イマリの冒険⑩
「牧野、俺の声が聞こえているか?」
僕を助けてくれた藍色髪の青年は、マキノフと知り合いみたいだった。マキノフと同じデザインの制服を着ているから、この学校の生徒なんだろう。僕とマキノフの間に割り込んだ彼は、マキノフの腕を片手で掴んで抑え、問いかける。
「……ん~……邪魔……」
マキノフは迷惑顔で、掴まれた手を振り払った。
「聞こえていないか。……仕方ない」
振り払われ、宙に浮いた左手を、ゆっくりと戻して藍色髪の青年は告げる。
「ひとまず眠ってもらうぞ、牧野」
右手を肘の高さまで上げ、指先を軽く曲げる青年。一歩前に踏み出した彼は、腰の横に固定していた手を鋭く突き出す。ぎゅおっという効果音をまとい、マキノフのお腹を過たず穿った掌低打は、驚いたことに、マキノフの巨体を軽々と吹き飛ばした。数メートル吹っ飛ばされたマキノフは、二回転くらいしたあと、芝生の上に大の字で倒れこむ。
にわかには信じがたい光景だった。あまりのことに僕は言葉を失ってしまう。マキノフは全く動かない。もしや、あの一撃で気絶したんだろうか?
「ふむ。寝たか」
「えっ、寝た!?」
気絶したんじゃなくて!?
「zzz」
あ、ほんとだ。いびきが聞こえる。
「もう大丈夫だ。ああなった奴はしばらく起きん」
構えを解いた青年が、振り返って僕に言う。
ほ、本当に? 僕は本当に助かったのか……?
「あ……。ありがとうございます!」
急な展開に呆けていた僕は、はっと気付いて頭を下げた。
「いや。礼を言われるほどのことではない」
青年は首を振り、眠っているマキノフの方を見て顔を曇らせた。
「牧野が迷惑をかけてしまったようだ。申し訳ない。あいつも悪い奴ではないのだがいかんせん……」
それからふと気付いたように、
「そういえば、君はここの生徒ではないな? 何か学校に用事があるのか?」
「え? ……あっ! そうだお弁当!」
そう言われ、僕は忘却の彼方にあった頼まれごとを思い出した。枝に引っかかったお弁当に目をやる。お昼の 時間までに、かなり高いところに引っかかっているあのお弁当を取る手段を見つけなくてはいけないのだ。
「ふむ。事情はよく分からないが、引っかかってしまったあれを取りたい、ということでいいのか?」
僕の視線を追った青年は、木を見上げたまま僕に尋ねた。
「そうなんです。お昼までにあれを届けないといけなくって」
「了解した。少し待っていろ」
言った瞬間、青年の手に光る剣が現れた。髪の色と対照的な、鮮やかな紅色の片刃の剣。この人も能力者なのか。軽く驚き、僕はちょっと不安になった。
「まさか、それで切り倒すつもりじゃないです……よね?」
ここが相当に派茶目茶な学校だと実感してしまったせいで、またものすごい方向にことが運ばれていくんじゃないかと心配になってしまう。
「そのような無茶はしない。これはこう使う」
そんな僕の心配をよそに青年は歩を進め、お弁当の引っかかった枝の真下で止まる。順手で持っていた剣を逆手に持ち直し、ざすっと地面に突き刺した。傾かないことを確認し、剣から十数歩離れる。そして助走を付け、
「はっ!」
剣の柄を踏み台に跳躍。木の幹を蹴り、三角跳びの要領でさらに高く跳んで、あっという間にお弁当を手にしてしまった。
「取ってきたぞ」
すたっと着地した青年は、地面から引き抜いた剣を一振りして消し、僕にお弁当を差し出して言う。
「何から何まで……。本当にありがとうございます。なんとお礼をすればいいのか……」
「気にしなくていい。俺が好きでやったことだ。それと、君にはこれをあげよう」
深々と頭を下げた僕に、青年は一枚のコピー紙を懐から取り出して見せた。
「これは……?」
受け取りながら尋ねると、
「この学校の簡単な地図だ。必要ではないか?」
青年は真顔で言う。
「え、でも……」
確かに地図があると助かる。しかし、見ず知らずの人間にここまでしてもらうわけには……。
「遠慮するな。俺にはもう必要のないものだ」
躊躇う僕に半ば押し付けるようにして地図を渡し、
「ふむ。そろそろ行かねば、授業が始まってしまう。ではな、少年」
青年は去っていった。
「あ、しまった」
しばらく青年の後ろ姿を見送った僕は、今更ながらに気が付く。
「あの人の名前、聞いてないや……」
うう、恩人の名前を聞き損ねるなんて、僕の馬鹿。
「ううううおおおおおおおおおおらァ!!!」
「!?」
僕がその場で軽く凹んでいると、どこからか雄叫びが近付いてきた。また何か始まるの!?と戦々恐々とする僕の横を、一陣の風が通り過ぎる。
キキィーッ!っとブレーキ音を響かせて、その人物は中庭の中央で停止した。
「チィッ! 一足遅かったか! あ゛~、チクショウ! どこ行きやがったあの超絶方向音痴!」
盛大に舌打ちをしたその少女は、赤い髪を乱暴に掻き乱して悪態をつく。
「あン? なんでマキノフがこんなとこで寝てんだ? 丁度いいや。こいつに聞くか。おい、マキノフ」
マキノフの存在に気付いた彼女は、あろうことかマキノフをげしげしと蹴り始めた。
「あの、ちょっと待っ……」
嵐の襲来に硬直していた僕は、慌てて彼女に声をかける。せっかくあの人が眠らせてくれたのに、マキノフを起こされてはたまったものではない。
「ん? んん? お前、その地図……」
声をかけられてようやく僕に気付いたらしい彼女は、僕が手に持つ紙に目を留めた。
「あ、これですか? これは親切な人からもらった……」
「詳しく聞かせてくれ!!」
「はいぃっ!」
がっしぃ!と目にも留まらぬ速さで僕の肩を掴み、鬼気迫る表情で彼女は迫る。
「青い髪の、偉そうな喋りのやつにもらったのか?」
「そ、そうです」
「そいつがどこに行ったか分かるか!?」
「は、はい。あっちの方に行きました」
「ありがとう! 恩にきる!」
「は、はぁ」
「待ァちやがれモララァーーーーーー!!」
早口でまくし立てた少女は、僕の指差した方向に叫びながら突進していった。
「つーか、なんッッで移動教室なのに外に出やがるんだアイツはよォォォォォォ!!」
風のように去っていく赤い髪を見送りながら、僕は一つの事実を胸に刻んだ。
あの強くて親切な青年の名前は、モララーと言うらしい。
無事にお弁当を届け、居候先に帰宅した僕は、今朝はなかった靴が玄関にあるのを見つけた。浴室からはシャワーの音が聞こえている。
「大家さん。帰ってきてたんですね」
「おう、イマリ。おかえり」
キュッとシャワーを止める音の後、大家さんは三日ぶりとは思えない気軽な口調で言った。
「それ、僕の台詞じゃないですか?」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうか。んじゃ、ただいま」
「はい。おかえりなさい」
なんだか久しぶりでも相変わらずな会話に苦笑した僕は、ふっとその笑みを引っ込める。
「大家さん」
「どうした?」
こんな質問、鼻で笑われるかもしれないなぁと思いつつ、僕は口を開いた。
「強くなるには、どうしたらいいんでしょう?」
おわり
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