第4話 山に聳える、黒金の牙城
――グロスロウ帝国との戦いが終わるまで。その約束に反して、不吹竜史郎を戦場へと引き戻す。
それは
ジャイガリンGは事実上防衛軍の管轄下にあるが、スティールフォースや他の人型ロボット部隊のように、制式装備としての登録は受けていない。今回のような「有事」の際に、あらゆる手続きを省いて迅速に出動出来るようにしておくためだ。
しかしそれはあくまで建前であり、竜史郎が本当にジャイガリンGのパイロットとして復帰して来ることなど、ないはずだった。そのあるはずのない、あってはならない事態が、起きてしまっている。
亮磨の良心を苛んでいる事実は、それだけではない。
制式装備ではないジャイガリンGのパイロットとして、グロスロウ帝国と戦ってきた竜史郎の功績は――公式記録には全く記載されていないのだ。故に世間的には、出自不明のスーパーロボットとして扱われている。
少なくとも記録上では、彼の戦いはなかったことにされているのだ。それ自体は、地位や名誉に拘っていない竜史郎にとっては、どうでもいいことではある。
しかし、なかったことにされている、ということは。
命懸けで地球を守ってきたはずの彼は、戦いの中で味わった苦しみや悩みさえ、誰とも分かち合えないということを意味している。
戦いを終えて大学に復帰した彼は今、テニスサークルでの活動や家庭教師のアルバイト等を通して、多くの人々(主に女性)からの信頼を得ていると聞く。だが、そんな人々の温かな輪の中にいようとも、不吹竜史郎という男は紛れもなく「孤独」なのだ。
彼の理解者であるスティールフォースの隊員達ならば、そんな「孤独」を解消することなど容易いだろう。
しかし彼らのそばに竜史郎を連れていくことなど、本末転倒に等しい。スティールフォースは今、彼を戦争に引き込まないために命を張っているのだから。
故に亮磨は、己を呪うのだ。
あの超巨大兵器を倒すためとして、戦場に帰ってきた今の方が。理解者に飢えていたであろう竜史郎にとっては、幸せなのではないか――と。
そんな都合の良い妄想に逃げてしまいそうになる、己の弱さを。
(坊主……)
そして亮磨の思案をよそに、竜史郎は200mもの巨人と対峙しようとしていた。その巨躯の前に立つ30mのジャイガリンGが、ひどく小さく、「孤独」に見えてしまう。
戦うまでもなく、分かり切ってしまうからだ。自分達では、支えにすらなれないほどに……「差」があり過ぎるのだと。
(頼む……! 誰か、誰でもいい……あいつをッ……!)
だからこそ彼はせめて、祈ったのである。
◇
グロスロウ帝国との最終決戦。その舞台となっていた孤島から現れた、漆黒の超大型兵器。
人型のようではあるが、その体躯は余りにも規格外であった。
「充電期間、だと……!?」
『ってこたぁ、奴が今まで動かなかったのは、エネルギーの回復を待つためだったってことか……! あの図体じゃあ、納得の長さだぜ……!』
30mのジャイガリンGでさえ、文字通り足元にも及ばないほどの巨躯。その圧倒的なサイズ差に竜史郎はもちろん、遠方から戦局を見守っている亮磨も戦慄していた。
そんな中、漆黒の巨人――「ノヴァルダー
『おやおや。それはもしや、ゾギアンが造っていたという
「……やはりあなた達が……」
『ふむ。その様子を見るに、ゾギアンからおおよその事情は聞いているようですね。……そうか、あなたがゾギアンを……』
「倒した。……けどそれは、彼にこの地上を渡さないためだ。あなた達の好きにも、させるわけにはいかない。ここはオレ達の
『いいでしょう、いいでしょう。実に勇敢で、熱い心意気ではありませんか。面従腹背という卑劣な手段に出ていながら、その程度の
ゾギアン大帝はロガ星軍の地球侵略を阻止するため、地上を統一しようとしていた。その推測に確信を齎す「Z」の発言に、竜史郎は唇を噛み締め操縦桿を震わせる。
『……しかし悲しいことに、技術力だけは伴わなかったようですね。模造品に過ぎないダイノロド如きの性能では、
「……ならば試してみるか。ゾギアン大帝が、グロスロウ帝国が、オレ達に残したダイノロド
例え圧倒的な力の差があろうと、引き下がるわけにはいかない。竜史郎はその一心でジャイガリンブースターのバーニアを噴かし、翼を失いながらもその推力だけで跳び上がる。
200mもの体躯を誇る「Z」の頭上まで舞い上がったジャイガリンGは、その両手に握り締めた
『ほう……これはなかなか、魂の込もった一撃だ。その若さでゾギアンを屠っただけのことはある。やはり私を揺さぶった魂の鼓動は、あなたのものでしたか』
「くッ……!」
――が。頭部のコクピットを狙っているのにも拘らず。
回避も防御も不要とばかりに、「Z」はその一撃を額で容易く受け止めてしまったのだ。予測を遥かに上回る硬度を見せ付けられ、竜史郎はその場を飛び退いてしまう。
『坊主、一旦退却するぞ! 俺達だけじゃ余りにも戦力不足だ! 今からでも援軍を要請しねぇと……!』
「オレが時間を稼ぎます。御堂さんは皆を連れて撤退してください!」
『バカ言うな、お前1人でなんて……死ぬ気かッ!』
「奴は『完全に復旧した』と言っていました。こうなった以上、奴をここから出すわけには行きません。死ぬ気にならなきゃ、奴は止められない!」
『く……!』
その状況を見ていた亮磨は、戦車隊の支援砲撃でも形勢逆転は困難と判断し、後退するよう呼び掛けた。しかし、「Z」の発言とその性能を目の当たりにした竜史郎は、なおのこと退けずにいる。
一方、そんな彼らのやり取りを傍受していた「Z」の操縦者は、不敵な笑みを浮かべていた。
『賢明な判断ですね。殺すには惜しい御仁ですが……私に火を付けた以上、覚悟は決めて頂かなくては』
「そんなもの、ここに来る前からとっくに決めてきたッ! ――火砕流ミサィィイルッ!」
彼の余裕をここで崩し、自分以外に矛先が向かないよう誘導する。そのための「陽動」として、竜史郎はジャイガリンGの胸部に内蔵された無数のミサイルを、絶え間なく連射した。
豪雨の如き弾頭の群れが「Z」の顔面に集中し、その頭部を爆炎が飲み込んでいく。――が、それでも漆黒の巨人には傷一つ付かない。
「……ッ!」
『まずまずの火力ですね、決して悪くはない。しかし、敵を薙ぎ払う破壊力とは本来――こういうものなのですよ』
その返礼、とばかりに。「Z」は巨大な両掌を翳し――全て指先から、眩い雷光を放つ。
『ブロウクン――スパーク』
先ほどの火砕流ミサイルとは比べ物にならない射程範囲と、圧倒的な火力。その全てがジャイガリンGを襲い、容赦なく飲み込んで行った。
咄嗟にブースターの推力で跳び、回避に徹するが――雷撃の余波に吹き飛ばされ、頭から地面に激突してしまう。
火山の斜面を転がりながら、辛うじて身を起こすジャイガリンGは、すでに満身創痍となっていた。至るところの装甲が剥がれ落ち、内部の配線が剥き出しになっている。
「ぐわあぁあぁ……ッ!」
『不吹ッ!』
『直撃だけは回避しましたか。……実に良い、久しぶりに
「……ッ!」
『そう、その眼。決して退がらぬという不屈の眼光。ゾギアン如きでは決して辿り着けぬその境地、実に素晴らしい』
それでも、退却という選択肢はない。その真意を告げるように、戦斧と剣を杖代わりに立ち上がるジャイガリンGの――竜史郎の眼差しに、「Z」を操る者は口元を吊り上げる。
「……あなたが、彼を……ゾギアンを、語るなッ……!」
『ほう、彼を庇うのですか。彼はあなたにとっても敵だったのでは?』
「敵だったさ。それでも彼は、彼なりのやり方で……あなた達ロガ星軍から、この地球を守ろうとしていたんだ。500年前から、ずっと!」
口元から、全身から、鮮血の如くオイルを噴き出し。傷だらけになりながらも、両の足で大地を踏み締め、立ち上がり。
決して折れない眼差しで巨人を睨み上げる竜史郎とジャイガリンGの姿は、「Z」を大いに
かつての仇敵と決着を付けた舞台で、その仇敵を嘲笑う者を否定する。そんな彼の、ある種の高潔さ。それは闘争を渇望する「Z」にとって、非常に好ましい手応えだったのである。
これほど気高い男なら、よもや自分を前に逃げ出すような無様は晒すまい、と。
「そんな彼を倒した以上……オレには彼の分まで、この地球を守り抜かなくちゃいけない責任があるッ! ゾギアンが、ゾリドワが、守りたいと願った、この地球をッ!」
『……なるほど。私の見立て以上に、崇高な志をお持ちだったようだ。ますます気に入りましたよ、地球人』
そんな彼に、絶対的な強者としての敬意を表して。「Z」は先程と同じ雷撃を放たんと、両手を広げていた。
エネルギーが尽きかけ、身動きが取れないジャイガリンGに全ての指先を向けて。絶対に逃がさない、と言わんばかりに。
『――非礼を詫びるためにも、まずは私から名乗りましょう。我が名は
「――竜史郎。不吹竜史郎だ」
そして、互いの名が呟かれた瞬間。
「天雷」の如き輝きが、ジャイガリンGを。この孤島そのものを、包み込んで行く――。
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