1-5
それから、エディは部屋に軟禁されたまま数日を過ごした。
数時間おきにハロルドがやって来て、食事をしろ、着替えをしろ、針子を呼んだからドレスを作れと世話を焼いてくる。
エディが自身の体を少しでも蔑ろにすると「責任問題」を持ち出して、彼女の行動を縛ろうとする。
一体どんな役割を与えられたのかはわからないが、お節介な看守だった。
いつの間にか彼の手配で女官も出入りするようになり、軟禁生活は罪人とは思えないほど快適になった。
正式な処分が下される前のご褒美だと思って、エディはこの生活を受け入れはじめていた。
「殿下、お茶のお時間です。同席してもよろしいですか?」
部屋にやってきたハロルドは、ラベンダー色のウサギを抱えていた。きっとエディの私室から持ってきたのだ。
彼は長身で、貴族だが相当な剣の腕前を持つという。肩幅が広く、体は鍛え上げられている。目鼻立ちもくっきりとしていて、精悍な印象だ。
そんな彼が可愛らしいウサギの人形を大事に抱えているのは、滑稽だった。
「そのウサギも、そなたの顔も見たくない」
彼に対して悪態をつくのは、エディの日課になっていた。
未来のない王族の世話をしても、ハロルドが損をするだけだから。遠ざけるのは、かつて主人だった者の義務。そんなふうに考えての行動だった。
辛辣な言葉を浴びせても、ハロルドにはまったく効果がない。
性別がバレて以降、ハロルドは彼にとって都合の悪い言葉をすべて笑って受け流すことにしたようだ。
エディが拒絶しても、ウサギを空いている椅子に置いて、自身もちゃっかり着席した。
やがて二人分の紅茶と一人分のケーキが運ばれてくる。
ハロルドのぶんのケーキがないのは、甘いものが苦手だからである。
今日のスイーツはオレンジのタルトだ。つい先日までこういったものを我慢していたので、エディは喜びを押さえ込むのに必死だった。
「私の言いつけを守ってきちんと食事はされているようですね。安心しました」
食事もお茶の時間に出されるお菓子も残してはいけないというのは、彼の指示だった。
彼が手配した医者によれば、エディはいつ死んでもおかしくないほど衰弱した状態だったらしい。
「もう食事を制限する必要がないからだ。そなたに言われたからではない」
「つまり、ずっと我慢をされていたのですね」
ハロルドの表情が陰った。
エディは、この青年に同情されることを恐れていた。憎まれたほうが気が楽になるからだ。
「食事を抜いていたのは皆を
ハロルドが第一王子に仕えていたのは、第二王子派を牽制し、エディを国王にするためだ。将来ジェイラスが王となったら、かつて自分の王位継承を阻もうとしていた者を重用するわけがない。
つまり、ハロルドはエディのせいで将来約束されていたはずの地位を望めなくなったのだ。
「同情ではありませんよ。……それよりも、先ほど決まったことをお伝えしてもよろしいですか?」
「お願いする」
きっと正式な処分が決まったのだ。エディは紅茶のカップを置いて、姿勢を正した。
「王妃様は生涯幽閉となります。陛下は相当お怒りのご様子ですが、他国の王族であらせられた御方を極刑にはしたくないようです。……主犯が死罪にならないので、当然加担した女官たちもそう悪い扱いにはならないでしょう」
「母上の命が救われたと、私は喜ぶべきなのだろうか? それとも、極刑になればよかったのに……と憎んで、残念がればいいのだろうか? 自分でもよくわからない」
エディは、母をどう思えばいいのか本当にわからなかった。
母が、生まれた子の性別を偽るなどという愚かなことをしなければ、エディには王女としての幸福があったのかもしれない。
けれど、母の行いを否定すると、どうしても自分の十六年間をすべて否定することに繋がる。
正しい答えを求めて、ハロルドを見つめても正解は教えてもらえなかった。
「母上が極刑を免れたとすると、私もそれと似たり寄ったりだろうな……。幽閉されるのなら、母上とは別の場所がいいな」
ハロルドは王妃が主犯であると言っていた。だとすると、エディの処分も少なくとも極刑にはならないのだ。
今の彼女にそれを喜ぶ気持ちはなかった。望んだわけでもないのに、国を謀った罪人のまま生きていかなければならないのだから。
「……殿下の今後については、陛下から直接お言葉があると思われます。明日、朝から謁見の準備をお願いいたします。謁見には、私とジェイラス殿下が同席します」
発覚後一度も会っていなかった国王への謁見は、エディにとって気が重い。
「わかった。……今日はもう一人にしてくれないか? 肉親だからこそ、会うのに勇気がいるのだ。――父上やジェイラスがどんな目で私を見るのか、想像すると怖い」
それだけ言ってエディは立ち上がり、ハロルドに背を向けた。彼が立ち去ってくれるまで、窓の外でも眺めているつもりだった。
「それでは私はこれで失礼いたします」
背後でハロルドが立ち上がる気配がした。
「きっと、そなたと会うのは明日で最後だろう。……すまなかった」
一人にしてほしいと願ったのはエディだ。けれどなにか言い足りなくて、彼に背を向けたままそう声をかけた。
「いいえ……、私は殿下の臣ですから。今後もそれは変わりません」
変わらない、という言葉を今のエディは喜べなかった。
変わってくれなければ困るのだ。
「ハロルド殿。はっきり言えば、私はそなたが嫌いだ。そなたは正しい行いをすることが許されているんだ。……そういう者は私にとっては眩しすぎて、一緒にいると気分が悪い。だからもう関わらないでくれないか?」
エディの中にある彼への一番大きな感情は感謝だった。
それから羨望と嫉妬、もうこんな自分には関わるなと心配する気持ちもある。
「最後に一つだけ」
「なんだ?」
「今からでも、殿下が望むように生きることはできるはずです」
悪態しかつかない元主人に対し、ハロルドはどこまでも正しかった。
「……そんなはずはない。性別を偽らずにいられても、私は望むようになんて生きられない! そなたは私の願いなど知らないだろう? 無責任な慰めなどいらない……早く消えてくれ」
エディの頬に涙が伝う。それを知られたくなくて、語気を強めて退室を促す。
足音が遠ざかり、やがてパタリと扉が閉まる音がした。
これからなにを望んで、なんのために生きればいいのだろうか。ハロルドは優しい言葉をくれたようでいて、この先を自分で考えろとエディを突き放したのだ。
それはとても残酷で、エディはやはり彼が嫌いだと本気で思った。
嫌いになれればいいと思った。
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