ギコの受難⑩
外はもう真っ暗だ。春が近付いているとはいえ、いまだ和らがぬ冬の寒さが身に沁みる。そんな夜だった。
平謝りに平謝りを重ねてしぃの怒りをやり過ごした後、さすがに懲りた俺たちは和気藹々と鍋を囲い。フリーズしていたイマリは時間とともに自然解凍し、頭に果物ナイフのオブジェをくっつけたフサを見て首を傾げていた。
珍しくまったりと夜を過ごし、お開きとなった現在、フサと流石兄弟は既に帰路につき、残ったのは俺としぃとイマリの三人のみである。
「本当にもう行っちゃうの?」
眉をハの字にしたしぃが、心配そうに言った。
「どうせだから、一晩くらい泊まっていけよ」
引き止める俺の言葉に、イマリは静かに首を振る。
「いえ、もう十分です。これ以上のご迷惑はかけられません」
きっぱりと言い切ったイマリへ、しぃはなおも気遣うような声をかけた。
「だけど、何もこんな真夜中に出て行かなくたって……」
「しぃの言うとおりだぞ。出ていったって、当てなんかないんだろ?」
「確かに、当てはありません。けど大丈夫です! こう見えても僕、野宿には慣れてますから」
「いや、胸張って言われてもな……」
余計に心配になるんだが。
「本当の本当に大丈夫? 辛くなったら、いつでも私たちを頼っていいのよ?」
膝を折り、しぃは優しくイマリの髪を撫でる。くすぐったそうにはにかんだイマリは、すっと身を引いた。それから満面の笑みを浮かべ、
「ありがとうございました。今日は本当に楽しかったです!」
玄関のドアを背にした俺たち二人へ向け、ぺこりとお辞儀した。
顔を上げた彼は、くるっと回れ右をして、足早にその場を去ったのだった。
「イマリくん……」
悲しそうな顔で、しぃは子鬼の背中を見送っている。
「また会えるさ」
並んでそれを見守りながら、俺は呟いた。
「少なくとも、来年の今日にはな」
「……うん」
「そろそろ部屋に戻ろうぜ。ずっと立ってたら寒くなってきた」
「うん、そうだね」
鬼は外。
福は内。
あの小さな鬼の子が、これからの日々を無事に過ごしていければいいと、俺は割りと本気で願った。
イマリと分かれて数日後。ある日曜の朝のこと。ピンポーン、という来客を告げる鐘で、俺は目を覚ました。
「あいよ~今開けますよ、っと。はいどちらさまで……」
寝ぼけ眼を擦りつつドアを開けた俺の目に映ったのは、なんと先日別れたばかりの、
「イマリ!?」
「おはようございますギコさん」
お菓子の箱を抱えたイマリがぺこりと頭を下げる。
「あ、そうだ。これどうぞ。つまらないものですが」
「ああこれはご丁寧にどうも……ってちょっと待て!」
差し出されたお菓子を思わず受け取ってしまった俺は、思い直してツッコミを入れた。
「え? なに、どういうこと?」
よろしければ説明をいただきたい。寝起きなので頭が回らんですたい。
混乱する俺にもう一度ぺこっとお辞儀して、イマリは言った。
「今日からこのアパートに住むことになったので、ご挨拶に伺いました」
はい?
「住む? このアパートに?」
「はい!」
うむ、元気が良くて大変よろしい。
「じゃなくて! ……俺の記憶だと、部屋は全部埋まってたはずなんだけど?」
「はい。なので大家さんの部屋にご厄介になってます」
さらっと返すイマリさん。そして驚くのは俺。
「大家さんの部屋ぁ!? 一階の角のか!?」
「はい」
びっくりして二の句が継げない俺へ、邪気のない笑顔を向けてイマリは続ける。
「これからよろしくお願いしますね、ギコさん」
こうして、俺の住むアパートに一人の子鬼が住み着くことになったのであった。
後で大家さんにイマリを連れてきた事情を尋ねたところ、
「道端で腹減らしてたから拾ってきた」
だそうだ。
大家さん。あんたイマリを犬か何かと間違えてませんか?
おわり
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