第2話 勇者ゆうくんの過去
あの封筒を見たからと言って、
僕の人生に何かが起こるなんてことは別にない。
というか、今は3月の上旬で4月1日までは少し時間がある。
もし、自分の身に何かが起こるとしてもあと3週間後だ。
仮に僕が勇者になったってどうしろというのだ。
異世界に飛ばされるのか?
もし現代ファンタジーものなら、
全身タイツを着て蜘蛛の糸を手から出して、凶悪犯を捕まえり、
呪文を駆使して、杖の先からなんかオーラ的なものを出したりするのか。
どっちにしろ、コスチュームとか着ないといけないなら嫌だな。
なんて考えながらぼんやり外を眺めると、
なんとも言い難い僕の顔が、
電車の窓に写り思わず鼻で笑ってしまった。
僕は一体何を考えているのだろうか?
そもそも、なぜカラオケで『世界を救いたい。』なんて叫んだんだろう。
世界を救いたいやつなんて、
不遇の天才か底抜けのバカぐらいだろう。と思っていた。
僕には、そんなキッカケになる出来事なんて
これまでの人生で1度もなかったはずだ。
*
僕はかなり幸せな家庭で育った。
自分の環境に不満だったり、
理不尽であると思ったことは一度もない。
むしろ、好きな習い事をさせてもらい、
週末には家族で外食し、年に1回旅行に行った。
大学まで行かせてもらって、親には感謝しかない。
子供の頃から勉強もスポーツもかなり出来た。
小学生の時に空手では全国大会ベスト4になり、
中学に入って始めたサッカーでは地域の選抜にも選ばれた。
県下で一番偏差値が高い公立高校に入り、学校のマドンナとも付き合った。
控えめに言ってもリア充な生活だった。
もし、僕の人生に少しキッカケがあるとすれば、
大学時代だろうか。
僕はほとんど大学に行ってない。
高校時代の友達と会社を立ち上げ、授業そっちのけで
事業に没頭していたのだ。
ただ社会に出たこともない、突出した技術もない僕たちが
思いつくことなんて所詮学生レベルで、
学生を集客する就活サービスや、
アルバイトを簡単に探せるポータルサイトなど
既に数多の大学生が取り組み、無残に散っていった領域だった。
僕たちも大資本の前には勝てず、サービスを辞めて会社を潰した。
そして、一緒に経営をした友達とも疎遠になった。
あの時は、『世界を救おう。』とは思っていないが、
自分の可能性に少し期待していたのだ。
もしかすると、これまでに必死に努力しなくても
卒なく大概のことをこなしていた自分に自信を持っていたのかもしれない。
そこからは、授業に出ていないツケが回って、
卒業まではひたすら興味のない学問を学び、
なんとなく就活を終え、社会人になったのだ。
そこからは想像通りの社会人生活を送っていた。
長々と自分の人生を振り返ったが、
僕は天才でもなければ、ポンコツでもない。
欲が無いわけでもないが、欲深いわけでもない。
やる気があるわけでもないけど、ないわけでもない。
つまり別に何者でもないのだ。
*
『次は目黒駅〜、目黒駅です。』
そのアナウンスとともに我に返り、
僕は人混みをかき分けて電車を降りた。
今日は不定期に開催される大学時代の同じゼミの仲間たち4人との飲み会の日だ。
---ガラガラガラッ
「斎藤、こっちこっち!」
店の奥の方から、小泉のうるさい声が聞こえた。
小泉は、関西弁が全く抜けないお調子者で飲み会にいたら、
確実に盛り上がるタイプの人間だ。
「先ついたから、始めちゃってたわ。」
「それにしても、みんな早いね。」
「みんな、斎藤みたいに仕事熱心じゃないんやって。」
「小泉くんと一緒にしないでよー。私たちもちゃんと仕事してるんだから。」
と女性2人が、口を揃えた。
「それでは、斎藤も来たことですし、
改めて乾杯の音頭を僭越ながら、わたくし小泉が取らせて頂きます。」
「大学という大人たちに守られた鳥かごで同じ釜の飯を食い、
社会という大海原に出てから早4年。
我々がこうして今宵も集い、お酒を交わせること心から嬉しく思います。
皆様の今後のご健勝とご発達をお祈りいたしまして、乾杯!!」
相変わらず、こいつは何を言ってるんだ。と思いながらも
僕は楽しくなっていた。
大学時代の話や今の会社の愚痴、恋人の話を肴にお酒が進み、
気づけば3時間ほど経っていた。
『続いてのニュースです。』
番組間に放送される数分間のニュース番組を僕は何となしに眺めていた。
『捜索願が出されていた東京都在住の男性会社員が、
6ヵ月間行方不明の末、発見されました。
幸いなことに事故や事件に巻き込まれたわけではないとのことですが、
姿を消していた理由について
一切報道陣の前では話すことはありませんでした。
警察に行方不明届けが出されるのが
年間8万件ほどあるのですが、
おおよそ80%は1週間以内には発見されます。
ただ、ここ最近長期間行方が分からずに、
生存状態で発見されるという事案が多く発生しております。
家族や近しい人同士日頃からのコミュニケーションが大切であることが
わかりますね。』
「これ絶対あれやろ。借金とかして連絡取りづらくて姿隠してただけやん絶対。
なぁ斎藤!」
「それでニュースになるの嫌だな。っていうかお酒臭えよ。」
「そろそろ終電も近いし、お開きにしますか。おっちゃん、お会計ちょうだい!」
「はいよ〜!」
居酒屋を出て、みんなと解散した僕は駅までふらふらと歩いていた。
反対車線を何となしに眺めていると、突然自分の酔いがスッと冷めたのが分かった。
ナオと見知らぬ男性が楽しそうに歩いているのだ。
---今日、会食って確か言ってたよな。取引先の相手かな。
ただ、距離近くないか?
気がつくと、僕はナオに電話をかけていた。
着信に気づいたナオは、一瞬画面を見て何事もなかったかのように
ポケットにしまった。
その後も談笑を続けていて、流石に会話の内容まで聞こえなかったが、
僕の脳内では勝手にこう変換されていた。
「電話でなくて大丈夫? もしかして彼氏とかじゃないの?」
「大丈夫ですよ。私彼氏なんていないですから。」
---余計な詮索はやめて、大人しく家に帰って
今日は久々にアダルトサイトでも見て、寝よう。
家について、ひと休憩していると
ナオからLINEの通知が来た。
『さっき電話でれなくて、ごめんね。どうしたの?』
という文章とともに、ごめんなさいとアニメのキャラクターが謝ってるスタンプが来た。
『目黒で飲んでたんだけど、帰り際にナオを見かけたからさ。
反対車線だったから、電話してみたんだよねw』
僕は、意地悪顔をしたスタンプを添えて、LINEを送った。
すると、ナオからは『OK!』というスタンプだけが返ってきた。
その瞬間、僕は今日、NTR系のアダルトビデオを見ると心に誓った。
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