第4話 見慣れない姿と決め事

 俺は春陽のがいるはずの俺の家に向かって走り出した。

「春陽君おはよ、どうしたのその……」

「悪い、急いでるから」

 見知らぬ女生徒が話しかけてくるが、俺は走りながら謝った。

 家に着くと、ドアを開けようとノブに手をかけた。思い切りドアを開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。

「くそっ」

 俺はポケットを探すが、鍵は見つからない。

「……そうだ」

 俺は今春陽になってしまっているのだから、鍵を持っているわけがないことを思い出した。

 春陽の携帯を取り出して、俺の携帯に電話をかける。

「悪い、鍵開けてなかった」

 電話に出るよりも早く、春陽が扉を開けた。昨日の俺の姿そのままだ。

「ああ……」

 俺は家に入り、自分の部屋に向かった。春陽も俺についてくる。

「どうなってんだ……?」

 部屋に着くなり、春陽は床に胡坐をかいた。

「こっちが聞きてえよ……」

 俺はため息交じりに呟く。

「学校、どうするよ」

「もう間に合わないし、このまま行ったらどうなるかわからないぞ」

「それもそうか」

 俺と春陽はため息を吐いて、お互いの顔を見る。

「これからどうする?」

「まあ、そのうち戻ることを祈って生活するのがいいんじゃないか? お前は俺になりきってさ」

「お前になりきるとか無理だろ……」

「大丈夫大丈夫」

 春陽は笑いながら言う。何が大丈夫なのかさっぱりわからない。

「それに、入れ替わりましたー、なんて誰が信じてくれるんだよ。双子じゃあるまいし、ギャグにもならねえって」

「そうかもしれないけど……」

「あ、そうだ。せっかくお前の姿になったんだし、葵に告白しといてやろうか」

「それだけはやめろ」

「わかってるって。冗談だよ」

 冗談にしても笑えない。俺はもう一度ため息を吐き、話を進めた。

「とりあえず、お互いに成りすますってことでいいんだな?」

「ああ、いいぜ。なんかできるわけでもないんだし」

 春陽の適応性に驚きながら、俺たちは話を進めた。

 とりあえず入れ替わったことに際して、いくつか決め事をした。

 一つ目は、周囲にバレないようにお互いになりきる、ということ。口調に関してはお互いにそんなに意識しなくても大丈夫だろうが、普段の生活が問題だ。

 俺はあまりクラスメートと話さないからいいが、春陽はモテる。俺がボロを出さないように気を付けなければなかった。

 二つ目はテストなどの名前だ。席はそのまま入れ替わればいいのだが、急に成績が入れ替わるのはおかしい。テストの名前は本当の自分の名前を書くことにした。

 三つ目。家についてだ。俺たちの家はそこそこ遠い位置にある。今から自分のものを運ぶにしても、かなりの時間がかかるだろう。

 家はそのまま俺が春陽の、春陽が俺の家を使う方向で話はまとまった。お互いに鍵だけスペアのものを渡し、いつでも家に入れるようにはしておく。

 そして最後に携帯だ。これは入れ替わったままにすることにした。

 ずっと一緒にいるわけではないため、何が起こったかわからない状況で誰かと話すのは危険だ、という判断だ。

 逐一何があったか話すようにするとは決めたものの、それも正確ではない。返信もお互いの判断に任せると決まった。

 大まかにはこのくらいだろう。

 もしかしたら、明日起きたら元に戻っているかもしれない、という淡い期待はしているが。

「お前、その恰好のまま出てきたのかよ」

 話が一区切りつき、春陽が俺の姿を見まわす。俺も自分の服装を見た。

 上下セットのグレーのスウェット。完全に寝間着や部屋着と呼ばれる類のものだった。

「いくら慌ててたからと言って、それはないわ……」

「うるせえな」

「ま、別にいいけど。帰るときは着替えてけよ」

「俺のサイズ合わないだろ……」

「確かにそうか」

「じゃあ、今日は帰るわ」

 俺は自分の部屋を出て、春陽の家に向かった。

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