第3話 勇者ゆうくんは悩む

どうしても、あの光景が僕の頭の中から離れなかった。

ナオに聞きたいと思ってはいるが、

女々しい男だと思われるのが嫌で聞き出せないでいる。


僕はそんなモヤモヤした気持ちを抱きながら、

今日もひたすらに、営業に出向いては会社に戻り、

レポートを作っては、上司に提出して修正の繰り返しだ。

ただ今日に限っては、せわしない業務が心の救いだった。

暇だったら、確実に精神が持たなかっただろう。


チラホラと社員が帰り始める夕方7時、

僕は切れ始めた集中力を復活すべく、エナジードリンクを流し込んでいた。

そんな時、内ポケットからスマホの振動音が鳴った。

『昨日はありがとう!

次回は、男だけで姉ちゃんの飲み屋でも行こうや。

というか、斎藤の彼女可愛いんやし、誰か俺に紹介してもらって!

頼むから!』


小泉からのLINEだ。

相変わらずだな。と思ったが、

社内に恋愛相談をするほど、仲の良い同期もいなかったので

この男に何気なしに相談してみることにした。


『こちらこそ。

彼女から紹介は出ないんだけど、

その代わりに彼女のことで相談したいことがあるからさ

近々、飲みにいこうよ。』


すると、直ぐに既読が付き、

『それは緊急案件そうな匂いがするぞ、明智くん。

明後日でよければ、時間を開けることができるが

いかがだろうか?』


何故に江戸川乱歩なのかは、さておき

小泉が画面越しでにやけ顔でLINEしているのが

安易に想像がついて一瞬後悔した。



「要は彼女が浮気してるんじゃないかって疑ってるってこと?」


「んー、まぁそういうことかな。」


案の定、小泉は真剣に聞くふりをしながら顔は満面のにやけ顔だった。


「なぁ、小泉よ。1回その顔面をパンチしてもよいかい?」


「いやいや、真剣に聞いてるって。

ほら、このにやけ顔は生まれつきやん?」


「いや、お前の生まれついた瞬間なんてしらねぇから。

まぁともかく、彼女が浮気してるかもしれないんだけれども

それを聞けない自分も非常に情けないな。と思ってるわけですよ。」


今日はいつもよりお酒のペースが速く、

明らかに声の音量調節機能がバカになり始めていた。


「確かに、女性は星の数ほどいるんだけどさ

『この人だ!』って思える女性に出会える確率って

限りなく0に近い数字なんだよ。

これから先、一生ナオより良い女性に出会えると

俺は思えないんだよ。」


「斎藤ってそんなキャラやっけ? まぁええわ。

そんだけ彼女のこと想ってるんやったらさ、

俺に言わずに直接言ったらいいやんけ。」


「だから、それが出来たら苦労しないんだってば。」


「ぶつかるのが怖くて、素直な気持ち言えへんのやったら

この先これ以上、彼女と距離縮まることないで。」


正直、小泉の言ってることが図星すぎて言葉が出なかった。

僕はなんて事のない幸せな日常を守りたいだけなのに、

それすらも難しい事を知った。


「彼女がさ、おれに興味を持ったきっかけが面白くて

初めて会った日にさ、泥酔しながらカラオケで

『おれは世界を救うんだ。』って叫んだらしんだけど、

それを見て『あら、素敵。』って思ったんだって。」


「なんやねん、それ。」

小泉は間髪入れずにツッこんできた。


「おれは、今世界を救うどころか

自分の生活さえ守れてないんだよな。」


「いや、何カッコつけてんねん。

結局は、彼女のこと信じることができるかどうか?それやで。

もし、ほんまに気になってるなら絶対聞いた方が良いし。

次彼女と会ったら、絶対ちゃんとやれよ。

とりあえず、この話は終わりで

今日はおれに付き合ってもらうから。」


その後のことは、ぼんやりとしか覚えていない。

ただ朝、自分の家で目覚めたらキャバ嬢のものと思われる名刺と

風俗店のものと思われるスタンプカードが散らばっていたので

思い出すことをやめた。


僕とナオは2週間に1回は、デートをすると決めていた。

今日はそのデートの日で、僕はナオにこの間のことを聞こうと腹を括っていた。

待ち合わせは、日曜日13時に恵比寿ガーデンプレイス時計広場だ。

東京に住んでいるからには1度はやってみたかったのだ。


「お待たせー。待った?」

ナオがやってきた。

正直、ナオの顔を見たら言う気を

無くしてしまいそうになる。


「おれも来たばっかりだよ。」

手垢がつきまくったセリフを僕は吐いた。

そしてお決まりで、これはちなみに真っ赤な嘘だ。

緊張しすぎて30分前に着いた。

なんて言うベタな展開だ。


地球温暖化が進んでいるせいか、今年は暖冬だった。

3月中旬でも肌寒さは残りつつも、どこか春の温かみを感じられる。

僕の心とは裏腹に少し暖かい天気の中

僕たちはガーデンプレイスを軽く散歩していた。


「お腹すいた?

近くにさ、美味しい蕎麦屋さんがあるから

とりあえずお昼ごはん食べようよ。


今日あれでしょ。そのあと、タピるんでしょ?

おれタピッたことないから、ちょっと楽しみなんだよね。」


そうすると、

「ごめん、ゆうくん。

先にさ話したいことがあるんだ。」


開始5分、僕は先制パンチを食らった。

ここでノックダウンしてはいけない。




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