第5話 春陽になって

 目が覚めると、俺は春陽の家にいた。

「やっぱり元に戻ってるわけないよな……」

 ため息を吐いて、洗面所で顔を洗う。鏡に映っているのは、茶髪の男。

 まだ春陽の体であるという実感が湧かない。

 俺は制服に着替えて学校に向かった。

「春陽君おはよー」

「ああ……おはよ」

 女生徒に声をかけられるが、春陽と呼ばれることに違和感を感じた。

「昨日はどうしたの?」

「ちょっとな」

 努めて明るく女生徒と話す。

「春陽君がいなくて寂しかったー」

「ごめんごめん」

 俺は名前も知らない女生徒と一緒に学校についた。教室に着くまでにも、何人もの女子に声を掛けられた。

「はぁ……」

 春陽の席に着くと、俺は小さくため息を吐いた。これ以上話しかけられても困ると、机に突っ伏して寝る体制に入ろうとした。

「よっ」

「ああ、はる……か」

 一瞬、春陽と呼びそうになるのを抑え、俺の名前を呼ぶ。

「なんだよその間は」

 春陽は笑って俺の席に着いた。そして机に突っ伏す。

 授業中、俺は先生に指されないかひやひやしながら過ごした。

 

 

 

 昼休みに入り、俺は購買へと向かった。春陽は教室で寝ているようだ。

 購買で適当にパンを買って教室に戻ろうとする。

「あれ春陽君、一人? よかったら一緒にお昼食べようよ」

 また見知らぬ女子に声をかけられる。

「ん、いいよ」

「ホント? やったー! じゃあ屋上でみんな待ってるから、早く行こっ」

 断る理由もないし、変に断ったら怪しまれる。俺は女子と屋上へ向かった。

 屋上には何組かの生徒が弁当を広げて固まっていた。

「あれ? 春陽君だ」

「昨日休んだんだって? 大丈夫?」

「みんな心配してたんだよー?」

 何人もの女生徒に声を掛けられ、困惑する。春陽ってこんなにモテていたのかと実感した。

「ああ、ちょっとな」

 別に風邪を引いて休んだわけでもない。適当に誤魔化し、俺は女子のグループにお邪魔することになってしまった。

 購買で買ったパンを食べ、俺は談笑してる女生徒を眺める。正直、関わったこともないので誰ひとり名前がわからない。

「春陽君パンだけ? 私のおかずちょっと分けてあげるよ」

 女子の一人が小さいハンバーグを箸でつまんで、こっちに差し出した。

「はい、あーん」

 有無を言わせぬ感じで口元に持ってこられる。俺は恥ずかしくなりながらもハンバーグをいただいた。

「美味いな」

 素直に感想を言う。味は俺が普段作っている料理より美味しく感じた。

「やったー。春陽君に褒められちゃった」

「アンタのそれ冷凍食品でしょうが。春陽君、私のおかずも食べてよ」

 他の女子も俺におかずを差し出してくる。

「じ、自分で食べるって……」

 これ以上は恥ずかしすぎる。俺は卵焼きを指で摘まんで口に入れた。

「これも美味しいな」

「ホント? 嬉しい」

「二人だけずるいよー。私のも食べて!」

 結局、俺は全員からおかずをもらい、かなりお腹が膨れてしまった。

「また一緒にお昼食べようねー」

「おう」

 昼休みも終わりかけ、女子たちと別れる。結局、名前はわからなかったが。

「春陽君どこ行ってたの?」

 教室に戻るなり、女子のグループの一人に話しかけられる。

「え、屋上にいたけど……」

「お昼、春陽君と食べたかったのにー」 

「明日は一緒に食べようよー」

「わかったわかった。明日な」

 俺は苦笑いして、自分の席に戻る。そして、聞こえないようにため息を吐いた。

「お前、よくこんな状態で毎日過ごしてられるな……」

 寝ている春陽に向かって呟く。当然、返事はない。

 俺はもう一度ため息を吐いて、春陽と同じように机に突っ伏した。

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