第一章 ②

 ライオネルとミリーを見送り、夕食もすませた夜。

 シルフィアは母クレアに呼ばれ、彼女の部屋を訪れていた。

 シンプルながらに気品を感じさせる部屋だ。ほこれるほどゆうふくというわけではないが、それでもセンスの良さと行き届いた手入れが部屋の格調高さにはくしやをかけている。

「シルフィア、今日はこうしやく家のライオネル様がお友達を連れていらっしゃったわね」

「えぇ、いらしたわ」

「それで、どこまで進めたのかしら? しゆはどれほど?」

「……何の話?」

 クレアの言わんとしていることが分からず、シルフィアが眉間に皺を寄せてたずねて返した。

 進めるとは何の話か、いったい何の首尾の報告を求められているのか。

 わけが分からないと説明を求めれば、クレアの眉間にも皺が寄る。うるわしくすずやかな印象の彼女が険しい顔をするとはくりよくがあるが、むすめのシルフィアがいまさらそれにおくするわけがない。

 むしろ、なぜ実の母にこんな顔をされなければならないのかと疑問がつのる。それもまたシルフィアをげんな表情にさせ、見目麗しいおやがなんとも言いがたい表情でしばらく向かい合う。

 だがそんなちんもくを破ったのは、クレアの「まさか貴女あなた……」という声だった。

「まさかとは思うけれど、ライオネル様に何もしていないの?」

「何も? えぇ、だってライオネル様を打ちたおすには……なんでもないわ」

 言いけ、シルフィアがおっとと口元を押さえた。

 うっかりぶつそうなことを言い掛けてしまった。危なかったと自分で自分を律する。

 だがどういうわけか、クレアはシルフィアの言葉に「倒すべきよ!」と賛同してくるではないか。ぎょっとして彼女を見れば、やたらとかがやかしいひとみでこちらを見つめてくる。

「お母様、物騒なことを言わないで」

「私の娘ならそれぐらいして当然よ!」

「当然だなんて、相手は公爵家のライオネル様よ!?」

「えぇ、だからそれぐらいしないといけないのよ!」

 シルフィアとクレアが言い合う。

 だいに熱を持ち、そうして二人そろえたようにガタと立ち上がった。

「ライオネル様を打ち倒すには、まだ必殺技を会得してないわ!」

「ライオネル様を押し倒すぐらいしてこそ私の娘よ!」

 ほぼ同時に発せられた二人の言葉を最後に、室内がいつしゆんにして静まり返る。

 そうしてしばらくたがいに見つめ合った後、シルフィアがクレアの言ったことを理解しきようがくの声をあげた。

「押し倒す!? お母様、なんて事を言うの!」

「打ち倒すだの必殺技だの、貴女はせっかく私とエリオットの容姿を受けいだのに……」

 クレアがのうさえ感じさせる表情でかたすくめる。

 だがシルフィアにはそれを気にしているゆうなどあるわけがない。なにせクレアは「ライオネルを押し倒す」と言ったのだ。貴族の婦人らしからぬ言葉、それ以前に母が娘に言っていい言葉ではない。

 それをてきしようとするも、先にクレアが「いいこと」と厳しい口調で告げてきた。切れ長の瞳がするどく見つめてくる。

「私の娘なら、色仕掛けで公爵家の方を家に呼び、押し倒すぐらいのしようを見せなさい」

「それはもう甲斐性どころの話じゃないわ」

「まったく、昔から体をきたえてばかりで何を考えているのかと思ったら、何も考えてなかったなんて……。せっかく家にお招きしたのに、押し倒さないで何をするの」

つうにお茶をして話をしたのよ。それにうちに来たのはライオネル様だけじゃない、アドセン家のミリー様もいらっしゃったのよ」

「そうだったわ、ライバルも居たのね。ならライバルであるミリー様を打ち倒して、ライオネル様を押し倒しなさい」

「娘にそんなさんげきいないで!」

 シルフィアがクレアをとがめる。

 だが彼女は反省する様子もなければ、自身の考えをてつかいする様子もない。むしろシルフィアに対して「信じられない」と言いたげな視線を向けてくるほどだ。

 こんなじようきようでなければ、母親からの冷たいまなしにシルフィアも胸を痛めただろう。……いや、この状況もそれはそれで胸が痛むのだが。

「いいことシルフィア。我がマードレイ家はあまり裕福でもないし、社交界でも地位が低いの。貴女にりようえんをもってきてやることも出来ないわ。ない母を許してちょうだい」

「……お母様」

 さきほどまでの態度から一転し、切なげな溜息交じりにクレアが謝罪をする。

 彼女の言うとおり、マードレイ家は貴族ではあるもののしがない男爵家だ。社交界での立場も低く、あまり好条件の縁談は望めそうにない。

 それをびるクレアはずいぶんと弱々しく、見目の良さと合わさってはかなげにさえ見える。社交界に生きてきたからこそ、その仕組みと格差を理解し、そして娘に十分なせんたくをあげられないおのれやんでいるのだろう。

 母の複雑な胸の内をおもい、シルフィアがそっと手を伸ばした。テーブルの上に置かれたクレアの手をきゅっとつかむ。細くしなやかな女性らしい手だ。

「お母様、そんな事を言わないで」

「シルフィア、貴女には十分な縁談を用意してあげられないの。でも母は貴女の幸せをだれより願っているわ。だから貴女はそのぼうをふんだんに使って、ライバルをらしてい男を自力で落としなさい」

「後半は聞かなかったことにして良いかしら」

 にぎっていたクレアの手をパッと放す。一瞬にしてしらけてしまった。

 だがクレアは本気のようで、聞き流そうとするシルフィアにこんこんと説いてくる。それもライバルを蹴散らせだのねらった男を押し倒せだの、なんて物騒なのだろうか。

 もっともシルフィアとて物騒さでは負けないのだが、それはそれこれはこれ。こぶしわし己の強さで戦おうとしていたシルフィアの物騒さと、ライバルを蹴散らし男をたぶらかしてものにしようとする母の物騒さをひとくくりにはしたくない。

 あきれをかくすことなくうんざりとしつつ、シルフィアはふとクレアへと視線をやった。

 二児の母とは思えぬ美貌。つやのあるくろかみに、ようえんりよくの顔つき。ほっそりとした体はシンプルなワンピースがよくえる。同年代の女性達の中では彼女がきんでて美しいだろう。

『私の娘なら美貌で良い男を落とせ』というのもなつとく出来る。──同意はしかねるが──

 だけど……。

「それならお母様はどうなのかしら」

 シルフィアが指摘すれば、クレアが意外なところをかれたと言いたげに「私?」と返した。

 マードレイ家は男爵家である。よく言って下の上、実際には下の中といったところだろう。

 クレアも同等の生まれで、彼女とエリオットのけつこんは爵位を考えると『下流貴族のよくある結婚』にすぎない。

 娘としてそれを否定するつもりはないが、さりとて「自分を見習え」と上から目線で言われるのも不服である。クレアの口調は、まるで男爵家のれいじようでありながら公爵家子息を落としたかのようなものなのだ。

 それを指摘すれば、クレアは過去を思い出しているのか「そうねぇ」と少し間延びした声でつぶやいた。シルフィアの言わんとしていることを察したのだろう。

 だが次の瞬間、まるで勝ち誇るようなみをかべた。

「確かにエリオットは男爵家の子息でしかなかったわ。だけど当時の社交界で、エリオットほど令嬢達の視線を集める男はいなかったのよ」

「お父様が?」

 どうして、とシルフィアが首をかしげた。

 のうに父エリオットの姿が浮かぶ。おだやかに本を読み、きゆうに指示を出し、そして時にルーファスに力比べをいどんで負ける。シルフィアからしてみればごくへいぼんな父親だ。やさしくて少し情けなくて、それでいてたよれる存在。

 だが一点、平凡とは言い難いしよがある。

「……顔なの?」

「えぇ、顔よ。エリオットは当時からとにかく顔が良かったのよ。あの顔の良さの前には爵位なんてあってないようなもの」

 断言するクレアの言葉に、シルフィアはわずかに考え込んだのち、納得したとうなずいた。

 実の父を「顔が良い」と評価するのもおかしな話だが、そのおかしさすらもかすむほどエリオットは顔が良いのだ。

 いつまでも若々しく老いをいつさい感じさせない。本当に、一切、みじんも感じさせない。むしろ人が感知できるほどの老いが彼にあるのかどうか。

 クレアを『二児の母とは思えない見た目』とするのなら、エリオットはもはや『老いているのかさだかではない見た目』である。前者はあくまで美貌のはんちゆうで、後者はもはや不思議の領域と言える。

「お父様、いまだに二十代にちがえられるものね。むしろ、お父様のじつねんれいを説明して一度で信じた人を見たことがないわ」

「エリオットはあの顔の良さと若々しさで、社交界では『毎夜処女の生き血をんでいる』とまで言われているのよ」

「毎晩ホットミルクを飲んでるのに」

 父が社交界で人外あつかいされていることに、シルフィアの胸に切なさがよぎる。

 だがそれほどまでにエリオットは若々しく顔が良いのだ。

 そんな彼が実際に若かったころ、世の令嬢達はのきとりこになり、マードレイ家にはこんやくの申し出がさつとうし、社交界中がれ動いていたという。地位の高い者は権力を使い、それにおよばぬ者達はおのおのの強みでエリオットにせまる。男達は総じて白旗をげ、中にはエリオットを狙う子息も少なくなかったというではないか。

「エリオットを取り合って、あやうく国がほうかいするところだったわ」

「まさか実の父がけいこくの美青年だったなんて。そんな中で、お母様はお父様をつかまえたのね」

 なるほどとシルフィアが頷く。

 確かにそれほどの争いの末に結婚までこぎ着けたとなれば、むすめに強く言うのも納得である。もちろん同意はしかねるが。

「だからシルフィア、母は貴女あなたに強くたくましく育ってほしいの。貴女に必要なのは物理的な強さや逞しさじゃない、令嬢としての逞しさよ」

「令嬢としての逞しさ?」

「そう。エリオットを落とした時の私のような、令嬢としての強さ。すなわち『令嬢力』よ!」

「令嬢力!」

 聞いたことのない単語に、シルフィアが声をあげる。

 クレアいわく、令嬢力とは学力やマナーとはまた違った『年頃の令嬢』としての強さだという。

 つつましさやじらい、じゆんすいさ、若さ、あどけなさ、あいきよう。それらをしみなくかつ自然にまとい、愛される力。

 これを身につけねば社交界を生き抜けない。そう断言され、シルフィアは思わず自分の手のひらに視線を落とした。

 自分に令嬢力はあるだろうか……。

 学力やマナーはかんぺきだ。パーティーの際には誰もがたたえる所作をろうできる。

 いずれこうしやく家の爵位をうばい取り君臨するためにと、肉体と同時に中身も鍛え上げてきた。

 ……だがそこに、『年頃の令嬢らしさ』はない。

 とりわけあどけなさや愛嬌とはえんだ。愛されるどころか友人すら一人も居ない。学園では誰しも遠巻きに見てくるだけで、それを改善しようともしてこなかった。

 令嬢力はかいだ。

 自覚すれば、察したのかクレアが厳しい口調でシルフィアを呼んだ。

「シルフィア、母は貴女の幸せのため、これからこくな試練をあたえます。ですがきっと、この試練を乗りえてくれると信じているわ……」

 ハンカチで目元をぬぐい、クレアがおおなげく。ちなみにこのハンカチが全くれておらず、うそきなのは言うまでもない。もちろんシルフィアはだまされることなく「白々しい」と小さく呟いておいた。

 次いでクレアは机へと向かうと、そこから一通のふうとうを持ってきた。みようごうな封筒だが、それを見ているとシルフィアの胸に妙なざわめきが起こる。

 思わずげんこわいろで「お母様、それは?」とたずねれば、クレアはいまだ目元を拭いながら、そっとシルフィアへと封筒を差し出してきた。

「貴女に縁談の申し込みよ」

「私に? いったい誰から……」

「バトソン家のドム様からよ。年上のてきな方だわ」

 泣き真似まねいつしゆんめ、クレアが上品に笑う。

 その名を聞き、シルフィアはぎょっとしてあわてて手紙をかいふうした。中に目を通し、思わず顔を青ざめさせてしまう。

 質の良い便びんせんにしたためられているのは、婚約の申し込み。もっとも、申し込みと言ってもかたくるしいものではなく、それとなくほのめかす程度だ。

 差出人は……。

 今年六十歳になる、バトソン家のドム。

「お父様やお母様よりも年上じゃない!」

「ドム様ってば気持ちはお若いのねぇ」

 じようげんでクレアが笑う。対してシルフィアはじようだんじゃないと手元の便箋をにらみ付けた。

 ドム・バトソンははくしやく家の男だ。

 変わり者の自由人と有名で、一度興味をいだくと世界中どこにだって行ってしまう。彼の親族が困り果て、今回はどこの国から手紙がきた、いまはどこにいる……とっているのは社交界では見慣れた光景である。

 シルフィアも実際に彼を見かけたことは数えるほどしかなく、それも遠目にながめる程度だ。

 クレア曰く、最近ドムは結婚に興味を持ち、相手を探しているという。数打てば当たると手紙を出しているらしく、それがマードレイ家に届き、今はシルフィアの手元にある。

 クレアから話を聞き、シルフィアは改めて「絶対にいや」と断言した。

 ドムの人間性を否定する気はない。こうしんで世界を回る彼の生き方は立派だと思う。時間があれば話を聞いてみたいとも思っていた。きっと世界中の色々な話を教えてくれるだろう。

 だが結婚となれば話は別だ。そもそもねんれいの差がありすぎる。

「なんと言われようと、私はドム様とは結婚しないわ」

「ならば、令嬢力をきたえ、母をなつとくさせてみなさい!」

 クレアが声高に断言する。

 これにはシルフィアも彼女を睨み付けるしかない。

 母の性格は嫌と言うほどわかっている。一度決めたらがんとしてゆずらない人だ。

「わかったわ。令嬢力を鍛え上げ、お母様を打ちたおしてみせるわ!」

 こぶしにぎり、シルフィアが宣言した。




 高らかな宣言と共に部屋を出ていくシルフィアを見送り、一人部屋に残されたクレアは座り直して冷めた紅茶に口をつけた。

 それとほぼ同時にノックの音が室内にひびき、顔をのぞかせたのはエリオットだ。相変わらず顔が良い。

「クレアさん、なにかあったの? さっきシルフィアが険しい顔で通路を歩いていったけど」

「ドム様から返事がきたから、あの計画を始動させたのよ」

「あ、あの計画を……!」

 エリオットがクレアの話におののく。

 次いでシルフィアのいかりはそのせいかとうなずいた。だれだって親より年上の男と婚約させられかければおこるというもの。

 だがこれもシルフィアの将来のためだ。非道と言うなかれ。……そもそも。

「ドム様はよくこんな話にのってくれたね」

「婚約を迫るそれらしい手紙と、それとは別に大いに楽しんでいる手紙が届いたわ」

 かたすくめつつクレアが一通の手紙を差し出す。

 バトソン家からのものだ。一見するとシルフィアが持っていったものと同じに見えるだろう。

 だが書かれている内容はまったく別物。あちらには結婚の申し出が書かれており、そして今クレアが手にしている一通には……、

 この『計画』に喜んで一役買うという、なんとも楽しげな文章がつづられている。

 ……そう、すべてはクレアが計画したことである。茶番とも言えるだろう。

「シルフィアってば、私が本当にドム様と婚約させると思っているのかしら」

つうに考えれば有り得ないけど、あの子は少し思い込みが激しいところがあるからね」

「娘にとって、私は非道な母なのね……」

 悲しい、とクレアがハンカチで目元を拭う。相変わらずかわいたハンカチだ。

 本人は『むすめかんちがいされるあわれな母』のつもりなのだろうが、こんな白々しい演技に騙される者はいない。

「クレアさん、泣かないで! シルフィアも全てを知ったらクレアさんのやさしさに気付いてくれるはずだから!」

 と、妻をなぐさめるエリオット以外は。

「ありがとうエリオット、優しいのね」

「もちろんだよ。クレアさん、明日あしたも早いしもう休んだ方がいい」

「えぇ、そうね。る前のホットミルクを用意させなくちゃ」

 夫に慰められ傷心の妻もいやされた……という体でクレアが立ち上がる。

 そうしてちゆうぼうに行こうと部屋を出れば、となりに並ぶエリオットが、「そういえば」と口を開いた。

「社交界には、ごと女性の生き血を飲む化け物がいるらしいよ」

 彼の口調はうわさばなしをする程度にすぎない。おまけに「こわいね」とまったくの他人ひとごとである。

 それに対し、クレアはおだやかに微笑ほほえんで「そうね」とだけ返した。


 エリオット・マードレイはとにかく顔が良いがどんかんすぎる。

 そしてそれは、娘のシルフィアにしっかりと受けがれているのだ。


「あの子もちょっと周囲を見れば自分がモテていることに気づくのに。……それとも、シルフィアに誰も近付かないようにしている人がいるのかしら」

 昔の私みたいに、と小さくつぶやきつつ、クレアはパタンととびらを閉めた。




 母の部屋を飛び出し自室にもどったシルフィアは、れいじよう力を高めるためにとうを燃やしていた。

 ……ダンベルを両手に持ちながら。

「いやっ、やめてっ!!」

 思わず悲鳴をあげ、ダンベルをベッドにほうり投げる。ボスンボスンと音がして、やわらかなベッドにダンベルが重々しくしずみこむ。

 その音に、そしてまたも無意識に鍛えていたという事実に、シルフィアがふるえながらおのれの体をきしめた。ぎゅっと強く抱きしめておかないと、今すぐにでも鍛えだしてしまいそうなのだ。せいぎよできない自分がおそろしくなってくる。

 だが震えていても問題が解決するわけではない。

 そう己に言い聞かせ、とんまるダンベルへと恐る恐る近付いた。持たないように、鍛えないように……とそっと手をばし、指先でツンとっつく。

「令嬢力をきたえるのに、あなたは必要ないの。今までありがとう、私のパートナー……」

 しむようにダンベルをでる。

 そうしてせいだいためいきくのは、自分の置かれているじようきようを改めて考えたからだ。

 日々を己を鍛えることについやしていたため、令嬢らしさは欠片かけらもない。それどころか気をくとつい鍛えてしまう。

 だというのに、この世界はこいと友情の乙女おとめゲームで、さらには令嬢力を鍛えないとドム・バトソンとこんやく……。

 ぜん多難どころではない。一寸先はやみ

 しかもその闇には実の母が加担しているというのだから泣けてくる。

「なんとかしなくちゃ。それにミリー様のダイエットの件もある。……そうだわ!」

 名案がかび、シルフィアが拳を強く握った。

 ……次いで己の拳を「そういうところ!」としつしながらたたく。何かあったらとつに拳を握ってしまう、そういうところが令嬢力からかけはなれた要因なのだ。

 そう己に言い聞かせ、拳を握りそうになるのをおさえつつ鏡に映った自分を見つめる。

 鍛え上げはしたものの、シルエットは細くしなやか。日中に会ったミリー・アドセンとは真逆といえるだろう。

 だが真逆なのは体形だけではない。

 ミリーは確かによこはばがあった。太ましく、ふっくらもっちりとしている。

 そんな彼女の所作は一つ一つがつつましさを感じさせ、微笑めば見た目の柔らかさと合わさってあいきようがあった。まとうものもとしごろの令嬢らしく、可愛かわいらしいワンピースに、かみは編み込み洒落しやれたリボンをかざっていた。

 ミリーは体形こそゲームのヒロインからかけ離れてしまったが、中身は変わらない。

 小動物のような可愛さをもつ、誰からも愛されるミリー・アドセンなのだ。

 それこそまさにシルフィアが求めている令嬢力ではないか。

「ミリー様のダイエットに協力して、同時に令嬢力を鍛えていただけばいいのよ」

 名案だとシルフィアの声がはずむ。

「これぞ一石二鳥。いえ、石なんか投じないわ、いちげき二鳥よ!」

 高ぶる気持ちを抑えきれず、強く握った拳を高らかにかかげた。

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かんちがい令嬢は転生先を間違える さき/角川ビーンズ文庫 @beans

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