幕間 麗しの第一王子殿下が王女だったなんて

 麗しの第一王子殿下が王女だったなんて――。


 メイスフィールド侯爵の妹、ヴィヴィアンには夢があった。

 凜とした印象の王子様――エディ殿下の妃になりたいというものだ。

 キラキラと輝く銀髪に、アメジスト色の瞳。細身で背は低く、頼りないと言われることも多いが、むさ苦しいよりよほどいい。


 三年ほど前、ヴィヴィアンは王宮内の庭園で偶然エディに会ったことがある。


 侍従もつけずに散策中だったらしいエディは、薔薇の咲き誇る庭園で真っ赤な花に顔を寄せて、その香りを確かめていた。

 伏し目がちで、少し憂いを帯びたアメジスト色の瞳。普段の凜とした印象とは異なる彼がそこにいた。


「綺麗……」


 できることならば、ヴィヴィアンはあの花になりたいと本気で考えた。

 彼に愛でられている薔薇の花に嫉妬するほどだ。


「誰だ?」


「失礼いたしました、わたくしは……えっと……」


 王族が一人になることは滅多にない。きっと、どうしても一人になりたい気分だったのに、それを邪魔してしまったのだ。

 ヴィヴィアンは申し訳ない気持ちで胸が詰まり、まともな返事すらできなかった。


「確かメイスフィールド侯爵家のヴィヴィアン殿だったか?」


「ご存じでしたか?」


「一年前に茶会で会っているだろう?」


 確かに以前、兄と一緒に挨拶をしているのだが、その日にエディが会った人物は数十人に及ぶはず。だから名前など覚えていないだろうと予想していたのだ。


「ええ……覚えていてくださって、光栄です」


「記憶力はいいみたいだ。……それよりも薔薇が好きなのか?」


「え……?」


「先ほど綺麗だと言っていただろう?」


「え、ええ……花や美しいものはみんな好きです」


 綺麗だと思ったのは、花ではなくあなたです――初心な少女にそんな恥ずかしい本音が言えるわけもない。

 するとエディは、ヴィヴィアンにしばらく待っているように促して、庭園の奥へと消えてしまった。

 戻ってきたときには、大輪の赤い薔薇を手にしていた。きっとどこかで庭師をつかまえて、切ってもらったのだろう。


「そなたの黒い髪には赤い薔薇が似合うな……」


 そう言って、ヴィヴィアンの黒髪に真っ赤な薔薇が飾られた。

 彼女が恋に落ちた瞬間だった。


 エディと同じ歳で、高位貴族の令嬢であるヴィヴィアンには、その資格が十分にある。

 しかも一年前、兄のハロルドは第一王子の側近となった。

 兄とエディが親しくなれば、ヴィヴィアンにも個人的に彼と話をする機会が巡ってくる可能性は高い。


 そんな淡い期待は、兄からの手紙で無残に打ち砕かれたのだ。


「王女だったなんて……。わたくしの運命だと思っておりましたのに……許せないですわ!」


 国王と王妃――エディにとっての両親の不仲の影響か、彼はかなり奥手で十六歳になっても浮いた話の一つもない人だった。

 きっと真面目なエディは、ただ一人の女性を幸せにするために、妃選びに慎重になっているに違いない。

 エディが奥手だからこそ、信頼する臣の妹という立場は相当有利に働くはず。

 そんな妄想をしていたヴィヴィアンは、どれだけ愚かだったのか。


 エディに憧れていた十代の乙女たちを代表し、ヴィヴィアンは「兄嫁いびり」のため、急いで都へ向かうのだった。

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