1-4
ハロルドに抱き上げられたまま辿り着いたのは、見知らぬ部屋だった。
彼はエディをソファの上に下ろすと、棚から手当ての道具を取ってきて、隣に腰を下ろした。
「ここはどこだ? なぜ私の部屋に戻らないんだ」
「私に与えられている部屋ですよ。殿下付きの女官は秘密を知っていたはずです。信用できませんから、殿下にはしばらくここにいていただきます」
きっと彼は、エディが王女であるというたった一つを知っただけで、すべての事情を理解したのだ。
王妃が主犯で、エディが生まれたときからすでに嘘がはじまっていたこと。そして昔から仕えている女官も同じ罪を犯しているということを。
「……私は帰りたい! もういいだろう? ジェイラスに話してしまったのだから、どうあがいても隠せない……私も、女官も、母上も……罪から逃れることなんてできない。……そなたを信頼していたのに……こんな……っ!」
「あなたが破滅するまで共犯者でいることが、誠実だとおっしゃるのですか? 女官や王妃様は信頼できると?」
静かな声は、正論ばかりを並べ立てる。
言葉の一つ一つがエディには残酷だった。
きっと生まれたことそのものが過ちだったのだ。自分を偽らず、誰かに誠実であろうと願えばその瞬間に破滅する。
そういう存在のエディは、一体誰を頼ればよかったというのだろう。
「うるさい!」
こんなふうに、感情が爆発して抑えられないのははじめてだった。
指摘されなくても、王妃や女官が味方ではないのだと彼女は承知していた。
王妃は欲望とプライドのために娘を男として育てた。
女官たちは同情だろうか? 途中からは事実が露見したときに自分たちが罰せられるのを恐れて、取り繕うのに必死だったに違いない。きっと、時間が戻るのならこんな馬鹿げた画策には関わりたくなかったはずだ。
「まずは手当を。王族の方々より先に、誰かにこの件を告げるわけにはまいりませんので、私がさせていただきます」
「私に触れるな。本当に嫌なんだ。誰にも、見せてはいけないと……」
懇願しても、無駄だった。強引な手つきで適当に合わさっていただけのシャツが脱がされて、怪我をした左肩があらわになる。
男だとしても女だとしても貧相で、はずかしい体だった。
普段は絶対に人前で涙を見せないエディだったが、今はもう次から次へと落ちるしずくの止め方がわからなくなっていた。
「打撲と、軽度の裂傷ですね……」
「だから、余計なお世話だったんだ! 今すぐ私から離れろ」
ハロルドは王子ではないエディの命令など聞かないつもりなのだろうか。彼女がいくら拒絶しても、傷の手当てを続けた。
傷口には軟膏が塗られ、大げさに包帯が巻かれる。
「殿下、私はこれから国王陛下にこの件を報告して参ります」
「……そなたなど、もはや私の側近でもなんでもない。なにをするかいちいち報告しないでくれないか?」
ツン、とそっぽを向くとハロルドの大きなため息が聞こえた。
「決してご自身を傷つけるような真似はなさいませんように。お約束をしていただけますか?」
それは、早まった真似をするなという忠告だった。
「わかった……、約束する」
エディは即答した。
けれど内心では、彼との約束を守るつもりはなかった。性別を偽って、王位を継承するつもりだったエディには、重い罰が与えられるはずだ。
極刑もありうるし、よくて幽閉だろう。大罪人だと言われ、嘲笑され続けるより、消えてなくなったほうがいくらかましだった。
それに、第一王子の病死、または自殺というシナリオが誰にとっても都合がいいのは明らかだ。
今ならば数人が口を噤むだけで、王家の恥を闇に葬ることができるのだから。
性別を偽っていたことが明らかになったから、自暴自棄になっているのではない。
それより前から、ずっと――。
「殿下、ここは私の部屋です」
「先ほど聞いた」
「万一のことがあれば、私がすべての責任を負います」
エディが自害すれば、王族の死を止められなかった罰をハロルドが受けるという意味だ。
彼はきっと保身のために、そんなことを言ったのではない。そう言っておけば、エディがなにもしないとわかっているのだ。
「裏切ったそなたのために、私が思いとどまると考えているのか? ハロルド殿はけっこう愚かなのだな」
完全な強がりで意地の悪い笑みを作る。
エディは実際、無関係のハロルドが罰を受ける可能性があるとしたら、愚かな行動はできそうもない。
「少し、おやすみになられたほうがいいでしょう」
ハロルドはエディの嫌みには取り合わず、ソファの上で小さく丸まっていた彼女に、毛布をかけた。
もうエディにできるのは、ただ裁きを待つことだけだった。
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