特殊性癖
未来と仲よくなったきっかけは、ドラマチックでもなんでもない。一年生のときにたまたまおなじクラスで、つまんない夏休みのあと、二学期の美化委員をじゃんけんで負けた未来と余りものの僕がふたりで務めることになっただけという、つまりは単なる偶然。
未来はこの学校のやつらさえびびって手を出さないような、とんでもないお坊ちゃまだって噂は僕でさえも知ってた。だから、ぜったいに嫌なやつだと思ってた。
いや。僕も、未来を嫌っていたのだ。先生に当てられればよどみなく正解を言うのに、小テストで小競り合いとかテストの日に寝てない自慢とか、そういうのとは距離を置いてる。体育も音楽も美術もそつなくこなす。褒められればうっすら笑って謙遜するけど、だれかを過剰に褒めることもない。あいさつはいつも感じがいいけど、だれともつるむことなくまっすぐに帰宅するのはほかでもない、未来なのだった。
未来に似たキャラをさがすのは難しいんじゃないかと思った。新しいキャラなんだということで僕は納得することにしたけれど。
でも、僕たちは、ふしぎと気が合った。
最初は、本物の金持ちって余裕あるんだなって思った。未来はぜんぜん、漫画の金持ちキャラみたいに高飛車じゃない。でも僕は未来にはそっぽを向いてたんだ。委員会の仕事なんかちゃっちゃと終わらせて帰って漫画読もって、そのときだってそれだけだった。
未来があんなことを言わなければ。
『
僕はそれまでの人生でいちばんってほどにびっくりして、気づけば口をあんぐりと開けていて、慌てて閉じたのだ。
『そんなにびっくりしないでよ。俺、そういう、ひとの趣味の話を聴くのが好きなんだ。人生のだいじなことの参考になるかなって思うから』
もちろん、僕は警戒した。だれかに頼まれているのかもしれない。僕の趣味をバラして言いふらすつもりなのかもしれない。もしくは面白がってるとか。高みのお坊ちゃまなんだし、僕を嘲笑って楽しみたいのかもしれないって。
いいかげんしつこいよ天王寺くん、って僕が声を荒げたのなんて珍しすぎることで、でもそのときも未来は茶目っ気のある目をしながらもこう、言ったのだ。
『だったら先に俺の手のうちを明かそうか』
僕はあのとき、どういう顔をしていたのだろうか。
『変態って、いるもんなんだよ。たとえばね。ほんとうにたとえばだけど。人間をペットみたいにして、飼う、っていう文化があるって知ったら……斉藤くん。どうする?』
『……どうする、って……』
そんなのイケナイ界隈では、わりによく見るシチュエーションだけど……とは、さすがに言えなかった。
『変態だろ、それ。ほんとに犬だったらいいけど、人間に首輪をつけるもんじゃないと、斉藤くんもそう思わないか』
『それは、うん、そう思う……けど……』
できすぎている――このひとは完全無欠のお坊ちゃまで、でもそういうその、変態チックな面も持ってて。定番なんだ。だってそんなのってそんなのって、僕の部屋にいちばん多く積み上がっているジャンルである、BLの――定番なんだ。ギャップ萌え……とか。そういうの。
未来はそのときからもう躊躇もしないで根掘り葉掘りで僕に質問ばっかして、だから僕はけっきょく、僕がBL漫画が好きだってことを告白せざるをえなかった。
……ただ、いまにして思えばだけど。
僕が未来に告白できたのは、つまりは、そこまでだったんだ。
未来とはそれからつるむようになった。僕の、中学でのはじめての友だちだった。
僕と未来の立場は違う。未来は、すごいけれどちょっと変わったやつとしておだてられながらも距離を置かれている。
でも僕は違う。僕はなにかを一歩踏み外しただけですぐに最底辺として教室に殺されるだろう。苦しくなってしまって、そういう本音を僕が未来にぶちまけたときにも、未来はひっそりと笑っただけだった。
『そんなの、気にしないよ、俺。
声変わりをしているようなしてないような、くぐもっていても低くはない声。まつ毛が長いんだな、と思った。女だ女だとみんながこそこそ笑っているから騙されてたけど、女みたいってことはそんなに悪いことでもないのかなって、僕はそのときはじめて思った。
いろんな話をして、なんとなく場も落ち着いて、僕たちは、ふざけあうようにして拳を軽くぶつけた。放課後の教室にはそのとき僕と未来以外だれもいなくて、カーテンから注ぐ夕陽が風景画みたいで、ここが漫画の世界だとしたってできすぎているようなシーンだった。
そりゃ僕もこの学校に中学から入れるくらいだし、家はそれなりに裕福なんだと思う。でもうちは父さんがビールで酔うといつも笑って言う通りに、成金なんだって思う。父さんはむかし、お金ですごく苦労したんだって。赤ら顔で上機嫌に笑うそのすがたからは想像できないけれど、母さんもそういうときにはふふふって笑うから、僕の家はお金はあってもやっぱり成金ってことなんだと思う。
小学校は六年間近所の公立に通ったけど、僕が四年生くらいのときから父さんが、中学からはどうにかして私立に行かせたい、って言い出した。好きにすればいいのよと母さんは言ってくれたけど、僕は塾通いを決意して、帰りの会が終わると真っ先に学校を出て、家でおやつを食べてから塾に向かった。塾が終わるのは条例ぎりぎりの十時前で、つまりそれまではごはんが食べられなかったから、おやつはほんとうにありがたかった。僕は発育が悪くて、少食だったから、そのぶん母さんはいろいろと心配して、いっつも手づくりのおいしいおやつをつくってくれた。
この学校は僕にとっては無謀ともいえるほどの挑戦校だったけど、受かった、合格発表があったときには六年生にもなって母さんと抱き合って喜んだ。
小学校生活の後半をすべて捧げて合格した最難関レベルのブランド男子校。公立の小学校と違ってオトナなやつばっかりなんだろうなって、期待で胸がはち切れそうになりながらここに来たのに。
そんな期待は……中学一年の一学期で、無様なほどに、するするとしぼんだ。
でも、結果的にはだいじょうぶだった。
中学一年の二学期に……未来が、空気を入れてくれたんだ。
だから僕の中学生活には意味ができた。
未来がいたから、未来があった。
なのに――。
未来でだけは淫らなことを考えたくない、と。……固く決意していた自分を僕は誇りに思っていたのに、そんなのは、余計なお世話だったってことかよ。どうせ……どうせ。
どうせ未来を抱き締められるわけもないのに。
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