドレスを引き立て、調和する色合い。ハロルドらしい選択だった。そして銀糸はエディの髪の色に合わせているのだと一目瞭然だった。


 エディは夫の瞳の色と同じ宝石を。ハロルドは妻の髪の色と同じ銀の刺繍を。

 昨日までのエディは、彼の意図に気がついても喜んではいけないことになっていた。それが今日からは変わったのだ。

 ハロルドが素敵な男性だと、ためらわずに言える。


「…………」


 ハロルドは手で顔を覆い、俯いたまま無言だ。ニコラとグレンダはエディを凝視して固まっている。


「なんだ?」


 期待していたのは、彼の笑顔だった。けれど奇妙なほど反応がない。


「エディ様が素直に!」


「いつもそう思っている、だなんて」


 ニコラとグレンダがそれぞれ瞳に涙をにじませながら感動している。


「夫なのだから、ほめたっていいはずだが……?」


 彼に対する想いを認めろと言ったのは、ほかでもない彼自身だ。メイド二人が、エディの変化に驚くのは理解できるが、ハロルドはどうしたのだろうか。エディはわけがわからず、俯いたままのハロルドを覗き込んだ。


「エディ様、お願いですからしばらくは二人だけのときにだけ、おっしゃってください」


 ハロルドは頬と目が真っ赤だった。顔を覆っていたのは、ニヤけてしまう表情を隠すためだろう。少し子供っぽい表情は、エディがはじめて見るものだった。


「そなたでも、そんな顔をするんだ」


 エディははじめてハロルドに勝てた気がした。

 ゴホン、と軽く咳払いをすると、彼は落ち着きを取り戻す。それから少しだけ身をかがめ、エディのほうへ手を差し伸べた。


「参りましょうか、本日は夫であるこの私が、パートナーを務めさせていただきます」


「よろしく頼む、ハロルド殿」


 ハロルドの手を迷わずに取ったのは、エディにとってはじめての経験だった。

 そのまま二人で馬車に乗り、王宮へ向かった。


「一つ、問題がある」


 移動中、遠くに王宮が見えはじめたところで、エディはあることを思い出した。先日の王宮訪問時の問題行動を、ハロルドにはきちんと話していなかったのだ。


「どうなさいましたか?」


「先日王宮へ行っただろう?」


「ええ」


「女官が嫌みを口にしたから、泣くまで罵倒してしまったんだ。……あのときは、そなたと離婚するつもりだったからそれでいいと思っていた。きっと噂になっているだろう。すまない」


 フォーブスとの一件は、ハロルドも承知している。けれど、その前にあった女官や侍従とのやり取りは話していなかった。

 エディは悪いことなど一切していないのだから、堂々とすべきなのだが、大貴族としての夫の権力を笠に着て脅すというのは、やり過ぎだった。

 しかも今でも夫を下僕として扱っている傲慢な女であるように振る舞ったのだ。


 それから一ヶ月も立たずに、態度が変われば皆が不審に思うだろうし、今日のエディはどんな女性でいたらいいのだろうか。


「……噂、ですか? 私はそのような話を耳にしておりません」


「常識で考えろ。『あなたの奥さん、悪妻ですよ』などと、直接そなたに言うばかはいない。普通の人間は陰で悪口を言うものだ」


「私が聞いたのは、今日の殿下のドレスが何色かを当てるちょっとしたゲームが流行っている話くらいです。知っていそうな私に探りを入れてくる者が多かったんですよ。困ったものです」


「なるほど……珍獣扱いだな。とにかく評判が悪いだろうから、改善するための努力は必要だ」


 公の場では言葉遣いを改めようと思案するエディだが、ハロルドが首を横に振る。


「エディ様は今のままで問題ありませんよ。むしろ急に変わっても、不自然ですし、侮られるだけです」


「そうだな……」


 親しみやすさか、威厳か。両立するのは難しい。ハロルドは威厳を取るべきだと言っているのだ。


「ですがエディ様はすでに降嫁し、まだ王女殿下と呼ぶ者も多いですが、正式な立場は侯爵夫人です」


「わかっている」


 メイスフィールド侯爵夫人、ハロルドの妻。その肩書きを受け入れると決めたエディだが、言葉にするとくすぐったい。


「エディ様が敬意を表したいと心から思う御方に対しては、どうぞ臣としての立場をお忘れなきようにお願いいたします」


「敬意を表したい相手――ジェイラス、殿下……だな」


 ハロルドが一度だけしっかりと頷いた。

 つまり、基本的には今のままのエディであり続け、ジェイラスに対してのみ臣として従う意思を見せる。

 そうすることによって、今後のエディと侯爵家の立ち位置を明確にしろというのだ。



 屋敷を出るときは、あかね色の空だったのに、いつの間にか日没の時刻を過ぎていた。

 そして二人を乗せた馬車は、目的地に辿り着いた。

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