汗が滲む2ページ目


 その日は食料を探し求めて、倒壊しつつあるビルの間を練り歩いていた。いや、道のど真ん中を堂々と歩いていたわけではない。崩壊したこの世界で最も警戒すべきもの。それは、”星々の来訪者”だ。


 これは俺が勝手に命名した。かっこいいだろう? 後世に残るなら、命名もかこつけた方がいい。を”星々の来訪者”と名付けた彼の名は……なんて紹介されたら、たまらん。あっと、ここの記述は後に消しておこう。


 星々の来訪者。それは、地上の全てを消滅させていった星々の中から出てきた、化け物どもだ。姿形は様々。一人一人、一匹一匹が違う。


 それは生き物を象っていたり……あるいは、どこにでもあるような物であったり。様々だ。彼らは間違いなく

 例えば、動く机であったり、車よりも大きい蟻であったり。本当に様々だ。


 彼らに共通しているのは、ということだろう。ひとたび人間を認識すれば、彼らは全てをかなぐり捨ててでも、そいつを殺そうと動く。もちろん、個体差はあるが。


 この日記で語る主な内容は、「彼らについて」となるだろう。


 さて、ここまで散々に書き連ねてきたが、もちろんこのページに書くことになるのは彼らの内の一体だ。


 傾いた廃ビルの、今にも崩れ落ちそうな階段の踊り場。影が差し、暗がりとなった場所で、俺は町並みを見下ろしている。


 それは、王様だった。


 幼いころに見たことがある。なぜか、記憶に残っている子供のお話。


『星の王子さま』


 簡単にあらすじを話すと、サハラ砂漠に不時着した操縦士の「ぼく」は、とある小惑星からやってきた王子と出会い、王子から不思議な話を聞く……といった話だ。王子は様々な星々を旅してきて、そこで出会った者たちの話を「ぼく」にする。


 その王子のお話の中で、一人の王様が登場する。

 彼はその星に一人で佇んでいた。王様と名乗るものの、国民はどこにもいなく。彼を称えるような豪華な服装と、尊大な王座がその孤独の王様を酷く際立たせるのだ。


 幼いころの俺は、なぜだかその王様が物悲しく見えて……王様の挿絵のページを切り取って、部屋に飾っていた。それは大人になっても、ずっと部屋にあった。『星の王子さま』の内容はそこまで覚えていないけど、そんなことだから、彼のことはよく覚えている。


 そんな彼は、あの童話の絵柄そのままに、コンクリートの地面を踏みしめている。


 俺は最初、彼を見たときに喜んだ。だって、一度思いを馳せたお話のキャラクターが、現実世界を歩いているんだから。誰だって喜ぶだろう?


 でも、忘れちゃいけない。ああいった空想上の存在こそ、星々が生んだ怪物だということを。


 俺は、その暗がりの階段から身を乗り出して、その王様のことをよく見てみた。

 部屋に飾っていた王様の絵と、今も町並みをずんずんと歩く王様を照らし合わせると、決定的に違うことがあった。


 豹の白い毛のマント。絵では、彼は自分の足よりも長いそれを地面に垂れ流していた。もちろん、視界に映る王様も同じように、コンクリートにマントを垂れ流しているのだが……。


 そのマントが、赤いのだ。

 赤い。マントの柄である、輝く星々のマークが赤く染まって輝きを消している。


 それに、もっともっと変わっているところがある。


 彼は確か、足を悪くして歩けなくなっていたはずだ。それに……手に握る、刃先が赤く染まった巨大な斧は、どう見ても童話の世界観にはそぐわないものだ。それは、狂気的な殺人鬼に似合う獲物だった。幼少期の思い出との違いに、恐怖する。


 しまった。


 思わず、声が出てしまった。


 ペンが、震える。


 彼が、こっちを見た気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る