第2話 朝の散歩
その母親と小学生らしき男の子は、まだ日が登るか登らないかといううちに、小さなアパートから出かける。
男の子がお母さんに言う
「おかあ、朝の散歩に行こう」
行先は近くにあるコンビニだ。
「はい、はい」
そこで一つだけお菓子を買ってから、いつも帰ってくる。
*
男の子は最近、学校に行っていなかった。
きっかけは何だったんだろう。
天然パーマの髪を、からかわれたことだったか。
いや、それよりも同級生たちが休みの日、お父さんと遊んだことを楽しそうに話しているのを聞きたくなかったからかもしれない。
男の子が小学生になって暫くした頃、お父さんは病気で死んでしまった。
男の子のお父さんの記憶は少ない。
顔も今では思い出せなくなってきた。
残されたのは、お母さんと男の子の二人きり。
お母さんは生活の為に近所のスーパーに働きに出ていた。
男の子は、お母さんが仕事の間は一人で留守番をしている
すぐ近くだから昼休みや、ちょっとした休憩の時に、アパートまで男の子の様子を見るために戻ってくることができる。
お母さんは優しいけど、いつも忙しそうだ。
学校は一度、休み出すと尚更行きたくなくなる。たまに何とか行ける時でも保健室にいて、そこでプリントをやったり本を読んだりしている。
家の外にも出たいと思わなくなった。
男の子はいつも野球帽を深く被っている。
帽子を被らないと外には出ない。
そんな毎日が続いていた時に、お母さんがちょっとイタズラっぽい顔をして笑って、男の子に言った。
「ねぇ、明日、朝の散歩にいかない? 近くのあのコンビニまで。お菓子を一つだけ、買ってあげちゃう」
お母さんは昼前までに仕事にいけばいいから、朝早くなら時間もある。
登校時間になると、同級生たちと鉢合わせしてしまうけど、まだお日様が登るかどうかの頃なら、会わなくて済む。
二人の生活は豊かではなかったから、お菓子は特別な日のものだった。
「うん、行こう! 朝の散歩行きたい!」
男の子は久しぶりに弾んだ声で言った。
目覚ましをかけて起きて、まだ暗いうちに、そーっとアパートを出る。
そうして二人並んで、コンビニへの道を歩く。
「お菓子は一つだけだからね」
「わかってるよー」
一つだけと言われたら、選ぶのも慎重になる。
子供心に高いものは駄目だと思うから、駄菓子のコーナーを見る。
今日はラムネ菓子にしよう!と、選んで買ってもらう。
それから、二人で並んで、またアパートへの道を戻る。
その頃には、少しずつ日が昇ってきている。
「わぁ!」
思わず男の子は立ち止まる。
「おかあ!すごくキレイ!」
「わぁー!本当だねぇ。朝焼けっていうんだよ」
その日の淡い黄みがかったピンク色の空は、グラデーションが美しく眩しいほどで、でもとても柔らかな優しい色をしていた。
(空の画家は描きながら思う。『この黄みがかったピンクは男の子の頬の色だ。そうして、少し濃くなった部分は、お母さんのアカギレのある指先の』)
まるで、疲れた心を、そっと撫でてくれているように。
(一筆一筆、母と子の色を重ねていく)
二人は思わず顔を見合わせてニッコリする。
「オレ、朝の散歩、また行きたい」
「うん、また来よう!」
朝日が登ってきていた。
辺りが朝の光で明るくなっていく。
(『さぁ、仕上げの一筆を。輝く希望を込めた、この光の色を』)
明日も朝の散歩にこよう、と、お母さんは思った。
焦らずに少しずつ、この子に向き合って歩いていこう。
明るさを増していく朝焼けの空を見ながら、親子はアパートへの道を、また歩き出した。
その手はしっかりと繋がれていた。
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