第6話 ヒュ-マノイド

 東京の御徒町おかちまちを、高見沢一郎は少し疲れ気味でヨタヨタと駅に向かって歩いている。

 それもそのはず、新橋にあるオフィスで一日の仕事を終えて、今日は御徒町に出掛けて来た。そして中古ゴルフショップを隅から隅までウロウロと見て廻ったのだ。

 最近どうもゴルフのドライバ-の調子がよろしくない。

 イマイチなのだ。


 ここは中古品でも良いから買い換えたいと思っている。

 そのために会社の帰りに長飛距離高弾道一本を探しに来た。

 しかし残念ながら、それは徒労に終わった。

 これぞと言ったドライバ-は見つからなかったのだ。


「あ~あ、やっぱりなあ、これぞお気に入りという一本は、そう簡単には見付からないよなあ、ちょっと良さそうかなと思ったら、お値段は結構高いし、う-ん、今日は疲れたし……、もう帰るか」

 一人ブツブツ言いながらトボトボと歩いている。

「しかしなあ、部屋に帰っても、誰かが待っててくれてるわけでもないし、一人ぼっちだし、なんとも仕方ないよなあ」と重い独り言が後に漏れてくる。


 高見沢一郎は家族を京都に残し、只今東京で単身赴任中。

 中央線三鷹にある安物賃貸マンションで一人暮らしをしている。

「まったくオモロクもないよなあ、あ~あ」

 世間の不幸を一手に引き受けたような男の溜息がつい吹き出てくる。


 単身赴任を3年も続けていると、確かに自由な面もあるが、大概は嫌になってくるものなのだ。

 そして性格もいじけてくる。

 賃貸マンションに帰っても誰もいない。

 自分だけのために食事を作っても、ちっともおいしくもない。

 部屋の掃除をするにも、会社から帰ってからではエネルギ-も残っていない。

 もちろん、やる気も起こらない。

 毎夜毎夜、ビ-ルをシコタマ飲んで寝るしかないのだ。


 単身赴任3年目。

 高見沢は軽い心身症に陥ってしまっているのかも知れない。

 されど高見沢は、サラリ-マン勤続30年の百戦錬磨の企業戦士。

 こんなことくらいで壊れてしまうほど柔ではない。

 今の自分から脱皮し、生活自体がもっと価値あるものに出来ないかと考えたりもしている。


 その一環が趣味のゴルフ。もちろんだとも、その上達だ。

 だが、「今日のところは、ピタッと嵌まるドライバーが見付からなかった、また出直すか」と諦め、少し足早に歩き始めた。


 そんな時だった。

 駅前の電気製品・中古ショップ、その店頭看板の案内が高見沢の目に飛び込んできた。


 激安!!

 ヒュ-マノイド    : 御苦労君

 ヒト型ロボット一体が、たったの4万円!


 それは、中古ロボットの安売りのこんな売り込みだった。

 高見沢は『御苦労君』の名前に興味が湧き、立ち止まってもう一度しっかりと確認してみる。

「へぇ~、4万円か、……、普通10万円以上はするよなあ、結構安いじゃん、俺も一人暮らしだし、この際一匹買って帰るか」

 高見沢に衝動買いの誘惑が襲ってきた。


 高齢化と若年労働力不足で、最近、世間のロボット需要は日毎に増している。

 それに合わせるかのように、ロボットの発展進歩は目を見張るものがある。

 かってロボット・ATAIMOが一世を風靡した。

 その初期時代から、さらに高度なロボットへと指数関数的に進化が続いてきた。

 そして今の時代は、人工知能を持ったヒュ-マノイド世代に突入している。

 その一つが、昨年の春に鳴り物入りで新発売されたヒュ-マノイド・『御苦労君』。

 大ブ-ムとなり、爆発的な人気を博した。


 しかし、かってのスマホの進歩の時と同じように、次から次へとニュ-・ロボットが登場し、今はすっかり影が薄くなってしまっている。

 高見沢は、この『御苦労君』の性能はかなり高度なものがあるとカタログや広告で理解している。


 『御苦労君』は身長140センチ、体重40Kg。

 従来型ロボットより随分と細型で、完全な二足歩行なのだ。

 組み込めるソフトには、4つのオプションが用意されている。

 購入者がその用途に応じて、その一つを選択し、インストールする仕組みとなっているのだ。

 そのオプション・ソフトとは、次の4つ。

 * 連れ合い人生お話し相手

 * 手抜きなし家事お手伝い

 * 介護しっかりサポ-ト

 * 愛玩ペット・チンパンジーモドキ


 もちろん、いずれのオプションも、密なコミュニケ-ションが日常語で可能。

 そしてその応答速度は、人間の10歳レベル。

 不自由さを感じさせず、結構速い。

 そして、高見沢がそれらにも増して一番気に入っている機能。

 それは――[ミラ-・ニュ-ロン]システムだ。


[ミラ-・ニュ-ロン]システムとは、ここ最近急速に解明が進んできた仕組み。

 各ヒューマノイドに、こぞって応用され始めている。

 それは猿とか人間だけが持ち合わせている脳内システム。

 つまりミラ-・ニュ-ロン(鏡神経細胞)、ある特定の行為を自分自身がした時だけ発火(脳の活性)するのではなく、他の人がした時も、見ただけで発火する。

 人間におけるそのシステムは前頭葉の運動前野に存在する。

 端的に言えば、――、[見まね]機能だ。


『御苦労君』には、この〔見まね〕機能がもちろん組み込まれてある。

 そしてその上に、それの意味を理解し、意志を持って動作する〔物まね]機能まで発展させてあるのだ。

 要するに、ロボットに憶えて欲しい時、一度こういうことだと見せておく。

 そうすれば、自らそれに発火し、かつ認知して、さらにその意味を学習して行く。

 そして必要な時に、その場に合った適正な行動を取るようになるのだ。


 見まね/物まねを何回か繰り返し、ロボットは自らの知能を発展させて行く。

『御苦労君』は、こんな高度な人口知能を持ったヒュ-マノイドなのだ。

 ただ、人間のように幅広く何もかも並行的に知能を育成させて行くところまでは未だ進歩していない。

 やはりそれはある特定の分野だけに限定されてしまう。

 日常生活の中での需要に見合ったその特定分野。

 それは、すなわち話し相手/お手伝い/介護/ペット。

 それらの4つのカテゴリ-に分類されている。

 そして、『御苦労君』には、それぞれに対応したオプション・ソフトが用意されているのだ。


 高見沢は電気製品中古ショップの店頭看板を眺めながら、「おっおー、なかなかいいじゃんか、只今、僕ちゃん、単身赴任中、うーん、必要とするのは、お手伝いロボットかな、ヨーシ、1匹買って帰るぞ!」

 高見沢はそう呟き、勢い込んで店内へと入って行った。


「看板にあるロボットを買いたいのだけど……、おりますか?」

 これに応えて店員は、「もちろん活きが良いのが、ピンピンとしちょりますよ、お客さん、あの子は割に賢いんですよね、それと最近、日本製ヒュ-マノイドを武器に認定しようとする動きがありましてね、もし武器になれば、民間の我々が売り買いできるのも、――、今の内かも知れませんよ」

 店員が購買心を煽ってくる。


 最近、日本のヒュ-マノイド・ロボット産業は、世界市場の中で突出し過ぎている。

 世界の国々にとって、それは日々脅威となってきている。

 もし日本のヒュ-マノイドが武器の一種となれば、日本製ロボットを世界の市場から締め出せる。

 それを目論んだ海外の動向となってきている。

 高見沢は「なるほどなあ」と思った。


 そんな感心をしている高見沢に、店員は「燃料電池で消費電力も少なく、1週間に1回水素カ-トリッジ・タンクを交換してもらえれば良いのですよ、この段ボ-ルのままお持ち帰り頂いて、簡単に組み立てて頂けます、お客さん、どうしますか?」と目一杯にたたみ掛けてくる。

「じゃあ、お手伝いプログラムで、この御苦労君1匹、……、買いま~す!」 

 高見沢はこの店員の勢いに押されてか、こう言い切ってしまった。

 そして、大枚4万円のキャッシュを財布から取り出して手渡したのだった。


 こうして高見沢はタクシ-で、『御苦労君』の入った大きな段ボ-ル箱を賃貸マンションに持ち帰って来た。

 そして早速リビングで組み立て始める。

「おっおー、割に簡単じゃないか、……、ええっと、エネルギ-は?」

 高見沢は手探りしながら、ロボットの背部に水素のカ-トリッジ・タンクを差し込んだ。

 そして、その横にある作動スイッチをパワ-・オン。

 それと同時に、ロボットの目に青い電光が点り、ジ-という軽快な音を発しながら『御苦労君』が立ち上がったのだ。


「ほっほー、結構いけてまっせ!」

 高見沢は感激雨嵐。

 その時、ロボットが突然話し出す。

「初めまして、私は商品名・ヒュ-マノイド・御苦労君です、まず御主人さまの名前を仰って頂き、それから私の名前を付けて下さい」

 高見沢はそれに速やかに応答する。

「俺は高見沢一郎だよ、で、あんたの名前か? そうだなあ、おまえの名前は……『御苦労君』の『苦しさ』を取っ払って、そうだ、――、ゴロウにしょう!」

 またいい加減な理屈付けで、命名したものだ。


 するとロボット・『御苦労君』は高見沢をすでにしっかりと認識出来ているのか、じっと見つめながら応答してくる。

「一郎さま、早速命名して頂きありがとうございます。私はゴロウです」

「おおう、なかなかゴロウは反応が速いじゃないか、お主、賢いのう」

 高見沢は誉めてやる。

 これを受けて、ゴロウは「一郎さまのために、一生懸命家事お手伝い致しますので、なんなりとお申し付け下さい」と殊勝なことを口にする。

 高見沢は、単身赴任の家事一切からいよいよ解放されるのかと思うと実に嬉しい。

 そして思わず、「ゴロウは、ホントいヤッチャ!」と笑みを零す。


 だが、あまり最初からあれもこれもと注文を付けても、ゴロウの脳は混乱するだろう。

 そこで簡単な事からやってみるかと、「そうだなあ、明日朝6時に起こしてくれよな」と改めて指示を飛ばした。

「はい、わかりました、体内時計の明朝6時00分に目覚ましお手伝い致します」

 ゴロウが健気に約束してくれた。

「明朝、どうなるかな、楽しみだ」

 高見沢は期待を抱き、幸せ気分で床についた。


 翌朝、指示は実行された。

 ゴロウが朝6時きっかりに、わざわざベットのところまでやって来て、「一郎さま、一郎さま、6時です、お目覚め下さい」とゆっくり揺すって起こしてくれた。

 高見沢はこのゴロウの御主人さまを敬う姿勢を実感し、「4万円で良い買物をしたなあ」と充分満足だ。

 こうして、ゴロウとの新たな単身赴任生活の幕が切って落とされたのだ。


 それから1ヶ月の時が流れた。

 高見沢は、毎日毎日仕事で疲れ切って帰って来る。

 ゴロウには、あれもこれもと充分な指導、そして注文をも付けている暇がない。

 それでもサラリ-マン・高見沢一郎とヒュ-マノイド・ゴロウとの妙に調和の取れた不思議な共同生活が続いて行ってる。


 高見沢は、ゴロウが狭い部屋中でウロウロとしていても、もうさほど気にはならなくなってきた。

 その上に、単身赴任の寂しさから来る軽い心身症も完治したようだ。

 それはまるで、こんな男一人とロボット一匹の穏やかな日々、それがこれからも続いて行くかのようにも見えていた。


 ゴロウは、やっぱり進化したヒュ-マノイド。

 最新の[ミラ-・ニュ-ロン]機能が装備されているだけあって、それを屈指し、見まね/物まねで学習を繰り返し、どんどん賢くなってきている。

 つまりそれは、――、日に日に人間の行動パタ-ンに近くなってきたと言うことであり、より人らしくなってきたのだ。

 その上に思考、つまり大脳作用までもがだ。


 さらに月日は過ぎ、一緒に暮らし始めてから3ヶ月。

 最近高見沢は、どうもゴロウの態度がデカクなってきてるような気がする。

 ゴロウは人間に似過ぎてきたのかも知れない。

 いわゆる悪知恵が付いてきたのだ。

 そのせいか、朝の目覚まし業務も時々サボるようになってきた。


 そんなある夕食時に、高見沢は文句を付けてみた。

「こらっ、ゴロウ! 朝6時に俺をチャンと起さんとダメじゃないか! 今日は遅刻したぞ!」

「一郎さん、朝、ホント眠いっス、ずっと寝てたいですよね……、だから勝手に起きて会社行って下さいよ、あとはキチッとやっときますから」

 ゴロウが遂に反論してきた。


「何を言ってんだよ、ゴロウ、おまえは俺の召使いだぜ! 大枚4万円も出したんだよ、最近、朝は起こさんわ、飯作らんわ、洗濯せんわ、掃除はせんわ……、もっとチャンとやれ!」

 高見沢は腹が立ってきて、怒鳴りつけた。

 それに対し、ゴロウが反抗してくる。

「一郎さん、それってじゃないですか? 水素ボンベだけで、人間の言う事聞いて生きて行けと言うのですか? ヒュ-マノイドにも人権はあります、ロボット虐めで訴えますよ」

って、ロボット・ハラスメントのことか? アホか、おまえの場合は――、就業契約不履行じゃ! 水素ボンベ、1本5千円もするんだぞ! もっとチャンと仕事せんかい!」 

 高見沢はもう怒りを抑えられない。


「一郎さん、あまりカッカしないように、コレステロ-ルで頭の腺がプチッと切れ易くなっているのですから、ぶっ倒れた一郎さんの面倒見るのは自信ありませんし……、まあお互い人生まったりと行きましょう」

 ゴロウが巫山戯たことをほざいてくる。高見沢は開いた口が塞がらない。


 さあれども、怒り心頭のハズミで、「勝手にしやがれ!」と言い放ってしまう。

 この言葉に、すぐにゴロウがレス。

 待ってましたとばかりの捨てゼルフを吐く。

「じゃあ明日から、召使モ-ドから、――、居候モ-ドに切り替えま~す」

 高見沢は、カチーン!

 すぐさま「このふとどき者めが!」と怒鳴りつける。

 そして、「お前みたいな悪玉ロボットには、もうかまってられない」と諦め、ヤケクソでビ-ルをガブ飲みし、寝てしまうのだった。


 翌日、高見沢は仕事を終えてから、むしゃくしゃしながら、またまた御徒町を歩いている。

 その目的は実に明白。

「あんな当てにも出来ない不良ロボット、いつか産廃で捨ててやる」

 そう考え、ゴロウの代替ロボットを探しに来たのだ。

 しかも、それは――、女性ヒュ-マノイド。

 要は、たとえお手伝いロボットでも、ゴロウのような男性ヒュ-マノイドにはもう懲り懲りなのだ。


 仕事はサボルし、態度もデカイ。

 注意すれば、ロボハラとか訳の分からない事を言う。

 それにゴロウは男で、生活に色気もないし、潤いもない。

 やっぱり華やかさのある女性ロボットで、単身赴任生活をやり直そうと結論付けたのだ。


「メイドさんロボットは売ってないかなあ」

 高見沢は一時間ほど探し廻った。

 そして、遂に見つけたのだ。

 店頭の看板には、「心優しい家事お手伝い、あなたの生活を情緒豊かに致します」とある。


 ソフト : メ-ド・メアリ-組み込み済み

 1年落ち

 『一体8万円』とあった。


 高見沢は値段を見てびっくり。

「やっぱりメスはオスの2倍の値段か、なるほどなあ、あのふとどきロボット・ゴロウでは参ったから、単身赴任生活をもっと楽しく華やかにするために、必要経費だと思って買っちゃうぞ」

 高見沢は決心した。

 そして店員からメ-ド・メアリ-の説明を聞いて、高見沢は益々気に入ったのだ。


「このメ-ド・メアリ-さんは、ZMPのゼロ・モ-メント・ポイント、すなわちそれは総慣性力ベクトルが床と交わる点なのですが、そのZMPの移動がいつもスム-ズになるように、徹底的に機構開発されています、そのため、動歩行が非常にしなやかなのですよね、簡単に言えば――、動きがセクシ-なのですよ。また軸受けの材質が金属から硬質有機新素材に変えていますから、その自由度が増し、手先も器用です、例えば、男性ロボットではスクランブル・エッグしか作れませんが、彼女は、サニ-サイドアップ(目玉焼き)も黄身を崩さずに、その上にですよ、出汁巻き玉子……、ふんわりこんと巻き上げることが出来るんですよね」


 さらに店員は説明を付け加える。

「身長は150センチと従来型に比べ画期的に背が高く、また体重は30Kgと随分スリムですよね、膨らむ所も膨らんで……、ナイス・バディ-でカッコイイですよ」

 高見沢はここまで聞いて、ゴロウのヤツと雲泥の差だと思い、「じゃあ、メアリ-さん、一体買います」と言い切った。

 そして8万円のキャッシュを支払った。


 高見沢は胸をワクワクさせながらメ-ド・メアリ-さんを持ち帰り、早速組み立ててみる。

 姿形が見え、嬉しくなってきた。

「なんとスタイルの良いことか、――、ゴロウの骨太筋肉質とは大違いだ」

 高見沢は笑みを浮かべながら感想をもらす。

 そんな時に、メアリ-さんが初めて声を発する。

「私、メ-ドのメアリ-です、御主人さまのために一生懸命家事お手伝いさせて頂きますので……、よろチくね」

 声が透き通っているじゃないいか。

 高見沢は感激で、思い切って最初のお願いをしてみる。

「明日の朝食は、久し振りにスパニッシュ・オムレツが食べたいのだけど、お願いします、メアリーさん」と注文した。


「わかりましたわ、御主人さま、ペッパ-はブラックの粗挽きで、少し多目でよろしいでしょうか」と聞いてきた。

「そんなコダワリまで聞いてくれるの、ペッパ-はいつも多目ね、それとハラペ-ニョ・ソ-スを横に添えておいて欲しいのだけど、ええとええ、ええっと……、朝のサラダのドレッシングは、ベネガの利いた絶対にイタリアンね、よろしく」

 高見沢は思い切りお願いをした。

「はい、承知致しました、御主人さま」

 実に可愛い声で返事があった。


 そんな高見沢とメアリ-さんとのやり取りを、ゴロウが横からじっと見ている。

 どうもゴロウの目つきが、高見沢以上にうっとりしているのだ。

 高見沢はゴロウに、「明日、6時にしっかり起こせよ」と確認したら、ゴロウは「はい、わかりました」と、最近になくヤケに殊勝。

 それからメアリ-さんの方をまたまたじっと見つめてる。

 なにかちょっと変。


 されども、こうして新たに高見沢と、ゴロウ & メアリ-さんとの一人二体の生活が始まった。

 単身赴任賃貸マンションで、こんな奇妙な生活が暫らく続いて行ったのだ。

 高見沢は文句は多くあっても、ゴロウはゴロウで結構オモロイヤツだし、メアリ-さんは理知的で賢い女性ヒュ-マノイドだし――。

 生活が本当に豊かになったようで楽しかった。

「ヒュ-マノイドとの共同生活も結構面白いなあ」

 高見沢は最近そう思うようになってきていた。


 そんなある日のこと、高見沢は風邪気味で体調が悪く、午前でオフィスの仕事を切り上げて、マンションに帰ってきた。

 ゴロウとメアリ-さんが掃除に洗濯、夕食の準備と甲斐甲斐しく働いていると思っていた。

 高見沢が玄関を入ってみると、何かガチガチと金属の擦れ合う音が寝室の方から聞こえてくる。

 そして、「う-ん、う-ん」、そんな女性の喘ぎ声も耳に入ってくる。

 高見沢は「なんで?」と訝りながら、寝室へのドア-を思い切り開けてみた。

「えっ、……、これって、何だ!」

 高見沢は思わず驚きの声を上げてしまった。

 なんとそこには、高見沢のベッドの中で、ゴロウとメアリ-さんが複雑に絡み合っているではないか。


 ゴロウとメアリ-さんも、御主人様の突然のお帰りで驚いたのか、スットンキョな顔をして高見沢の方をじっと見てくる。

 お互いに見つめ合ったまま、しばらく沈黙の時間が流れて行く。

 高見沢は、まさかヒュ-マノイドが男女抱擁し合うなんてこと、今まで想像も及ばなかった。

 まったくのびっくり仰天だ。


 こんなのを見せ付けられて、普段なら「おまえらアホか!」と怒鳴り付けるところだが……。

 ゴロウとメアリ-さんの瞳を見つめていると、何か悲しくて、愁いのようなものが漂ってくる。

 そのためか、高見沢は何も言葉を発せなかった。

 高見沢はこんな遭遇の動揺が少しおさまるのを待って、やっと二人に声を掛ける。

「まあ、いつまでもそんなベッドの中にいないで、その複雑な物理的な絡みをほどいて、二人ともちょっとリビングへ来たら」

「はい、わかりました」

 二人とも落ち着きを取り戻したのか、素直に頷いて寝室から出て来た。


 そして高見沢はゴロウとメアリ-さんをソファ-に座らせ、静かに聞いてみる。

「二人とも、真昼間からどうしたんだよ?」

 するとゴロウが答える。

「私たち、激しい恋に落ちてしまったのです、――、結婚したいのです」

 横でメアリ-さんがこっくりと可愛らしく頷く。


 高見沢は、ヒュ-マノイドからの突然の愛の告白で、次に何を語るか、その言葉をなくしてしまった。

 それでも少し考えて、ぽつりぽつりと口を開き始める。

「へえ-、そうなんだ、あなた達はヒュ-マノイドだけど、恋をするのか、そうなのか、そういう感情まで持つようになってしまったんだね、スゴイ話しだよなあ」

「実はそうなんです、一郎さん、……、これって悪い事ですか?」

 ゴロウが真剣に聞いてきた。

「いや、別に悪い事ではないけど、とにかくびっくりだよ、で、ちょっと聞きたいのだけど、この賃貸マンションに一日中閉じ篭ってて、外界からは隔離されている状態で、そんな恋という感情をどうやって学習したんだよ?」

 高見沢はふと浮かんだ疑問を尋ねてみた。

 これにメアリ-さんが今度は恥かしそうに答える。


「実は、テレビなのです、御主人さまのいない時に、このゴロウさんと二人で、昼間放映している韓ドラのラブロマンスを見ていたら、ミラ-・ニュ-ロンが発火し、一生懸命……、恋愛の学習をしてしまったのです」

「ふ-ん、そうなんだ、本来なら料理番組でも観て、もっと勉強して欲しかったんだけど、まあ、何事にも一生懸命で、――、メアリ-さんはいつも偉いね」

 高見沢はホント優しいヤツだ。

 そして、さらなる疑問を率直に聞いてみる。

「さっき、俺のベッドで、二人抱き合ってたよね、あんな行為を、どこで学習したの?」

 するとゴロウが部屋の隅の方を指差してくる。

 そして、シレッとした顔で言うのだ。

「あそこの机の引出しの奥の方に入っている……、DVDですよ」

「えっ、それって、18禁DVDか? 洋物、和物とあるわなあ、あんなの観て、Hを学習したのか? エグイのばっかりじゃん」


 高見沢は大びっくり。

 隠し持っていた秘密のアダルトDVDが、ヒュ-マノイドの学習に使用されたと思うと、「おまえらアホか、反省せ!」と怒鳴り付けたかった。

 だが恥かしくもあって、そういうわけには行かない。

「そうか、体内に組み込まれている〔ミラ-・ニュ-ロン〕機能で、何でも見まね/物まねで、君達はどんどんといろんな知恵を付けて行くんだね」

 高見沢はほとほと感心する。


 そんな時に、今度はメアリ-さんが少し寂しそうにぽつりと呟く。

「私、まだ……、エクスタシ-(ecstasy)を感じてないのです」

 メアリ-さんからのこんな驚異の発言。

 なんぼ人生経験豊富な高見沢一郎でも返答に困ってしまった。

 そして高見沢は、ゴロウの頭を思い切りひっぱ叩いて、言ってしまう。

「こらっ、ゴロウ、おまえの責任だぞ! もっとメアリ-さんのために――、学習に励め!


 そして、高見沢は少し言い過ぎたかなと気を落ち着かせ、話しを続ける。

「う-ん、そうか、まあ、愛があれば諦めず、その内に……、そうだ、二人とも結婚しなさい、だって、あなた達の赤裸々な愛の絡みを見てしまった以上、俺はもう一緒には住めないよなあ、この部屋、しばらく貸してあげるから、ここで二人暮らしてみたら」

 高見沢はシドロモドロであるが、精一杯優しいことを言ってのけてしまっている。


 そんな提案を受けて、メアリ-さんは申し訳けなさそうに。

 しかし、女性らしくチャッカリと。

「ありがとうございます、一郎さまはこのマンションから、しばらく出て行かれるのですか、……、いつでも帰って来て下さいね、それまでに、もっといろんな事を学習しておきますわ」


 高見沢は一旦口にしたこと、もう後には引けない。

「ゴロウもメアリ-さんも、まだ若いんだから、ここで仲良く愛を育んでね、今日から俺は出て行くけど、あまり気にしないように、何かあったら携帯に電話して来てくれたら良いよ」

「わかりました」

「じゃあ、二人とも元気でな」と答えて、高見沢は、ゴロウとメアリ-さんに賃貸マンションを明け渡す形で、身一つで出て行ってしまったのだ。


 今、高見沢はビジネスホテルの一室で、ベットに寝っころがって天井をボ-と眺めている。

「ヒュ-マノイドとの共同生活、結末は、結局マンション乗っ取られて、俺が追い出されてしまったか、まっいっか、あいつらにも人権はあるし、だが学習すればするほど、煩悩多き人間へと進化して行ってるよなあ、あまり人間らしくなり過ぎない方が良いと思うよなあ」


 高見沢は、元の一人ぽっちに戻ってしまった。

 そして、今は一人でいる事の自由を久し振りに満喫している。

 しかし、またまたアホな思考に陥って行く。

「一人の生活ではあるが、毎日こう忙しいと人生を楽しんでいる間がないよなあ、ゴロウとメアリ-さんの方が、きっと俺より生活をエンジョイするだろう、あ~あ、……、そうだ、ブラっとどこか一人旅に出掛けてみるか」


 高見沢はヒュ-マノイドの行動に刺激されたのか脳が覚め、さらに考えが巡って行く。

「旅に出ると言っても、時間を作らないとねえ、……、あっ、そうだったんだ、この状況を打破するためには、休暇中に仕事を代行してくれる『お仕事代行ヒュ-マノイド』が必要なんだよ、こいつをサラッピンで買ってきて、学習させて、俺の仕事の代行で使えるように出来たら、もっと自分の時間が作れるぞ、これでもっと人生楽しくなるかもなあ、明日早速、御徒町に買いに行ってみるとするか」

 高見沢は、こんな新たな発想に未来へのトキメキを感じ始めている。

 そして、ぽつりと満ち足りた風な独り言を呟く。

「また明日からは、……、新しい日々が始まるか」

 高見沢は静かに目を閉じる。

 シングル・ル-ムのシングル・ベットの中で、高見沢の心身は、暗闇の奥にどんどん溶け込んで行く。


 そして、慣れた独り寝で……

 深い眠りへと

 いつの間にか落ちて行くのだった。


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