「一緒に世界を救いたい」と言われましても、僕は勇者ではないのですが。

@ishidayuu

第1話 勇者ゆうくんは幸せ

 これから記すことは、この1年、

 僕の身に起こった全くもって信じられない出来事についてだ。

 27年という僕の人生は至って普通だった。

 普通に生きるということがいかに尊くて、そして色んなものの上に成り立って

 いることを痛感した。

 もし、今後僕のような経験をするような者がいるなら、手にとって読んでみて

 ほしい。

 これは勇者ゆうくんの手記である。


 p.s 正直、勇者するなら異世界転生して

 超強主人公で爆乳神とイチャイチャしながら、なんやかんやラスボス倒して、

 異世界サイコーーー。の方が良かった。というかp.sなんて古いか。

 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 春だろうが夏だろうが変わり映えのない東京という街。

 朝起きて仕事して帰って寝る変わり映えのない僕の毎日。

 ただ、自分を変える勇気もやる気もなく、今日もいつもの1日を過ごす。

 僕は街中に溢れるNPCの1人だ。勇者ではない。ただの村人Aだ。

 

僕は、考え事をしていた。


 ---このまま、仕事を続けて、

 そこそこの年収を貰って、

 好きな人と結婚して子供が出来て、

 念願のマイホームを持って、家族仲良く過ごして、

 最後は子供と孫に囲まれながら、死んでいく。

 なんて幸せな人生なんだろう。誰しもがそう有りたいと願う人生の王道ルート。

 この幸せな感じも悪くない。

 ただ、僕にとっての王道ルートは本当にこれなのだろうか?

 僕が生まれたことには、何かもっと特別な理由があるんじゃないか?


 『なんて、いかにも意識高い村人が考えそうだな』と思いながら、

 明日の朝ごはんを買うためにいつものコンビニに立ち寄る。

 

 

「今日、ゆうくんち行っていい??」


 ナオからのLINEだ。

 ナオは僕より3つ上の会社員で

 もうすぐ付き合って半年になる。

 可愛いし居心地が良いし、

 正直、僕にとっては勿体ないくらい良い彼女だ。


 「よし、とりあえずコンビニでお酒とおつまみも買って、部屋の掃除をするか」

 ボソッと呟き、レモンサワーとビーフジャーキーを買った。

  

 ピンポーン−--ガチャ。

 

「お酒とおつまみ買ってきたよ!一緒に飲も!

 いやーー、聞いてよ。今日も上司がさ、いやらしい目で私を見てきてさ。」


 ドンドンドンッ−−−ピッ。


「あれ、アメトーーク!やってるじゃん、見ようよ!!」

「ふふっ。」

「なんで笑ってんのよ。何かおかしいことした?」

「いやぁ、俺も同じ酒とおつまみ買っちゃったんだよね。

それにしても今日も元気で何よりだなぁと思ってさ。」

「そりゃあ、会えたら嬉しいもん。

 それにしても私たち、考えることは同じですな。ふふっ。」


 彼女はいつも人生を楽しそうに、元気に振舞っている。

 辛いことも悔しいことも絶対あるはずなのに、そんなそぶりを見せない。

 僕にとって、彼女はちょっとした憧れなのかもしれない。


「そういえばね、次の春の人事異動でね、

 営業からマーケティングに配属になりそうなんだよね。」


「お、よかったじゃん。ナオ、ずっとマーケティングやりたいって言ってたし。

 ナオは自分のやりたいことをどんどん叶えていってすごいね。」


「ありがとう。春からめっちゃ楽しみなんだよね!

 ゆうくんは最近仕事の方どう?」


「俺は普通かなー。毎日一生懸命に社畜やってますよ。」


「そっかー。普通に一生懸命に頑張ることも大変なんだよ。

 だからゆうくんはすごいよ。」


 突然ナオは意地悪そうな顔をして、

「そういえばさ、世界を救うんじゃなかったの?」

「恥ずかしいから、その話はやめてくれよ。」

「なんでよ。私はゆうくんが酔っ払いながら、マイク握って

『俺は世界を救うんだ!』って言ったのを聞いて、

 この人素敵だなと思ったんだよ。」


 ーーナオとは先輩に当日ほぼ無理やり付き合わされた合コンで知り合ったのだ。

 そんなにお酒が強くない僕に先輩がひたすら飲ませた挙句、

 二次会のカラオケでは完全に出来上がっていて、

 隣に座る女の子を口説くなんて状態じゃなかった。


「合コンの次の日に私が、

、昨日は大丈夫でしたか〜。』って連絡しなければ、 私たち付き合ってなかったかもしれないんだよ。」


「それはそうだけど、今の言い方完全にバカにしてるな、お前。」

「だって〜、既に私にとっての勇者さまですよ〜ふふっ。」

「分かったから、先にお風呂入っておいで。」

「はいはーい。あ、そういえば郵便受けにいっぱい入ってたから、

 全部持ってきたよ。」

「ありがとっ」


 --僕は世界を変えることも魔王を倒すこともないし、

 人生に劇的なことなんて起こらない。

 ただ、ナオと過ごすこんなにも幸せな日常が結構好きなのだ。


「うわぁ、めっちゃ溜まってるな。」

 受け取った大量のダイレクトメールをゴミ箱に移す作業をしていたら、

 1通の封筒が目に留まった。


「なんだこれ?」


 ’’斎藤優機さまへ

 転職の完了のお知らせ

 必ず中身を確認して、必要書類を提出してください。

 ジョブエージェンシーより’’


 ---おれ、転職なんてしてないのにな。誰かと間違ってるのか?


「間違ってたら大変だし、中身だけ確認しとくか。」


 ’’斎藤優機さまへ

 この度は数あるサービスの中から

 弊社のサービス『ジョブエージェンシー』をご利用頂き誠にありがとうございます。

 選考の結果、斎藤さまを4月1日付けでとさせて頂くことが決定し、

 その旨を当メールにてお伝えさせて頂きます。


 当決定における斎藤さまの拒否権は一切ございませんので、ご了承ください。

 またお勤め先の竹内商事は3月30日をもって退職することは既に合意を取っておりますので、ご安心ください。

 付きましては、3月30日東京都渋谷区の○○ホールにて、事前研修を行いますので

 ご参加ください。


 ジョブエージェンシー’’



 --なんだこれは? 最近の企業は色々凝った広告を打つもんだな。

 それにしても偉そうすぎないか、なんで拒否権ないんだよ。

 4月1日付けだし、どうせエイプリルフールです!的な何かだろう。


「ゆうくん、ごめんタオル取り忘れたー。」

「はいはい。持ってくよ」


正直、僕は僕の周りの世界を救えれば十分なんだよな。


「もーー、このタオル、さっきゆうくんが使ったやつじゃん。これじゃないよ!」

「すいません!すぐに新しいものをお持ちします。」


幸せだ。




 











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