裏取り
それから数日をかけて刑事達は重要参考人のアリバイを洗っていった。
大学から教授の住居.......つまり殺害現場までは徒歩15分程度、車であれば5分程度。
しかし、車で移動すれば必ず防犯カメラに映るので、映らない様に移動するなら学内の防犯カメラを避けて徒歩で移動するしかない。
演劇部の今井翼と高橋優子は証言の通り事件当日は演劇の練習であったが、昼の12時から夜の10時までという長丁場だったので、明確に誰がいて誰が居なかったかを記憶している者は居なかった。
強いてあげるなら中心的な立ち位置にいる今井翼が居なければ誰かが気がついた筈だということくらいである。
高橋優子は美人ではあるものの自分からアピールする性格ではなく、演劇部の中でも目立たないタイプなので居たかどうかで言うと「居たような気がする」程度だった。
しかし、夜の9時から10時までは最後の通し稽古ということで、最初に点呼もするし、流石に30分以上居ないと気がつくとの事だった。
鈴木園子と森井蘭はサイコーカラオケに夜9時に入ってるのを店員が証言してくれている。
更にカラオケ店の防犯カメラには2人が入っていくところも映っていて出てきたのは11時頃だ。
ただし、このカラオケ店と殺害現場までは徒歩5分の立地にあって、最も近い場所に居たことにはなる。
もしも、防犯カメラをなんとか出来れば犯行は可能なのだろうか?
最も疑わしい今市教授は中岡の証言がある。
まぁ、なんらかの弱みを中岡が握られていたとしたら嘘の証言をしたと考えられなくもない。
教授がサイコパスであるとした場合人心掌握も出来そうだ。
一方アリバイを黙秘した風祭大悟はもちろん裏の取りようがなく、その後どこで何をしているのかもわからずじまいだった。
ただ、七夕祭りに行っていた件は屋台のアルバイトなど複数人から証言が取れた。
水色に清流をイメージしたと思われる青い柄と赤い金魚をあしらった浴衣姿の森井蘭とお洒落なのかどうか不明な白地に大きくエリック・クラプトンの白黒の顔がデカデカとはいったダブダブのトレーナーを着たボサボサの髪の男.......つまり大悟との異色のカップルは記憶に残りやすかったのかもしれない。
しかし、9時以降のアリバイについては依然不明.......というか本人が黙秘している以上どうしようもない。
──有力候補は3人。
今市教授と今井翼と風祭大悟。
途中で離席した大悟はわからないが残りの2人はサイコパスの可能性が高い。
「なんや、例のお嬢ちゃんの入れ知恵でも、まだ3人にしか絞られへんのか?」
刑事のメモ帳を横から器用に覗いていた先輩刑事の岩井がチャチャを入れた。
「入れ知恵とは人聞きが悪いですね。あくまで参考までにしているだけです」
「ほんまか?」
そういうと、岩井は近くの自販機で買ってきた缶コーヒーの1本を刑事の目の前に出してニッと笑った。
「ほんまです」
池照刑事は負けじと慣れない関西弁を使うとコーヒーを受け取った。
「せやけど、なんやかんやで黙秘しとる学生が一番怪しいんちゃうの?」
と岩井はプルタブを起こしながらメモの一番下に書いてある風祭大悟の文字を睨んだ。
「.......まぁ、普通に考えればそうですね」
「普通じゃあかんの?」
「彼が犯人だとすると色々とおかしな事があるんです」
「どんな?」
「まず彼が犯人ならなぜ捜査が進展する様な助言をするのか?」
「犯人ではないと思わせる為やないか?」
「はい、普通に考えるとそうですよね?......だとすると、一転して黙秘するのはおかしくないですか?」
「そりゃあ.......あれや」
「なんです?」
「1度は犯人から逃れるために協力するフリをしたけど、やっぱり核心に迫られたのでやめた、とか?」
「だったらそれなりに言い逃れできそうなアリバイをでっちあげるでしょう?」
「そりゃ、下手にアリバイなんか作って後で嘘がバレたら追い詰められるからやないか?」
「.......なるほど、確かに普通の犯人ならそうするかも」
「普通じゃないんか?」
「ええ.......かなり」
「どないな風に?」
「もし彼が犯人なら.......」
「犯人ならなんや?」
「絶対に見破られないアリバイを予め用意して置くと思うんですよね」
刑事が神妙な顔でそういうと岩井は驚いたという顔をした後わざとらしいため息を吐いた。
「お前なぁ、冗談でも本職の刑事が絶対に見破られないアリバイなんて言うもんやないで」
「.......たしかに、そうでした、すみません」
素直に謝る後輩を見て岩井はニヤリとした。
「ほんまやで.......ワシらに無理でも、例の嬢ちゃんに頼むっちゅう奥の手がある!」
ズこっ!
そういう擬音と共に新喜劇の様に派手にコケたくなる自分を何とか抑える池照はガハハと笑いながら肩をバンバンと叩く先輩刑事を横目で睨んだ。
「.......昔は警察の沽券に関わるとか言っていた様な.......」
「ん?なんか言うた?」
「いえ、なにも」
「せやなぁ.......毎回頼むのもなんか悪いよってに、ちょっとは頑張ろか?」
「何をですか?」
「色々とや!とりあえず今まで分かってる事をおさらいしよか?」
「え?ええまぁ、良いですよ」
いきなりやる気を出した先輩刑事に訝しげな視線を送りながらも池照はメモ帳を捲った。
「事件は7月7日の七夕祭りの日にさいこ大学の
「ふむ」
「被害者の北条みなみさんは二十三歳で近くの会社のOL.......と言っても製薬会社の研究員だったらしいので、どちらかというと学者に近いかもしれません、職種的に」
「へぇー、なんか特殊な薬品でも作れるの?」
「それはわかりませんけど.......なぜです?」
「いや、もしかすると体が小さくなる薬とか作れない?」
「……作れたとしても今回の事件では役に立ちそうにないですけどね」
「……いや、本気で返さなくてもええで」
「……えーと、死因は背後から鋭い刃物のような物で心臓を1突きされた事による失血性ショック死で死亡推定時刻は午後8時から10時までとされ、何故か全裸の仰向けの状態で衣服を死後に遺体の上で燃やされていた事から猟奇的な殺人事件と思われます」
「なんで猟奇的なん?」
「猟奇的に見えませんか?」
「突然寒くなって暖を取るために服を燃やしたとしたら?」
「もしも突然寒くなって暖を取るために服を燃やしたとしても十分猟奇的ですよ」
「……さよか、見解の相違やな」
若い刑事はこの先輩も今度サイコパス診断したほうがよいのではと訝しげな目をむけながら続けた。
「最重要容疑者はもちろん今市教授です。最初に被害者の事を知らないと言ってみたり、被害者と実は親密な関係だった事をバレない様に指紋認証の登録を削除していたりと怪しさ満載です」
「指紋認証削除って、業者に頼んで復元とかできないんか?」
「.......いえ、そこまでは無理でした。しかし確かに7月8日の昼頃に1件削除されてると」
「なるほどねぇ、確かに大悟とやらの言ったとおりやったわけか」
「ええまぁ」
「その教授の7月7日のスケジュールとかは?」
「えーと、午前午後と何個か授業しただけで事件のあった時刻は大学の研究室に1人で篭ってたとのことでアリバイは.......」
「中岡という学生の証言のみやな」
「はい」
「中岡に揺さぶりかけよか?」
「それが.......」
「なんや?」
「中岡の父親が地元の政治家で母親が弁護士で取り扱い要注意と言うことです」
「なんやそれ?ビビっとんの?」
「いえ.......先輩がいけと言うのであれば」
「.......ま、そないに急がんでも良いやろ」
突然トーンダウンした岩井を見る池照の目は細かった。
「ゲフン.......ま、あれや.......とりあえず関係者の住んでるとことか一日の動向とかわかっとるんか?」
「一日のですか?」
「せや!事件は色々と多角的にみなあかんよってにな!」
「はぁ、まぁ」
突然大声でそう言った岩井を見る池照の目はやはり細かった。
「関係者の住んでる所は中岡良二、森井蘭、鈴原園子はそれぞれ隣町の平和町の実家に住んでいるので大学へは電車で通っています。今井翼、高橋優子は学生寮、風祭大悟は大学の近くのマンションを借りてます」
「大学生の癖にマンション住まいかい!.......まぁええわ、ほいで?」
「中岡良二は7月7日は授業もなく教授に論文を見てもらう為に家を出て電車に乗ったのが夜七時頃で、駅の防犯カメラに映ってます帰宅が門限の12時」
「門限があるん?男なのに?」
「ええ.......まぁ、家が厳しいらしいです」
「まぁ、ええわ次は?」
「森井蘭さんは事件当日は七夕祭りに行く為の浴衣を選ぶ為に平和町の大手スーパーに友人の鈴原園子さんと昼頃に合流していてこれも裏がとれてます。その後、3時頃に電車で七夕祭りのある西湖町に向かう電車に乗ってます。風祭大悟と一緒に居るところが目撃されているのは夜の6時半から8時半の間ですね」
「ふむ、それまではどこに?」
「お祭りをブラブラしていたそうです」
「ブラブラねぇ、あんな美人さんを1人でブラブラさせるなんてひどい男やなぁ」
「まぁ.......そうですね」
「ほいで?鈴原園子ちゃんは?」
「えーと、園子さんは3時頃から蘭さんと別れた後1人で平和町の大手スーパーでブラブラと洋服などを物色していたそうです」
「これまた1人で?」
「えーと、そうですね。あ、あと偶然かもしれませんけど、同じ店に北条みなみも服を選んでます。同じ時間に」
「えええ!ほんまに?」
「ええ、ほんまに.......」
「あやしない?」
「わかりませんね、そういう事もあるのかなと.......その後、鈴原園子さんは午後5時に電車で西湖町に向かってます七夕祭りに行ったそうですが森井蘭さんとは携帯でやり取りしただけで、カラオケ店で合流するまで1人だったらしいです」
「ほいで?被害者の方は?」
「北条みなみさんは7月7日は会社に有給を取ってます。朝はわかりませんでしたが昼頃に演劇部の練習を見学して何人かと接触してます」
「えええ!怪しくない?」
「え?ええまぁ、誰がです?」
「せやから、演劇部の2人!」
「まぁ、怪しいと言われれば怪しいですけど、今井翼は北条みなみの日記の中に出てくるイニシャルあいIに特徴が似てますし、あと駄洒落が.......」
「駄洒落?」
「いえ、なんでも。あ、それにサイコパス診断でかなり怪しいですし、高橋優子さんは逆にオドオドしすぎと言うか.......何かを隠してる」
「そうなんか?」
「いや、普段から常にオドオドしてる気もするのでなんとも」
「頼りにならんやっちゃなぁ、ほいで?」
「えーと、その後、車で平和町の大手スーパーに向かってる姿が学内の防犯カメラに写ってるんですが.......」
「ですがなんや?」
「誰かが横に乗ってるんですが、未だに特定は出来てません」
「そいつが犯人やろ?教授なん?」
「教授ではありません、時間的に」
「じゃあ誰なん?」
「関係者の中では.......可能なのは大悟くんかな、なんとなくチラリと映った服装がそうだったし」
「じゃあ大悟やん」
「ま、まだ裏が取れてませんよ」
「なんやーはよとりーや」
「そんな事言われても」
プルるるる!
いきなり、池照の携帯が鳴った。
──なんとなく嫌な予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます