第3話 若い魂、真っ赤に燃やして


 遥か昔。世界防衛軍がまだ地球守備軍と呼ばれていた頃から、軍人達の武運を祈るために設けられていた神社がある。

 母の実家でもあるその神社に時折身を寄せては、宇宙そらで戦う父の無事を祈り舞う、2人の可憐な姫巫女がいた。互いに血の繋がりはないが、実の姉妹以上の絆で結ばれた彼女達は、地球の平和を背負う父への想いを胸に、今日も務めを果たしている。


(お父さん、必ず帰って来てね……)

(旦那様、どうかご無事で……)


 その後、舞を終えた彼女達は母に促されるまま、汗の滲む巫女装束を脱ぎ去り――白装束と褌だけの姿で、滝に打たれていた。純白の柔肌を襲う水の冷たさに耐え、心身を鍛える彼女達は目蓋を閉じ、父を想う。


 全ては、敬愛する父のため。人々を守り続けている戦士達の、無事を祈願するため。

 彼女達は防衛軍の姫巫女として、眉一つ動かすことなく。安産型の臀部や双肩に降り掛かる冷水の衝撃を、ただ静かに受け止めていた。


 ――だが、彼女達は知らずにいる。


 その父が、深く信頼を寄せている青年が。自分達が、1人の女として愛している青年が。


 今まさに、宇宙よりも危険な戦場に赴いているということを――。


 ◇


 眩い日差しに照らされた、絶海の孤島。火山を中心に広がる広大な森や海岸線は、普段と変わりないようにも見えるが――だからこそ、火口付近に窺える「裂け目」の異彩さが際立っていた。


「……また、ここに戻って来ることになるとはな」


 その異常を目視できる距離にまで、土塊色の鉄人が近づこうとしている。

 両拳を突き出し、空を翔ぶジャイガリンG。その背部に装着された真紅の翼「ジャイガリンブースター」は、30mもの巨人に飛行能力を齎すほどの推力を誇っていた。


「こちら不吹、上空に到着。調査隊が進入したエリアに向かいます」

『了解。今さら言うまでもないが、そこから先は未知の領域だ。何もかもお前に託すしかないってのは、情けない話だが……頼むぜ、坊主』

「了解。では、これより――!?」


 そして。遥か後方の海岸線に展開された戦車隊を率いる、亮磨からの通信を受けた竜史郎が、操縦桿を握る力を強めた瞬間。


 頭部のコクピットを覆うキャノピー全体に――熱線レーザーの輝きが現れる。

 それはまさしく、映像記録で防衛軍を襲っていた熱線と同一のものであった。


「――くッ!」

『坊主ッ!? 野郎、いきなり仕掛けて来やがったッ!』


 考えるよりも遥かに速く。操縦桿を傾けた竜史郎はジャイガリンGを旋回させ、熱線を咄嗟に回避する。

 映像記録では地上から接近していたロボット部隊を襲っていたため、射程距離までは判明していなかったが――どうやら、遥か上空からの接近でも迎撃できるらしい。


『下がれ坊主! こっちの射程圏内まで奴らを引きつければ、俺達も砲撃で支援出来るッ!』

「了解ッ! なんとか陽動ッ――!?」


 しかも、その熱線は1射だけには留まらない。矢継ぎ早に次々と熱線の嵐が、「裂け目」から飛び出して来る。

 30mもの巨体を持つジャイガリンGはまさしく、絶好の的。ジャイガリンブースターのスピードでは到底かわしきれず――超合金製の紅い片翼が、熱線に焼き切られてしまった。


「うぁあぁあッ!」

『坊主、無事かッ!?』

「くッ……!」


 轟音と共に墜落するジャイガリンG。衝撃で頭部をぶつけ、額から鮮血を滴らせる竜史郎の前に――熱線を放ってきた「伏兵達」が現れる。

 20mもの体躯を持つ、ダークブルーの人型兵器。スペースシャトルの意匠を彷彿させるその姿は、明らかに地球製の機体からは掛け離れた外観であった。


「調査隊を潰したのは、こいつらか……!」

『そこで戦うのは不利だ! 一旦後退しろ、坊主ッ!』

「了解ッ! ――ロケット・アントラーッ!」


 10機以上もの数を引き連れ、「裂け目」から這い出て来る、もの言わぬ機械人形の群れ。その先頭に立つ1機に狙いを定め、竜史郎は鼻先のドリルを発射した。

 が、機械人形はそれを容易くかわし、赤い両眼から熱線を放って来る。亮磨の指示に応じて、ジャイガリンGは後方に跳びながら回避に徹しているが――数で圧倒的に劣っていることもあり、かわしきれず機体の各部に掠り続けている。


「予測以上に素早いッ……スピンリベンジャー・パァンチッ!」


 ジャイガリンGが右腕を標的に向けた瞬間、肘から切り離された拳が飛翔体となり、弾頭ミサイルの如く飛び出した。が、その必殺の鉄拳を掻い潜るように、機械人形達は無数の熱線を放って来る。


「ぐぅうッ!」

『いいぜ、もう十分だ坊主ッ! ……てめぇら出番だ! 1発たりとも外すなよッ!』

『ハッ!』


 その猛攻になす術もなく、防戦一方となっていた鉄人が、ある地点に着地した瞬間。亮磨の指令に応じて、戦車隊の「反撃」が始まった。

 ジャイガリンGにとどめを刺さんと肉迫する機械人形達を襲う、砲弾の雨。天から降り注ぐ地球人の怒りが、招かれざる客に鉄槌を下す。


『坊主ッ!』

「はいッ! ダイノロドッ――アァックスゥッ!」


 砲撃そのものに大した威力はなく、人型兵器に対しては牽制程度にしかならない。が、純粋なスペックで勝っているジャイガリンGには、その牽制だけで十分なのだ。

 胸板に装着された真紅のエンブレムが、両刃の戦斧へと変形する瞬間。ジャイガリンGはそれをブーメランの如く投げ飛ばし、扇状に展開していた機械人形達を次々と斬り裂いていく。


「逃がさないッ! ジャァアィイガリィインッ――ラァイッフォオオウゥッ!」


 取り逃がした個体が宙に舞い、真紅の刃をかわしたところへ。腕部の断面から迫り上がってきた銃口が火を噴き、大型の弾丸が狙い澄ましたかの如く命中した。

 その一閃に撃ち抜かれた機械人形達が、羽虫の如く落とされていく。そして、彼らの死を意味する爆炎を突き抜け、最後の1機が迫ってきた。


「ジャイガリィィインッ――ブレィイィイィドッ!」


 両刃の戦斧ダイノロド・アックス腕部に内蔵された銃砲ジャイガリン・ライフル。その全てをかわし、目と鼻の先まで接近してきた個体に――土塊色の鉄人は、背面のジャイガリンブースターに内蔵された一振りの剣で、迎え撃つ。

 真紅の柄から伸びる鋭利な白刃。超合金製の剣であるその一閃を以て、ジャイガリンGは最後の1機を瞬く間に斬り伏せるのだった。


 1年前の戦いが終わってからも、古代兵器博物館でただ眠り続けていたわけではない。今回のような有事に対処するべく、ジャイガリンGは密かにさらなる新兵器を備えていたのである。


『よしッ! やったな、坊主!』

「……全機撃破。これより、火山付近への進入を再開します」

『あぁ、引き続き頼――!?』


 全ての機械人形が爆散し、増援が現れないことを確認すると。竜史郎は再びジャイガリンGを前進させるべく、操縦桿を前に倒す――の、だが。

 その直後に発生した不自然な地震に、思わず足を止めてしまう。単なる地殻変動とは違う「何か」が、竜史郎達の第六感に警鐘を鳴らしていた。


「……ッ!?」

『なッ……なんだ、この揺れはッ!? 各員、状況を報告しろッ!』

『じ、地震……!? い、いや違う! 御堂隊長、前方です! 前方の高熱源体がッ……!』


 そして、戦車隊の1人が声を上げる瞬間。彼らの眼前に広がる「裂け目」に、異変が現れた。


「……!?」


 傷口を内側から広げていくかのように、血を裂き迫り上がる「裂け目」の正体。人型の上体、のようにも見えるその姿は、あまりにも「巨大」過ぎた。


「……こ、れは……!」

『おいおい……俺達、悪い夢でも見てんのかよッ……!』


 やがて腕を出し、足を引き抜き。その「何か」は「裂け目」から完全に身を乗り出し、竜史郎達の前に全貌を露わにする。


 人型の巨大兵器。そう形容するならば、ジャイガリンGと同じ系統のようにも聞こえるだろう。

 だが、その圧倒的なスケールはもはや別次元であり、到底「同系統」などと呼べるようなものではない。


 漆黒のボディに走る金色のライン。妖しい輝きを放つ真紅の両眼。禍々しく広がる鋼鉄の翼。先ほどの機械人形と同様、スペースシャトルの意匠を残した頭部。

 その姿はまさしく、先刻の機械人形達の「親玉」と呼ぶに相応しく。全長200mにも及ぶその巨躯は、30mのジャイガリンGを覆い尽くさんとばかりに――立ち上がる己の影を、広げ続けていた。


『――ようやく完全に復旧しましたか。このZゼノン、やはり充電期間の長さが玉に瑕ですね』


 そして。そのコクピットに座して巨人を操り、竜史郎達の前に立ちはだかった「天雷」が。

 ついに今、目覚めんとしていた――。

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