最終話 銀河を目指して、翔けよノヴァルダー


 ――地球付近の宙域に展開された、世界防衛軍主力艦隊。

 その旗艦の内部に設けられている格納庫で、1人の美女が高らかに訓示を述べていた。


 ツーサイドアップに纏められた、艶やかなブロンドの長髪。透き通るような純白の柔肌、芸術品の如し目鼻立ち。サファイアにも勝る煌めきを放つ、蒼い瞳。そして170cmという長身と、軍服を内側から押し上げるIカップの絶対的プロポーション。

 「駆動戦隊スティールフォース」の隊長として積み上げて来た実績と、その類稀な美貌も相まって――「地窮貫輝パイルノキオT」のパイロットを務めるゾーニャ・ガリアード大尉は、男性が大半を占める人型ロボット部隊の中において、絶大な人気を集めていた。


 21歳という若さに反した、毅然とした佇まいでパイロット達の前に立つ彼女の後ろには、エースとして名を馳せるスティールフォースの隊員達が控えており。彼らもこの場においては、大きな存在感を放っている。


 「ダイアンカーG」のパイロット、海神渡わだつみわたる

 「グランガード」のパイロット、敷島歩しきしまあゆむ

 「サムライバーゼロ」のパイロット、高天原卓たかまがはらすぐる

 そして、防衛軍制式宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロット――明星戟みょうじょうげき


 防衛軍の希望にして、象徴。それほどの重責を担う彼らの中においても、隊長であるゾーニャは一際「特別」であった。それはスティールフォースの隊員達をはじめ、全てのパイロットが認めている。


「いやぁ、さすがはガリアード中将の御息女でありますな。あの気高さ、美しさ、勇ましさ。兵達も彼女のためとあらば、喜んで命を懸けることでしょう」

「あまり甘やかさないことだ。あれはああ見えて未熟で、繊細な娘だからな」

「ははは、何を仰るのです。誰の目にも明らかな、ガリアード家次期当主に相応しい女傑ではありませんか」


 そんな彼女の姿を上階から見下ろす、2人の高官。防衛軍宇宙艦隊の総指揮権を託されたヴォルフラム・ガリアード中将とその副官は、ゾーニャを筆頭とするパイロット達の視察に訪れていた。

 年甲斐もなくゾーニャの美貌に見惚れる副官を尻目に、ヴォルフラムは冷徹な佇まいを崩すことなく、後ろに手を組んだまま歩き続けている。


「そういえば、ゾーニャ大尉には軍の内外を問わず多くの縁談が寄せられているとか。如何でしょう、そろそろ身を固められても宜しいのでは?」

「准将、まだ戦争は終わっていないのだぞ。……それに、あれは困ったことに気位だけは無駄に高くてな。シュナイダー中将の御子息辺りでなければ、到底あれは落とせまい」

「は……? ま、またまたご冗談を。あのシュナイダー中将に御子息がいらっしゃるなど、聞いたことがありませんぞ。彼は生涯、独身だったはずでは……」

「……例え話だ、本気にするな。それくらい高貴な血統でなければ、あれは相手にせん……それだけのことだ」


 パイロット達の気を散らさないよう手短に視察を切り上げ、ヴォルフラムは格納庫から立ち去って行く。そんな司令官の背を追い、副官は困惑した様子で歩みを早めていた。

 付き合いの長い彼でさえ、ヴォルフラムの「冗談」など聞いたことがないのだから。


(……この戦争が終われば、あとはお前の自由だ。いくらでも、女としての幸せを望めばいい。だが今はその時ではない。分かるな、ゾーニャ)


 それが「冗談」ではないことは、まだ公にされるべきではない。せめてその是非だけは、当人達に任せたい。

 娘の想いを知るヴォルフラムに出来る、父としての心遣いは。その程度が、関の山であった。


 ◇


 一方。宙域を航行する艦隊を一望できる、ガラス張りの通路でも――2人の将校が肩を並べていた。


『みんなぁー! いつも地球の平和を守ってくれて、本当にありがとうっ! そんなみんなのために、今日は特別にもう一曲行っちゃいまーすっ!』


 彼らの前では、防衛軍のイメージキャラクターとして、歌と踊りを日々披露しているアイドル声優・装光よそおいひかり立体映像ホログラムライブが流されている。

 防衛軍のマスコットロボ「まもりちゃん」に搭乗することもある彼女の可憐な歌声は、ロガ星軍との戦いに日々命を懸けている兵士達にとって、かけがえのない癒しとなっていた。


 その立体映像と宇宙戦艦の大群を見つめる、唯川晴翔ゆいかわはると大佐。その隣に立つ舞島まいしま中佐は、判決を待つ囚人のような表情を浮かべている。


の超大型兵器……『ノヴァルダーZゼノン』の件での失態、責任は全て私にあります。部下達も力は尽くしたのですが……」

「あの巨人から得たデータを見る限り、誰であろうと結果は変わらなかっただろう。スティールフォースを擁する、日向ひゅうが艦隊が居たとしてもな。ジャイガリンGと不吹竜史郎……そして『彼ら』でなければ、『Z』は止めらなかった。それが全てだ」


 あの戦いの後。例の孤島を中心とする爆音や轟音、地鳴りなどの全てが、ロガ星軍の地球降下に備えての「演習」であると公表された。実際に地球を侵略されていながら、防衛軍はあくまで訓練の一環だと言い切ったのだ。

 真実の中に嘘を混ぜることが、他者を欺く秘訣なのである。それは「地球人類」という途方もなく広大な枠組みに対しても、例外ではない。


「『彼ら』……ですか。確かに、そう形容する他ありませんが……『九頭竜将くずりゅうしょう』の時といい、彼らは一体何者だったのでしょう。我が軍のデータベースに存在しない識別不明機アンノウンが、あれほど……」

「地球の平和を守るため、我らの前に現れた正義のスーパーロボット。……今はそれで良い」

「大佐……」


 1年前、グロスロウ九頭竜将くずりゅうしょうとの戦いに介入してきた謎のロボット軍団。

 そして今回、「Z」を巡る戦場に現れたオルディウス、ゴッドジャスティス、ゴッドグレイツ、清姫プルガレギナ弐号機、ナイトキャリバーン、ガイファルド・セイバー、Vリーナ、ロボットマン、八郎丸、ミヤギレイバー、グランパラディン、ウォリアー。


 彼らという識別不明機アンノウンの実態は、未だに解明されていないが。ロガ星軍との戦いが続いている以上、今は彼らの「行動」から判断し、味方であることを信じるしかない――それが、唯川大佐の見解であった。


「いつか、『彼ら』に頼らずともこの星を守れるようにならねばならん。例の『ヒュウガ駆動小隊くどうしょうたい』も、まだ完成していないことだしな。……そのためにも君には、今後もしっかりと働いて貰う。退役、などという生易しい余生は期待するなよ」

「……もとより、そのつもりであります。このまま引き下がっては、地球で帰りを待つ家族にも合わせる顔がありません」

「ほう。ならば、その上で合わせる・・・・ことを本件の『禊』としよう」

「禊……ですと?」


 発言の真意を測りかねる舞島中佐が、眉を潜めた瞬間。唯川大佐は彼の肩を軽く叩くと、踵を返してこの場を後にする。


「舞島中佐。君は『Z』の大気圏突破を許し、地球を危険に晒した。……よって当面の間は艦長の任を解き、地球での謹慎・・・・・・を命ずる。まずは、心配を掛けた家族に詫びることだ」

「……!」

「ガリアード中将には、私から話しておく。……いつ、誰が斃れてもおかしくはない時代だ。家族と過ごせる日々の全てを、大切にしたまえ」


 そして。去る間際に明かされたその「真意」に、舞島中佐は肩を震わせ――独り静かに、一礼するのだった。


「……ありがとう、ございます」


 ◇


 暖かな季節に差し掛かり、長期休暇を満喫する人々で溢れ返った快晴の日。眩い日差しに照らされた日本武道館は、大勢の来客が織り成す長蛇の列に囲まれている。

 激戦が続く宇宙とは裏腹に、この地球は今日も平和そのものであった。


「そっかぁ……幸太君のお父さん、久々に帰って来られたんだ。じゃあ、少しの間は家庭教師もお休み?」

「うん、せっかく家族水入らずの時間だしね。テニサーの会費もあるし、当分はもやし生活かなぁ」

「不吹殿……そのような食生活では、健康に障りますよ。もう大学生なのですから、しっかりなさってください」

「は、はーい……」


 その大行列に並ぶ、2人の美女に挟まれながら。「Z」との戦いを終えた後、傷を癒して平和な日常に帰って来た不吹竜史郎は、頭を掻いて苦笑を浮かべている。


 そんな彼の右隣を歩む、艶やかな黒髪の美女――唯川綾奈ゆいかわあやなは、誰もが振り向くHカップの巨峰を揺らし、想い人との談笑を堪能していた。心地よい風に揺らぐボブヘアーの髪が、その美貌にさらなる彩りを添えている。

 華の女子大生、という言葉をこれ以上ないほどに体現しているその佇まいは、屈強な防衛軍将校の娘とは思えないほどに優雅であった。


 一方、竜史郎の左隣に控えているツインテールの美少女――鷺坂千種さぎさかちぐさは、ジトッと目を細めて彼の私生活に苦言を呈していた。絹のような黒髪を靡かせ、低身長に反したEカップのたわわな果実を弾ませる彼女は、綾奈の専属侍女メイドとして今日の「イベント」に同行している。

 16歳の女子高生、という肩書きにそぐわないクールな立ち振舞いは、幼い頃から培って来た侍女としての「年季」を感じさせていた。


 彼らは今回、アイドルファンである綾奈に付き合う形で――国民的アイドルグループ「ULT78」の武道館ライブに訪れている。彼女の「推し」にして、同グループのセンターを務めるトップアイドル・天城杏奈てんじょうあんなのパフォーマンスを観るために。

 まず綾奈が竜史郎を誘い、そこへ彼らを2人きりにさせまいと千種が加わる。そんな成り行きで結局、3人で行動することに……というのが、彼らの「日常」なのだ。今回もそのパターン、ということなのである。


 綾奈の父にして、千種の主人でもある唯川晴翔大佐は未だに、地球に帰ることなく戦い続けている。

 日々愛する父の無事を祈り、姫巫女として祈りを捧げている彼女にとって、今日のライブは貴重な「癒し」でもあるのだ。


「……じゃあ、その……また肉じゃがとか、作りに行ってあげようか? 空手部の練習、終わってからになるけど」

「聞き捨てなりませんね、お嬢様。侍女メイドの私を差し置いて手料理など……ここは私にお任せください」

「わ、私だってもう21だし、いつまでも千種ちぐさにばっかり任せっきりってわけにはいかないよ! こういう時くらい私にも……!」

「なりません。お嬢様が不吹殿のお世話を望まれるのであれば、その実行は侍女たる私の務め。それが旦那様に課せられた、私の使命です」

「あ、あの、ちょっと2人とも落ち着いて。ここで騒ぐと周りに迷惑だし」

「不吹君は黙ってて!」

「不吹殿はお黙りください!」

「えぇ……」


 密かに同じ男を想う「恋敵」であり、かけがえのない「家族」でもある2人は。鞘当ての中心に居るはずの竜史郎すら除け者にして、いつも・・・の口論に明け暮れていた。

 自分達の美貌とスタイルに好奇の視線を向ける周囲など、意に介さず。


 仲が良いんだか、悪いんだか。そんな感想しか出て来ない彼女達の小競り合いを前に、なんとも言えない表情で頬を掻く竜史郎は――ふと。


「……!」

「不吹殿?」


 何かに気付き、足を止める。その異変に気付いた千種が口論を中断して声を掛けるが、彼は反応出来ずにいた。


 一瞬。ほんの僅か一瞬だが、確かに見えたのだ。


 草薙界吏くさなぎかいり

 アイリス・ローディエンヌ。

 勇希ゆうき

 真薙真さななぎまこと

 ガイ。

 根生将吾郎ねぶしょうごろう

 天瀬空翔あませあくと

 プリンセス・フレア。

 ナイト。

 ツァレヴィチ。

 クリストファー・レイノルズ。

 真進ましんユウト。

 破天荒士はてんこうじ

 早坂祈音はやさかねおん

 天海猩々院てんかいしょうじょういん泰澄亜由良信女たいちょうあゆらしんにょ――こと、泰良たいら


 この長蛇の列を成している人混みの中に、「彼ら」の姿が……確かに、見えたのだ。


 しかし、それは幻に過ぎなかったのか。次の瞬間には「彼ら」の姿は見えなくなり、竜史郎の視界は人集りに埋め尽くされて行く。


「不吹君、どうかした?」

「……ん、ちょっと知り合い・・・・が見えただけ。それよりほら、もうそろそろ開場だよ」

「あ、ほんとだ! よぉーし、待っててね杏奈ちゃんっ!」

「全く、お嬢様ったら……」


 だが、それでも彼には「確信」があった。

 その「確信」を胸に満面の笑みを浮かべ、綾奈と千種の方へと向き直った竜史郎は。パイロットとしての自分を知らないまま、それでも良き友人として接してくれている彼女達と共に、武道館へと歩みを進めて行く。


 そして、入場する直前。


 澄み渡る青空を駆け抜け、遥か彼方へと翔び去る星々を独り、仰ぐのだった。


「ありがとう、みんな」


 ◇


 そして、「Z」との戦いから1年後。

 約2年間にも及んだ、ロガ星軍と世界防衛軍の宇宙戦争は終結へと向かい――


「イグニッショーン・ロガライザー! チェンジノヴァルダー・リフト・オフッ!」


 ――後に、「防衛軍三傑」の1人と称えられる明星戟みょうじょうげきと。

 その相棒たる「超新星ノヴァルダーAエース」の物語が、幕を開ける。


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