第6話 遥の一日

 目が覚めると、見慣れない綺麗な部屋にいた。

「んん……」

 体を起こし、制服に着替える。そのまま家を出て、学校へ向かって歩き出した。

「あれ深雪じゃん、おはよー」

 前にいる女生徒に声をかける。女生徒は振り返り、びっくりしたように俺を見た。

 深雪はクラスメートで、学級委員だ。俺はよく彼女に怒られており、目を付けられている。

 遥と話しているところは何度か見たことがある気がするが、仲が良いというほどでもなかったはずだ。

「え、一瀬くん? おはよう」

 一瀬君と苗字の方を呼ばれてハッとなる。深雪との目線があまり変わらない。

 俺は遥と入れ替わっていることを思い出し、深雪にいつものように話しかけてしまったことを後悔する。

「いつもより元気だね?」

「え? ああ、そう。ちょっと春陽に言われてな……」

「変なの」

 深雪に言われて慌てて言い訳する。深雪は口元を抑えて笑った。

 内心、助かったと胸をなでおろした。朝一からバレてしまうところだ。

「一瀬君、あんまり話さないからびっくりしちゃった。それに、急に名前で呼ぶし……」

「ああ、ごめん……」

「別にいいよ。なんか春陽君みたい」

「まさか、ははは……」

 急に核心をつかれて心臓が高鳴る。今日から俺は遥なんだ、と意識を改めて、俺は深雪と並んで学校へ向かった。

「はよーっす」

 教室に入ると、俺は教室の前にいたクラスメートたちに声をかける。

「あ、ああ。おはよ」

 クラスメートたちは困惑しながらも、俺に挨拶を返した。

「……あ」

 意識を改めたはずなのに、俺はいつも通り「春陽として」の行動をとってしまう。

 ため息を吐いて、自分の席に座った。遥はまだ来ていないようだ。俺は机に突っ伏して、寝る体制に入った。

「おい、一瀬。寝るなよー」

 授業中、先生に頭を叩かれて目が覚める。

「んあ、すんません」

「お前が居眠りなんて珍しいな。昨日なんかあったのか?」

「ああ、ちょっと……」

「逆に春陽は今日真面目に授業受けてるし……」

 寝ぼけ眼で後ろを振り返ると、遥が呆れたように俺の方を見ていた。

「授業続けるぞー」

 先生は教卓の方に戻っていき、授業を再開する。

「お前、授業はちゃんと受けとけよ……」

 遥が小声で俺に言った。

「お前こそ、俺が真面目に授業受けてないの知ってんだろ……」

「……確かに」

 結局、授業態度までお互いになりきるのは難しかった。

 目が覚めたら教室内はざわついており、昼休みになっていたようだ。遥はすでに教室から出て行ってしまったらしい。

 昼ごはんを持ってきていないことを思い出した俺は、教室を出た。

「昨日休んだんだって? 大丈夫?」

 廊下で遥が女生徒に囲まれているところが目に入った。

 困ったように返答している遥を見て、ついニヤける。俺は見つからないように通り過ぎ、購買に向かった。

 もうめぼしいものは何も残っていない。適当にパンを買って、教室に戻りながら頬張る。

 いつもならだれかと昼飯を食べているのだが、今日は俺に話しかけてくる生徒はいない。

「あいつ、いっつも一人で飯食ってんのかよ……」

 ため息を吐いて、教室に戻った。席に座り、教室の外を眺める。

 窓からはグラウンドで遊んでいる生徒が見えた。

 一人の昼休みはそうとう久しぶりで、なんだか寂しい。俺は寂しさを紛らわすように机に突っ伏して寝た。目が覚めた時には、授業が始まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る