イマリの冒険②
平日の昼に街を歩くとき、まず注意しなければいけないのは補導員の存在だ。あの人たちはよ~く見ないと一般人と見分けがつかない。この一ヶ月で何度買い物の邪魔をされたことか。
そしてもう一つ。注意しなければならないのは……。
「きみ! ちょっと待ちなさい」
キリリと使命感に満ちた声がしたので、僕は足を止める。振り返って、声の主――制服をきっちりと着こなし、背筋をぱりっと伸ばした警察官――に向き合った。
「こ、こんにちは」
おずおずとお辞儀をする。角隠しの帽子を取ろうかどうか一瞬迷ったけれど、万が一にでも額の角を見られたら面倒なことになるので、やめておいた。
「やあ、こんにちは」
僕のところまで自転車を押してきたお巡りさんは、やたらと爽やかに挨拶を返してくる。
「買い物かい?」
「は、はい。あ、いえ……そうじゃなくて」
どうにも、この人を前にすると口調がぎこちなくなってしまう。良い人なのに申し訳ないが、僕はこのお巡りさんに苦手意識を持っていた。
もともと僕は人見知りする方だし、まだ知り合って三日と経っていない。という以上に知り合い方がまずかったのだろう。
大家さんが修行に行ったその日のこと、真昼間に買い物に出かけた僕は、この歯並びが見事な駐在さんに呼び止められた。
『君、中学生だろう? こんなところで何してるんだ。学校は?』
補導員ならまだしも、制服を着た警官に呼び止められるなんて初めての出来事で、緊張してしまった僕はしどろもどろになってしまい。
『君、ちょっと一緒に来てくれるかな』
と、言い訳も弁解も出来ないまま、あえなく連行される羽目になったのだった。
『名前は?』
『イマリです』
『面白い名前だね。年は?』
『分かりません』
『どこの学校に通ってるの?』
『学校には行ってないです』
『ええと、ご両親と連絡は取れる?』
『すみません。父も母は今どこにいるか……』
『それじゃあ、今お世話になってる保護者の方は?』
『修行に出掛けました』
『あぁ、そうなんだ……』
普通ならここで「ふざけるな!」の一喝くらいありそうなものだが、人の良すぎるお巡りさんは困った顔で
「そりゃ困ったな~。どうしようかな~」とぼやいていた。
ちょうど兄者さんが通りかかり、『僕は小さい頃に親に捨てられ、野垂れ死にそうなところを大家さんに拾ってもらった可哀想な子であり、中学を卒業してその恩人の身の回りの世話をして暮らしている。小柄なのは成長期にまともなご飯を食べられなかったからなのだ!(どーん)』という内容をパソコンのプレゼンテーション用ソフトを使って説明しくれなかったら、交番の机を挟んで向かい合ったまま、二人して日暮れを迎えていたんじゃないだろうか。
どう考えても嘘くさい(でも三割くらいは本当のことだ)話を聞いたお人好しのお巡りさんは、むやみやたらに凝った作りのスライド(オールカラー&アニメーション付き)を使った兄者さんのその話をあっさり信じて号泣し、励ましの言葉とともに僕の身柄を解放してくれた。
「困ったことがあったら遠慮せずに言ってくれよ」
以来、街中で僕を見かけると必ず話しかけてくるようになり、
「いえ、僕は大丈夫ですから」
「そうかい? 君は強いなぁ……ぐすっ」
そして必ずと言っていいほど涙ぐむようになってしまったのだった。こんなにも善良な人を騙しているのだと思うと、お巡りさんの澄んだ瞳を直視できない僕だった。
「あの、急ぐので、そろそろ……」
微妙に目線を逸らしつつ告げる。
「ん? ああ、呼び止めて悪かったね。でっかい野良犬がうろついてるって通報もあったから、気を付けていきなさい……ぐすっ」
「分かりました。ご忠告、ありがとうございます」
ハンカチを取り出して涙をぬぐうお巡りさんにお礼を言って、僕はその場を立ち去った。
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