1-6
翌朝、エディは生まれてはじめてドレスを身にまとった。色は深い青で、真珠のネックレスを合わせる。
断罪される身のため、色合いも装飾も控えめだが、王族として恥ずかしくない一着だ。
「ドレス……似合わないな」
せっかく女官が丁寧に支度をして、化粧までしてくれたというのに、鏡に映るのは女装した少年だった。少なくともエディにはそう見える。
彼女の容姿はそれなりに整っているはずだが、やはり肉付きの悪さが目立ち、女性としての魅力はなさそうだった。
「そんなことはございません、とても可愛らしいです。まだ殿下ご自身が慣れていないだけでしょう。御髪が長くなる頃にはきっと……」
そう言いながら、女官はエディの髪を丁寧にくしで梳いてくれる。
「だといいのだが」
明日からのエディは、牢で囚われの身となるか、それとも修道院などで人目を避けて暮らすか――。どちらにしてもドレスなど不要になる。
エディにとっては、裁きの日である今日だけが、たった一度だけ豪奢なドレスを身にまとう機会となるはずだ。
ここ数日親身になって世話をしてくれている女官に、そんな事情を説明し心配させても意味はない。
だからエディは曖昧な笑みを浮かべた。
「銀色のつけ毛はご用意できませんでしたが、真珠の髪飾りをつけましょう。印象が変わりますよ、きっと」
右耳の上あたりにネックレスと揃いの飾りがつけられた。
一番の問題は髪の長さだ。ティリーン王国では髪の短い女性はいない。それが少年のように見えてしまう最大の理由だった。
けれど女官の提案どおり、髪飾りをつけただけで、ぐっと女性らしくなった。
「ありがとう、とても華やかになった気がする」
エディは鏡の前で何度も自分の姿を確認して、女官に感謝を伝えた。
「お迎えに上がりました、エディ殿下」
支度を終えた頃、やって来たのはハロルドだ。
「ご苦労なことだな」
「今日の殿下は、大変可愛らしいですね。……僭越ながら、私がエスコートをさせていただきます」
彼は昨日のことなどまるで気にしない様子だ。
対等な立場の者が怒りをぶつけてきたら、普通の人間は憤る。つまり彼にとってエディは取るに足らない存在――そういうことだろう。
余裕ぶった態度が、エディを苛立たせている。
「嫌だ。一人で歩ける」
彼女は差し出された手を無視し、そのまま歩き出した。
ここ数日、食事制限をやめたおかげで、エディは貧血を起こさなくなっていた。
それなのに、王宮内の回廊を少し歩いただけでふらついてしまう。きっと精神的なものだろう。
すれ違う者たちの視線が気になり、恐ろしかった。許されるのならうずくまって泣いてしまいたいと本気で思った。
本来のエディは臆病な人間だ。
勇気がないからこそ理想的な第一王子を演じ続けていた。だから、その役割が終わった瞬間に、王子が持っていたはずのプライドも勇気もどこかに消えてしまった。
やがて、国王が待つ執務室まで辿り着く。
扉の先には、国王とジェイラスがいる――そう思うと、どうしても手が震えてしまう。大きな扉がずっと開かなければいいのにと願ってしまった。
「……殿下、大丈夫ですよ。私が一緒におりますから」
彼はエディの手をそっと取り、入室を促した。
「ハロルド殿……」
もう悪態をつく余裕すら失われている。
彼にはどうしても弱みを見せたくなくて、手の震えを押さえ込もうと彼女は必死だった。
やがて国王の側仕えの手によって、執務室の扉が開かれた。
「国王陛下のお召しにより、参上いたしました」
執務室に入ったエディは、付け焼き刃の淑女の礼をして相手の言葉を待った。
「王妃にしてやられたな。男として育った王女など、政略結婚の道具としてすら使えない。エディよ、申し開きはあるか?」
淡々とした言葉だった。
同情でもなく、憎しみでもなく、ただ使えないと切り捨てられる。そんな国王の態度に彼女はどこかで納得していた。
もともとエディと国王との関係は、一般的な親子のものではなかった。
世間話などをした記憶もない。国王と王位継承権を持つ者――それだけだった。
だから、王位継承の可能性がなくなった時点で、肉親でも後継者でもなく、どうでもいい存在になったのだ。
それを理解したエディは、どこか吹っ切れた気持ちになった。
ゆっくりと顔を上げて、まっすぐに国王を見据えた。
国王の隣にはジェイラスが立っている。彼と目が合うとあからさまに視線を逸らされてしまった。
エディは弟にはかまわず、最後にできることをしてからこの場を去る決意で、口を開く。
「ございません。どんな罰でも受けるつもりでおります。……ただ一つ、お聞き届けいただきたいことがございます」
「申してみよ」
「メイスフィールド侯爵が私の側近であったという理由で、不当な扱いを受けないようにご配慮いただけないでしょうか? 近しい者の中で、彼だけは私の罪を知りませんでした。真実を知って以降、彼が取った行動は、ご承知のとおりです」
ハロルドは真の忠臣だった。
王子でも王女でも、エディが王族であることには変わりない。
もう王宮にはいられないのなら、せめて有能な人材が自分のせいで閑職に追いやられることがなように働きかけるのが、王族としての最後の務めだ。
「それは、個人的な恩があるから言っておるのか?」
国王の視線は冷ややかだった。
それでも、エディは胸を張り、決して視線を逸らさない。
「いいえ。私がここから去り、ジェイラスが唯一の王位継承者となったときの均衡を考えてのことです」
国王は、大きなため息をついた。
「……そなたが王子であったならばと、本当に悔やまれる。エディよ、そなたはそのメイスフィールド侯爵への降嫁が決まった」
裁かれるつもりで、エディはこの場に立っている。
それなのに、国王の口から発せられた言葉は「降嫁」。つまり、エディの結婚の話だった。
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