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 久々のジェイラスとの語らいは、ひとまず二人のあいだでは関係修復ができたと言える。

 二人のあいだ――と限定するのは、昔から本人たちの思いとは裏腹に、周囲が勝手に対立を煽るという関係だったせいだ。

 なにかを決定するには至らないが、互いの思いを確認できただけでも、十分な成果だった。

 面会を終えると、なぜかフォーブスがエディを送ることになった。

 ジェイラスは止めたが、エディが進んでその申し出を受け入れた。男になにか言いたいことがあるのなら、直接聞いてみたいと思ったからだ。


 王宮の出入り口――車寄せまでの回廊を、フォーブスの先導で歩く。


「……そうだ。今日の歓迎方法は気に入った。じつにそなたらしい発想だったよ」


 エディはわかりやすい嫌みを口にして、相手の出方をうかがった。


「どういたしまして。それにしても、お美しくなられましたね。……口を開かなければ、完璧な淑女であらせられる。いやはやもったいない」


 この男は、降嫁した王女を侮っているのだろうか。

 王宮から去っても、彼女は侯爵夫人だ。国王の愛妾と遠縁というだけで、爵位を持っていないフォーブスが、無礼な発言をするのは不敬だ。

 しかも、女官たちの行動が彼の差し金だったことを、隠しもしないのだ。


(いいや。そういえば、無礼なのは前からだったか……)


 カーシュ夫人の遠縁ならば、つまりジェイラスとも血のつながりがあるということになる。それが、この男の自信になっているらしい。

 エディが呆気にとられ、大した反応をせずにいると、フォーブスがチラリと彼女のほうを振り返った。


「女性はいいですね。失脚しても男に体を差し出せば、贅沢な暮らしができるのですから。もしかして第一王子を自称されていた時代から、そのようなご関係だったのですか?」


 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、彼はとんでもないことを口にした。


「目上の者に言うならば、ただ失礼で愚かな男だと笑われるだけで済むだろう。だが、その発言……もし反論できない立場のか弱い女性に言ったとしたら、相当嫌われるだろうな」


 言葉を聞いただけで鳥肌が立ったのは、はじめての経験だった。


 このフォーブスという男は、ハロルドと同じ歳である。

 九つ年下の小娘に、嫌みを言うだけでも小者っぷりが半端ではないが、内容が卑猥な妄想というのがとにかく悪い。


「……言ってくれる! まぁいいでしょう。王女殿下がいくらジェイラス殿下との関係を修復しようと画策しても無駄ですよ」


「どういう意味だ? そもそも今日は、私がジェイラスに呼ばれたのだ」


 いつかはきちんと会って話がしたいと願っていたエディだが、立場的にジェイラスの誘いを待つしかなかった。

 手紙すら書いていないのに、画策するはずもない。

 そもそも、姉と弟が仲良くしてどこに問題があるというのだろう。


「将来、ジェイラス殿下が国王となられたら、おそばでお仕えするのは私ですから」


「うん……? それは別に否定しないぞ。そなたの職務はジェイラスの身の回りの世話をすることだろう? 侍従なんだから」


「あなたの夫が出世できないからといって、強がりをおっしゃる必要はありませんよ」


 フォーブスは妙な自信を見せた。身の回りの世話をする役割にあるフォーブスが、なぜハロルドの出世を気にするのか。ハロルドは王宮に出仕し、政を動かす立場にある貴族の一人だ。

 二人の立場はまったく違う。


「強がり……?」


 確かにハロルドはエディの性別詐称事件に巻き込まれるかたちで、次期国王の側近という立場を失った。それでも、彼自身は侯爵という高い地位にあり、なんら罰を受けたわけではないのに。


 そのとき、眩しさを感じて、エディは立ち止まる。

 いつの間にか、美しい庭園を見渡せる回廊まで辿り着いていたのだ。午後になると強い光が回廊を照らし、柱の影が床に模様を作る。

 王宮に住んでいた頃、お気に入りだった場所の一つだ。


 話すだけで気持ちが悪くなるという状況を緩和しようと、エディは庭園を眺めた。


「……あぁ、それにしても本当に王女殿下は美しくなられましたな」


 たった半年離れていただけなのに、もう懐かしく感じている。そんなエディにとって、フォーブスはとにかく邪魔だった。


「は、はぁ? 先ほども聞いたが……? まぁ、ほめてもらったと解釈しよう」


 まったく嬉しくないが――という心の声を、彼女は呑み込んだ。


「そうですね……。思うに、頼るべき者を間違えたのではないでしょうか?」


「……頼るべき者、とは?」


「ジェイラス殿下との関係修復をお望みならば、私にお任せいただければよかったのですよ。それですべてが解決したはずだ」


 名案だとばかりに、彼は何度も頷いて、勝手に納得をしている。

 どこか、自分に酔いしれているフォーブスの態度に、エディは戦慄した。


「そなた、つい先ほど私に下らない嫌がらせをしたのに、忘れたのか?」


 侍従や女官たちの浅はかな行動は、フォーブスの命令だ。明らかにエディを歓迎していなかったのに、急に態度を変える。


「後悔しているのですよ。……美しい王女というだけで殿下には十分魅力がある。性格に問題があったとしても、まだ若いのだから」


 まるで、今からしつけをすれば大人しくなると言っているようだった。


「気持ち悪い……」


 なめ回すような視線がとにかく不快だった。エディは無意識に一歩、二歩、と後ずさる。けれどそのたびに、男が同じ歩数だけ近づいてくる。

 歩幅の大きな男との距離は近くなり、やがて手首が掴まれた。


「なんとおっしゃいましたか?」


「気持ち悪いと言ったんだ! まず、ハロルド殿と張り合おうとすることそのものが、身の程知らずにもほどがある。容姿や身分など関係なしに、性格も、立ち居振る舞いも、教養も……とにかくなに一つ比較対象にすらならないだろうに。笑わせるな! それから侯爵夫人であるこの私に気安く触れるのも――」


 手首を掴む力が強まった。


「この! 王宮から追い出された分際で」


 プライドを傷つけられたフォーブスが空いているほうの手を振りかざした。

 エディはやれるものならやってみろ、と男をにらみつけた。どうせすぐに人が来る。弟にとって邪魔な存在が、拳一発を受け入れることによって排除できるなら、安いもの――そんなことすら考えて。

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