あなたの空を描くから
つきの
第1話 空に住む画家
僕の仕事は絵を描くことだ。
キャンバスは、広く大きな空の全て。
カミサマに託された、この仕事を、いつから始めているのか、僕は覚えていない。
ただ、こうして絵筆を握って、ずっと空を彩ってきた。
僕はこの仕事が好きだ。
澄みきった青空は、あの子の目に映った喜びの色だし、雲だって白いだけじゃない。
柔らかな蜂蜜色を周りに含ませたら、もっとふんわりとするだろう。
あの黄金色を滲ませた夕焼けは、永の別れの近づいた母娘へ、ささやかな温もりを届けたくて描いたものだ。
世界には沢山の人がいて、そこにはそれぞれの生活があって、一人一人が他の誰とも違う人生をおくっている。
僕は、そんな無数の日々の一コマを彩りたくて空に絵を描いていく。
空を描きながら、その人達を想う。
空の絵の具箱には、沢山の色があるけれど、似ていてもまったく同じ色はない。
不思議に少しずつでも何処かが違っている。
喜びの涙と悲しみの涙の色は違う。
優しい雨と冷たい雨が違うように。
楽しさに溢れた笑顔と苦い微笑みは色も濃さも別のものだ。
同じ夕焼けでも、その色の深さも鮮やかさも無数にある。
時に燃えるように、時に温めるように。
さぁ、今日の始まりは誰の心の色で、この空を彩ろうかと、僕は考える。
ああ、そろそろ朝日が昇る頃だ。
今朝は薄曇りのようで、朝日は雲のカーテンの奥に密やかに隠れている。
このくすんだ曇り空の色は、あのひとの苦しい胸の内だろうかと、ふと考えたりする。
だけどそうならば、せめて少しでも、明るい朝焼けの希望の色を、あの雲のカーテンに忍ばせてあげたい。
そんなことを思いながら、僕は色を選んで丁寧に筆を動かしだす。心を込めて。
空はいつも流れていて、僕の描くその一枚の絵も、しばらくすれば、消えていってしまうものなのだけれど。
それでも此処から見える人々の想いを、大切な時を、空に、その人たちの心に、記憶に残すために、僕は描き続ける。
そう、僕はたった一人の空の画家だから。
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