第4話 勇者ゆうくんの恋

「ごめん、ゆうくん。

先にさ、話したいことがあるんだ。」


ナオは可愛い顔を曇らせていた。


「どうしたの?

そんな強張った声だして。

いつものナオらしくないじゃん。」


僕は気丈に振る舞おうとしていた。

本当は、今にも体内のあらゆる穴から、

汗が飛び出しそうなくらい暑くて、

逃げ出したい願望が人生でピークを迎えていた。


「この前、春から会社で異動があるって言ったよね?

私が本当にやりたかったことだから、仕事に集中したいんだ。

だから、部署異動して仕事がある程度、慣れてくるまで

ゆうくんと距離を置きたいなと思ってて。」


「なるほど。

僕が近くにいたら、仕事の邪魔になるかな。」

---これはずるい。

こんなことを言われてしまっては、

僕は何も言い返せなくなってしまうじゃないか。


「本当に自分勝手でごめんね。

ゆうくんは何も悪くないの。私がまだまだ未熟だから

両立できる気がしなくて、ゆうくんを傷つけてしまいそうなの。」


「そんなこと言わないで。

ナオは未熟じゃないし、すごいと思うよ。

僕はナオにだったら、傷つけられても構わないよ。」


---これは完全にナオのペースになってしまった。

どこかで流れを取り戻さなければ。


「もし僕が本当に仕事に集中する上で

邪魔なら距離を置こうよ。

僕はナオの負担になりたくない。

けどさ、本当にそれが理由?」

僕は、声を震わせながら聞いた。


「え、それはどういうこと?」

ナオの目が一瞬泳いだのを僕は見逃さなかった。


「前、僕が電話をかけて出なかったときあったよね。

あの時、実はたまたまナオの近くにいて、

男と2人で歩いてるところを見ちゃったんだよね。

『あの男はだれなの?』

なんて聞いたら、格好悪いし

何もなかったらナオに失礼だから

聞く勇気がなくてさ。」


もう後戻りは出来ない。

否定してほしい。と僕は切に願った。

ナオを失ったら、僕はまた人を好きになることができる気がしない。


僕の問いかけにナオは即答しなかった。

焦った僕は、畳み掛けてしまった。


「もし、他に好きな人が出来てたり、

僕に何か不満があるなら何でも言ってよ。

おれはナオのことが大好きだからさ。」


「あのね、聞いて。

私はゆうくんのことが好きだよ。

一緒にいて楽しいし、落ち着くし。

あぁ、この人といたら

私は幸せな人生を歩めるんだろうなって。


仕事に集中したいというのは、本当なの。


ただそれは半分の理由で、

もう半分の理由は言うつもりはなかったの。


幸せなんだけど、

どこか物足りなくなってる自分もいたの。

楽しいんだけど、ワクワクしなくなっちゃった。


あの酔っ払ったときのゆうくんでいてほしいの。

世界は救うなんて大げさかもしれないけど、

人生をかけて挑戦してる人の隣で、私はドキドキしながら

一緒にいたい。


そう思っちゃったの。

私、最低な女だよね。」


「それってさ、前に会ってた人は関係あるの?」

僕の心は完全に折れていた。

そろそろ、リングにタオルを投げ込んでくれよ、セコンド。


「関係ないといえば、嘘になるかな。

私もこれ以上、この話はしたくないかな。

ゆうくんが辛くなるだけだと思うし。」


「分かった。

なら、距離を置くとかじゃなくて、もう別れようよ。

僕も世界を救えるように、経験値を積んでくるね。

今までありがとう。楽しかったし、好きだったよ。

じゃあね。」


軽い冗談を言うのが、精一杯だった。

これ以上、喋ると想いがとめどなく出てしまいそうだった。

だから僕は聞き分けの良い男を演じたのだ。


そして、僕は当てもなくただひたすらに歩き続けた。

ナオに対しての怒りや負の感情は湧いてこなかった。

自分の不甲斐無さ、情けなさで胸がいっぱいになった。


気づけば空が紅く染まっており、自宅近くに着いていた。

無意識に家まで辿り着けることに、少し感動を覚えながら

僕はいつも通り、近くのコンビニで弁当を買い、家路についた。


---別に、自分の人生にナオという存在がいなくなっただけ。

だからといって、僕の人生はなんら変わらないはずだ。


そう言い聞かせ、弁当を平らげ、レモンサワー片手に何気なく

日曜日のファミリー向けのバラエティ番組を何も考えずに眺めていた。


すると、スマホの振動音がした。

ナオからでも、友達からでもなく会社からだった。


「日曜のこんな時間になんだろう。」


パッとメールを開封すると、

なんと会社の取締役からだった。

取締役なんて、総会の時にしか顔を合わさないし、

話したこともない。

---僕は何か重大なことをやらかしただろうか。


『明日、朝8時に私に執務室まで来るように。

用件は会った時に話します。』


違和感を感じた。

今まで普通に生きてきた人生と何か違う。


とりあえず、遅刻するわけにはいけないから

余計なことを考えずに

今日は早く寝ることを心に決めた。

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