なんて健気な

「だいたいさあ、柏手ってさあ、ずるかったと思わない? 雪の街に生まれて、雪の神さまに愛されるなんて。わたしだって巫女さんになりたかったのに」



 柏手の実家は雪をつかさどる神様をまつる神社だった。だから柏手は、雪の神さまに愛されて育ったのだ。

 その美貌も。堂々とした態度も。白い肌と、ぬらぬら濡れる黒い目も。わたしなどには手の届かない、理知的な頭やひとびとの愛も。

 だくだく、だくだく、彼女は雪の神さまに愛された。



「……そりゃ、まあさー、トモチンの家は神社だったからー……」

「あの子ってきれいだったよねえ」


 目の前の女はきまり悪そうにうなずく。


「でも、ミッチー、殺したって……」

「――会ってきたのよ、久しぶりに。それで、高校の近くにできたカフェでお茶をしてきた。雪神さまの近くにこんな近代的なカフェができるなんて、とか柏手言ってたんだけどさ、近代っていうかもう時代は現代だって。相変わらずだった。わたしが東京に行って一生懸命勉強して勉強してバイトしてバイトして努力に努力を重ねていたころ、あの子は相変わらず神社で巫女さんばっかやっててねえ。でも、神職になるんだから、それでよかったみたいだよ?」

「……へえ……」

「いいねえ、うらやましいよねえ、いいご身分。……わたしだってああいう環境だったらそう生きただろうなあ……」

「あ、ごめん、私そろそろ旦那と待ち合せないと……」

「あー、そうだよねえ、つまんない話してごめんー」

「……あの、殺したって、冗談だよね?」

「えー、っていうか比喩だよ。ほら柏手って呼ばれてたじゃん? でも、あの子ももう学生時代のひととはつきあいないみたいでさ、そんで柏手とももう呼ばれないらしいわけ。なんとかさまとか、なんとか巫女さまとか。だからわたしも柏手のことはこれからちゃんとした名前で呼ぼ、って。で、わたしがそう呼ばなかったら、柏手って人間は死んだも同然、みたいな比喩?」

「あ、へえ、そうなんだ、だったらよかった……じゃあねー、またねー、またいつかー……」


 女は気まずそうに手を振りながら去っていった。さっきはあんなにはしゃいでいた餓鬼が今、変なものでも見るかのように視線をよこしている。殺してやろうか。糞餓鬼が。



 ……ああ、だからわたしは、こうやって汚い。

 だから、だからこそ、雪のない街に、行ってみたいと思っていたのに。

 念願かなって、わたしは、上京に成功したのに。



 雪のない街はつまらなかった。都会の明かりは眩しかったけど、わたしがほしかったのはもっと純白のてらてらした輝き。

 一番雪のなかで、ひらひらと巫女装束を着て舞うあの子のことが忘れられなかった。

 平凡なようでいて、どこまでもとくべつなあの子がいつまで経っても赦せなかった。

 わたしは本当は雪を愛していたのだ。そして、こんなにも、雪に愛されたかったのだ。

 なんて健気な、わたしだろう。

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