しゅうまつ

屑原 東風

しゅうまつの話

 週の中間である水曜日。あと2日乗り切れば土日に入る。それは学生にとっては唯一のご褒美のようなものだ。部活がある者はそうはいかないが、大体の生徒にとっては至福の休みとも言える。


 昼を挟んで連続して視聴覚室で授業があったため、2クラス分は入れるその教室で授業担当の教師も交えて贅沢に昼を摂っていた。


 そんな中聞こえたのは、けたたましく響き渡る音。誰かの携帯の着信音や、校内放送よりもずっと大きな、耳を劈く音だった。

 クラスの男子グループと一緒に同じ場所で職員室から持ってきた弁当を食べていた教師は口に含んだままそれを聞いたのだろう。喉に詰まりそうになっていたが男子生徒の一人が慌てて自身のペットボトルのお茶を渡し、受け取ったそれで喉の奥へと流し込んだ後、咳き込みながら教壇の上に置いてあったリモコンでテレビをつける。それまで昼を摂ったり談笑していた生徒たちもテレビに視線を移した。


 テレビの中は重々しい雰囲気を放っている。左端に表示されている『緊急生放送』という文字。そこにはこの国の首相が立っていて、顔は伏せている。僅かに騒つく空間。シャッター音が聞こえる中、顔を上げて口を開いた。


『国民の皆様に、悲しいお知らせがあります。この星に、隕石が接近しています』


 その言葉に誰もが耳を疑った。消費税引き上げの時も、議員の悪事が明るみに出た時も、今までになかった非道な事件が起きたときも確かに驚きはしたが、それ以上に驚いた。


 そんな下らない冗談はよしてくれと一蹴してしまいたくなるような内容だったから。

 けれど首相が放つ雰囲気、鳴り響いた音。あれは動画で聞いたことがある。災害を知らせるJアラート音だった。


『直径15キロの惑星が、つい先程地球へと軌道を変更したのが人工衛星の観測で認められました。これは約6500万年前、恐竜を含む地球上の生物、その75パーセント絶滅させた小惑星、チクシュルーブ衝突体の大きさと酷似しています』


 現実味のないことばかりを話す首相はまるで傍から見るとおかしくなったように見えるだろう。6500万年前。恐竜時代。随分と昔の資料を引っ張り出してきたものだ。

 しかし首相の目は、真面目そのものだ。騒つく声も、シャッター音も止まる。


『避ける方法はありません。この星は滅びます。接近まで、残り5日間。どうか、皆様大切な人と最期の時をお過ごし下さい』


 話は終わりだと言わんばかりに首相が深呼吸をする音がマイクを通して聞こえる。その瞬間、テレビの中でわあ!と首相が声を上げる。まるで子供みたいな叫び声を上げた。その声を引き金に画面の中が騒がしくなる。なんのニュースだと駆けつけたどこかの会社のカメラマンはその商売道具であるはずのカメラを地面に叩きつけ、その点いている画面すら急に画質が悪くなり、そして真っ暗になった。


「は、…星が滅ぶってマジ?」

「いやいや、冗談だろ。一週間後とかふざけすぎ」

「ねえ。ツイッターに繋がらないんだけどなんで?」

「ツイッターどころかネットにも繋がんねえけど」


 ブツン、となんの前触れもなく点いていた電気が消える。蛍光灯一本が切れたのならそれは寿命だと思うが、一本どころではない。全部一斉に消えたのだ。電気が落ちた。そう考えるのが正しいのだろう。


 瞬間、学校全体が揺れた。視聴覚室は一階にある。そこに振動が伝わる。たくさんの足音と共に。

 ふと見えた廊下に目をやると、生徒達が必死の形相でそこを駆け抜けて行った。そこには教師達も混ざっていた。


「は、なに、電気…うそ、じゃあ本当に」

「嘘、だろ、おい、おい!!!」

「ひっ、う、あ、ァ…」

「うわあああああ!!!!」


 そしてそれにつられるかのように教室から生徒達が出ていく。教室から去っていく。食べ終わったものをそのまま置いて、携帯だけ片手に握って逃げた。


「はあ、本当に隕石がくるんだ…」


 なんとかの予言、未来人の言葉。そういうものはよく見ていた。約何年後に宇宙人がやってくるとか、この星に大変なことが起きるとか。

 しかし、今日のニュースのことを言っているのは誰一人としていなかった。5日後に隕石がやってくることを予言している人も、未来人もいなかった。

 少女は広い視聴覚室の椅子に座ったまま、携帯を開いていた。さっきのカメラの映像を

 録画していたのだ。それを繰り返し見ている。


「地球の最期…」


 不思議と恐怖や焦りは感じなかった。むしろ、周りの反応を見て冷静になっていく自分がいる。

 昔からそうだった。抜けているだとか、図太いだとか言われてきた。それが功を成している、と言えば聞こえはいいだろうが。


「…スリルあるなあ~…」


 心臓の高鳴りは、決して不安などから来るものじゃない。その瞬間を楽しみにしているのだ。左の口端が自然と上がり、ニヤケ面になる。

 たまに考える死について。悩みの多い高校生ならそういうことを考えるのも普通なのだろうか。


「ちょいちょーい!顔がニヤニヤちゃんになってるよ!みかげ」


 頬を突かれる。それには流石にびっくりして変な声を出し、持っていた携帯を机の上に落とした。その振動で、流れていた動画は止まってしまったようだ。画面には騒ぎ始めた瞬間の首相の面白い顔が写っている。


「みんな行っちゃったけど…逃げないの?」

「そういう幸こそ。何してんの?」


 頬を突いてきたのは同級生で、唯一話しかけてくる不思議な子、幸だ。

 そんなことを言うと「不思議さならみかげの方が上でしょー?」と笑って返されそうだが。


「本当は行こうと思ったけど、みかげが残ってそうな気がしたからさ、みんながいなくなるまで待ってたの」

「そりゃ悪かったわね」

「みかげはみんなみたいに逃げないの?」

「ううーん、まあ、逃げるって言ってもどこに逃げるんだろうね」


 外ではサイレンが聞こえ始める。いよいよ地球最期の時が迫っているような街の雰囲気。逃げた生徒や教師はどこにいくのだろうか。そして、街の人たちはどこに逃げるのだろうか。みかげには理解できなかった。だから、もう少し放送を見て動き出そうとしていたのだ。


「まあ、これ以上幸に迷惑かけるわけにはいかないし、とりあえず家に帰ろうかな」

「そうだね、私もそうしようかな」


 みかげはテーブルの上に転がったままの携帯を手に取り画面を消した。

 2人で視聴覚室を出て、自分たちの教室に戻る。静かすぎる校内。誰の気配もない。戻って、ロッカーの中に入れていた自身の鞄を引っ掴んでようやく学校を出た。


 

 街はひどい有様だった。地震が起きたわけではないのに家の壁が崩れ、車が適当に放置されており、自販機が倒れている。そして、人も倒れている。わずかに息遣いや呻き声が聞こえる。しかし、ここで救急車を呼ぼうとしたところで病院に届くことはないのだろう。

 人同士で暴れたのか。あまり見ないようにして歩き進めた。


 帰宅途中の分岐で別れてから、みかげは自分の家にたどり着く。ボロアパートの一階の角部屋。学校もそうだったが、どうやらもう電力は通っていないらしい。昼間でも電気を点けないと暗い我が家。鞄の中から鍵を取り出して開錠しようとするがその必要はどうやらなさそうだった。

 ノブを持って捻る。鍵は空いていた。


「ただいま」


 声を出す。返事はない。靴を脱いでから中に入る。ぎいぎいと軋む薄暗い廊下に設置された台所。そこを抜けたところにリビングともう一部屋。風呂とトイレは別。

 その居間にあるテーブルの上に紙が置いてあった。たまに無料で郵便受けに投函されるパチンコ店の広告の裏紙。『さようなら』と書かれた文字。果たしてこれはどっちの字だったか。


 地球に隕石がやってくるのだから、逃げるだろう。首相は確か75パーセントの生き物が絶滅すると言っていたが、逃げた人はもしかしてその残された25パーセントの可能性にかけて逃げたのだろうか。そして自分の両親も。


 持っていた鞄をその辺に投げてどっかりと座り込む。外は相変わらずうるさいが、いつもは壁が薄くて上の住民の足音や話し声、隣に住むカップルの喘ぎ声が聞こえたりするがそれはなかった。みんな揃いも揃って逃げたらしい。

 さてどうしようかなと考えようとした耳に聞こえたのは、壊れかけのインターホンの音だ。鳴らしたのが誰か、なんとなく分かっていたみかげはその裏紙を握り潰す。座らせたばかりの腰を上げ、ゴミ箱にそれを入れつつ玄関に向かう。確認もせずに開けた扉の向こうには別れたばかりの幸が立っていた。背中に大きめのリュックサックを背負って。


「いらっしゃい、幸だと思ったよ」

「へへー、ありがとう」


 扉を押さえているみかげの横を通り幸が中に入る。中に入ると幸は背負っていたリュックを床に置いた。


「突然来てごめんね」

「いや、気にしないで。私も暇してたんだ。幸が来てくれてよかったよ。逃げたのかもって、ちょっと思ったから」

「うーん、逃げても、ねえ。さっきみかげが言ったみたいに、どこに逃げればいいか分かんなかったからさ」


 冷蔵庫をあけると、温くなってしまった1リットルのりんごジュースのペットボトルが入っていた。流しに干したままだった2つのコップを手に取りテーブルの上に置いて注いでいく。


「地球最期に、乾杯」

「あはは、なにそれっ。やっぱみかげは不思議だねえ」


 かちん、とコップを鳴らし合い中の飲み物を一気に流し込む。温くも喉を潤わすには十分だった。


「あー、久々にジュース飲んだ気がする」

「お菓子も開けちゃう?」

「お、いいの?食べたーい!」


 2人で飲めばジュースはあっという間になくなり、テーブルの上にはお菓子のゴミが散乱していた。隕石衝突が発表された1日目。それはあっという間に過ぎ去った。暗い外。当然電気は復活していない。明るいうちに敷いておいた布団に2人して横たわる。

 正確な時間もわからないが、無意識のうちに疲れていたのかあっさりと眠気が襲ってきた。


「明日はどうする?」

「飲み物もないしさ、外に行く?危ないかもだけど」

「うん、いいよ。行こう」


 暗いが、すぐ近くに幸の気配がして安心した。おやすみ、と言い合って目を閉じる。あと4日。やっぱり現実味は湧かなかった。



 2日目。外を見ると、太陽は真上に昇っていた。おおよそ昼くらいだろうか。すっかり眠っていたようだ。そのうち目を擦りながら幸ものそりと体を起こす。寝癖すごいよ、と跳ねている髪に触れると寝起きで力ない笑顔を見せてきた。


 服を着替えて街に出る。思わず鼻を摘んだ。鉄臭い臭い。倒れている人も昨日より増えている。そしてあちこちにある排泄物。そういうことが出来てしまうのか。まあ水道が止まっている以上、仕方のないことかもしれないが。たった1日で街はこんなになってしまうのだ。これが明日になればもっとひどい状態だろう。


「まさにアレだね。混沌」

「確かに」


 至る所に残る汚れを踏まないように気を付けて街を歩く。目的は、買い物ができる場所。

 

 コンビニの自動ドアは壊されていた。そのほとんどが無くなってはいたが、残っていたペットボトルが数本と、お菓子。それからレトルト食品。ついでにマスクも手にしてレジに行く。そこに当然人はいなかったが、持ったものの金額をそこに置いた。人はいなくても、店に置いてあるものを盗って行くのは気が引けた。

 早速手に入れたマスクを装着すると、少しではあるが匂いを防ぐことができた。そのまま家に戻る。


「どうする?」

「どうするって?」


 早速購入したレトルトのおかゆ。封を開けてスプーンを手に食べていく。思えば昨日はお菓子だけで済ませていたからそれを口に含めば一気に腹が減ってきた。流し込むように食べて、お菓子の袋を開けてそれも食べる。栄養が偏りそうではあるが、どうせあと4日で終わるのだ。先のことを考える必要はないのだ。


「この先あと4日…いやもう3日?このままここで過ごす?」

「ううーん…私はそれでもいいかなって思ったけど、臭いに耐えれそうにないかも」

「うん。私もそう思っていたんだ」


 マスクをしていても防げない臭い。それが日々強くなるのだと考えると、とてもじゃないが我慢できない。ここで4日間を生き延びれそうだが、苦痛に過ごすのは嫌だった。


「どうせなら、誰もいないところで迎えたい」


 それは相談だった。ここじゃないどこかに行こうと幸を誘った。断られるかもしれないが、きっと幸なら受け入れてくれそうだと思ったから。


「そうだね。私も、誰もいない場所で迎えたいな」

「なら、明日。明日もうここを出ちゃおうよ」


 押し入れを開けると雑貨に紛れて置いてある両親のリュックサック。持っていかなかったらしい。ここには頭が回らなかったことに安心した。引っ張り出して中を開けて、そこにコンビニで見つけてきたものを入れて、服を入れて、最後に毛布をぐるぐるに巻いて突っ込んだ。寒さ対策はこれで大丈夫だろう。


「私も準備はバッチリだよ!」


 幸は持ってきたリュックサックの中身を見せてきた。大体中身は同じだ。


「どこに行こうか」

「へへ、どこでもいいよ。みかげと一緒なら、どこでも」


 みかげも幸と同じ気持ちだった。最期まで歩いてみて行ける場所まで。目的もなく、どこでもいい。


「私も、幸と一緒なら、いいな」


 それを口に出す前は恥ずかしさがあるのに言ってみればすらりと口から出てくる。幸が笑っているならそれでいいかなと思った。



 3日目。予想通り、昨日よりも臭いが強烈になっていた。獣のような叫び声も聞こえる。あれを言っているのは人なのか、動物なのか区別がつかないくらいの声だった。


 2人はリュックサックを背負った。まるで入学前のワクワクした気持ちに似ている。地球に隕石が衝突するなんて思えない高揚感に包まれている。忘れないようにマスクを付けて家を出た。鍵はしなかった。帰ってくる予定もない場所にそれをする必要はないから。


 当然ながら電車も止まっている。だから2人は線路の上を歩いて進むことにした。普段なら警察や駅員に怒られそうなものだが、怒る人などもうこの世にいない。なにしても自由だ。


 幸は楽しそうに線路の上でくるくると回る。それに倣って回ってみれば、慣れないことをした所為ですぐに目を回して幸に笑われた。


 先の見えない道。相変わらず不安はない。1人だったら不安だったかもしれない。けれど隣には幸がいる。線路を歩く人は他にいない。静かで快適だった。


「どこまで続いているのかな」

「どうかなー?終点までじゃない?」

「じゃあ終点に着いたら別の線路を歩こう」


 空を見上げる。鳥の1羽も飛んでない。今までにない天変地異にそれどころではないのか。生きているのは自分たちだけなのではと思えてしまう。世界に2人。幸と2人きり。

『大切な人と最期の時を』と首相は言っていた。両親は、お互いをそれに選んだのだろう。そこにみかげは含まれなかった。含まれていたらそれはそれで驚くことだが。


 長袖を着ても隠しきれない火傷の後。背中につけられた傷痕。浴びせられた暴言や暴力の数々。

 自分にとって大切な人は、幸なのだろうか。それとも、たまたま彼女だっただけだろうか。考えても答えはわからなかった。


 休憩室しつつ、歩く。暗くなる頃にはヘトヘトでもう歩けそうになかった。そこまで、と二人で決めて辿り着いた駅。古びたそこは無人駅だった。設置された青いベンチに並んで座る。幸は靴と靴下を脱いで自身の足を揉んでいく。


「後2日、歩けるかなあ」

「まあ、行けるとこまででいいんじゃないかな?元々そういう目的だったし」


 住んでいた場所からはそんなに遠ざかってはない。足は疲れ切っているのに思ったほど進んでいなかったらしい。でも幸の言う通り、歩くことが目的ではない。人の気配はない。なんならここでもいいわけだ。


「まあ、もう少し頑張ってみよー!」


 明るい幸。最初に話しかけてくれた時と変わらない接し方。1人で教室にいるみかげに話しかけてくる生徒はいなかった。季節が夏でも常に長袖を身に着けている所為もある。だから、話しかけてこなかった。けど、幸だけは話しかけてきた。初めて同じクラスになった時から、その明るい笑顔で。


「私、幸に救われてる」

「うん?」

「…あのね、ニュースが流れた日。家に帰ったら、両親…いなくなってたんだ。書き置きだけしてさ」


 元々みかげに興味がある2人ではなかった。夫婦仲はよかったのに、みかげにだけは対応が違った。みかげが何もしていなくても暴力を加えてきた。父親に手を出されかけたこともある。

 それに毎日震えながら願っていた。早く終わってくれますようにって。

 だから、いなくなった両親にむしろ良かったと思えた。そして、いなくなったことをやっぱりとも思えた。


「悲しいわけじゃない。けど、1人でどうしようかなって思ってたら、幸が来てくれた」


 幸は詳しく聞こうとはしなかった。いつもと同じ感じで接してくれた。それに救われた。彼女と一緒なら最期を迎えれると、本当は最初から思っていたのかもしれない。

 鞄から布団を取り出して自分と幸にかける。みかげの言葉に幸は何も言わなかった。それを寂しいとは思わない。今更そんなことは思わない。

 みかげはおやすみと声をかけて目を閉じる。本来ならば学生が喜ぶはずの金曜日をそうして終えた。



 4日目になり、2人は再び歩き出す。幸は昨日みかげの話を聞いてから一言も話していない。昨日の楽しそうな様子とは裏腹に、俯いてみかげの後ろをただ付いていくだけだ。その表情は分からない。


「ねえ、幸?昨日の話気にしてたらごめん。忘れていいからさ、話してよ。私、幸に黙られるとどうしていいか分かんないや」


 みかげは自分から話しかけるタイプではない。今まで関係が成り立っていたのが幸が話しかけてくれたおかげならば。


「……ううん、違うんだ。私は……ごめん、みかげが話してくれたのに、私だけ黙ってるのは無しだよね」


 幸が口を開く。みかげが足を止めると、幸も足を止めて顔を上げた。見たことのない顔。泣きそうな顔を貼り付けて。


「あのね、あの日。ニュースがあったあの日。家に帰ったら、うちの両親ね…死んでたの。首吊ってさ」


 開いた口が塞がらなかった。今、自殺していたと言ったのだ、目の前の少女は。それなのに、今までそれを隠して笑顔を見せ続けていた。


「不思議と悲しくなかったんだ。うちの家庭って…なんていうのかな…ネグレクト、だっけ?ご飯もちゃんと食べたことなくて、ジュース飲んだのも久々じゃなくて、初めてだった」


 ポツリポツリと言いにくいだろうことを話していく。みかげはそれを黙って聞いた。学校で見せたことのない、幸のもう1つの顔。

 もしかしたらずっと隠すつもりだったのかもしれない。それこそ、隕石が衝突しても。


「みかげのところに行ったのね、ちょっと期待してたんだ。みかげなら受け入れてくれるんじゃないかって」


 幸が期待した通り、みかげは何も言わずに家の中に幸をいれた。聞かなかったのは、それは自身の両親の件もあったからだ。それでも幸はそれに救われた。


「救われてるのは私の方。みかげ、がいて、よか…」


 幸の目から、ひと粒の涙が溢れた。それを合図にぼろりぼろりと大量の滴を溢れさせる。みかげは幸に近づいてその身体を抱きしめた。あまりにも弱々しく見えて、隕石が衝突してしまう前に消えてしまいそうだった。


「ふへ、みかげってこんな大胆なことできたんだ。へ、へへ。初めて知った」

「出来るよ。だって、幸が大事だから」


 両親に大事にされた記憶はない。だから相手を大事にするという感情は今まで分からなかった。けど、幸と出会ったから。大事にしたいと思った。泣いてるから泣き止んでほしいと思った。


「足止めさせてごめん。さあ、行こう」


 泣き止んだ幸はずび、と鼻をすする。目を赤く腫らしたままだったが2人は歩き出した。辿り着いたそこは都合よく、海沿いの場所だった。無人の駅を潜る。香る塩の匂い。靴を脱ぎ捨てた幸は砂浜を走る。みかげも履いていた靴を脱いで走った。


「っはは!つめたーい!」


 海に足をつけた幸がきゃあきゃあと騒ぐ。そこにさっきまで泣いていた少女の姿はない。みかげも足をつけた。ひんやりと冷たかったが、疲れた足を癒すには十分だった。


 ここで迎えよう、と2人の意見は一致した。砂で汚れるのも厭わず砂浜に横たわった。見上げれば綺麗な星空が広がっている。天体に詳しくないから星の名前はわからないけれど、それが神秘的だとは思った。


「最期。私はみかげといれてよかった」

「私も、幸といれてよかった」


 幸はそう口にする。今度は恥ずかしさもなくみかげも口に出した。幸がいてくれてよかった。ここまでこれたのは彼女のおかげだ。目的であった誰もいない場所。誰にも邪魔されることのない最期の時。


「みかげ」


 なに、と言おうとしたその口をカサついた何かが塞いだ。目の前にあるのは目を閉じた幸の顔。キスされている。そう理解するのに時間はかからなかった。


「へへ…ごめん。最期だからさ、私にも誰かを愛させてほしくて、さ」


 困ったようなそんな顔をしていたから、みかげは手を伸ばして幸の頭を抱き込んだ。愛を知らないのはみかげも一緒だ。

 でも今この瞬間、確かに愛情を感じている。他でもない幸に対して。そしてそれをあげたいとも。それを知らないまま最期を迎えるのは寂しいから。


「幸、私も幸が大事」

「…ありがとう、みかげ」


 その日は、向かい合って手を繋いだ。やっぱり怖さはなかった。隣には大事な人がいる。最期を迎えてもいいと思える大事な人。だから、怖くない。


「みかげ、またね」

「幸、また会おう」


 どちらからともなく言い合った。さようならでもなく、またね。それは再開を約束する言葉。

 幸は笑っていた。

 名前の通り、幸せそうな笑顔で。



 これは、そんな終末の話。



 ××年、5月×日。日曜日。

 4時35分丁度。地球に隕石が衝突した。直径15キロの隕石は〇〇国領土に落下し地球全土に衝撃を与えた。隕石がぶつかった拍子に各地で地盤が擦れて大規模な地震が発生。地球温暖化によって増した海水は地上を飲み込み、地球上にいる生き物の約90パーセントが……。


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しゅうまつ 屑原 東風 @kuskuz

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