第2話 覚悟を決める、時が来た


 燦々と輝く太陽に照らされた、東京都内のとある住宅街。その一つである舞島家には、ひとりの家庭教師が毎日のように訪れていた。


「98点か……んー、惜しい。もうちょっとで満点だったね、幸太こうた君」

「へーきへーき、次は絶対100点取れるよ! 見ててね、せんせ!」

「おっ、自信たっぷりだなー。頼もしいね」


 小学2年生の舞島幸太まいしまこうたを生徒に持つ、大学2年生の帰国子女・不吹竜史郎ふぶきりゅうしろう。年齢、21歳。


 日本人とドイツ人のハーフであり、艶やかな黒髪と翡翠色の瞳を持つ彼は、185cmの長身と甘いルックスもあってか近所でも評判になっている。最近は、彼の指導を希望する女学生・・・が増えて来ているらしい。

 教え子の得手不得手に合わせる教育が功を奏してか、幸太の成績はこの1年間で少しずつながら伸び続けていた。


「今度パパがかえってくるまでに、100点とって自慢するんだ! パパ、きっとほめてくれるよね!」

「……そうだね。お父さん、絶対喜んでくれるよ」


 だが。今の成績は、幸太自身の弛まぬ努力があってこそのものであり。彼がひたむきに勉学に励む理由は、宇宙そらで戦い続けている父にあった。

 ロガ星軍を地球に入れまいと、大気圏外で防衛線を張り続けている世界防衛軍の宇宙艦隊。その一つを率いている幸太の父は、愛する妻子を守るために今日も前線に身を置いている。


「幸太、そろそろおやつの時間ですよ。不吹先生もご一緒にいかがですか?」

「あっ、ママ!」

「……ふふ、それじゃあお言葉に甘えて休憩にしようかな。幸太君、おやつの前には?」

「うがい手洗いだよね、せんせっ! パパも言ってたよ!」

「さっすが、よくできました」


 そんな彼の話を度々、幸太やその母から聞かされていた竜史郎は――父の帰還を信じて疑わない子供の姿に、思うところがあるのか。その頭を無意識に、優しく撫でていた。


 竜史郎の父にして、ドイツ支部の名将としてその名を知られる、伝説の英雄――アーデルベルト・シュナイダー。

 家族のために戦火へと散った彼の息子として、軍人の父を持った者として。竜史郎は、幸太の今後を案じずにはいられなかったのである。


「じゃあ奥さん、ちょっとオレも行ってきますね」

「えぇ、行ってらっしゃい。……いつも幸太を見ていてくれて、本当にありがとうございます。幸太ったら、まるで本当のお兄ちゃんみたいに懐いちゃって」

「あはは、オレも弟が出来たみたいで嬉しいですよ。……ん」

「不吹先生?」

「すみません、ちょっと電話が……」


 そして、懐から鳴り出した携帯を手に取った瞬間。竜史郎の胸中に滲む一抹の不安は、徐々に、そして確実に広がり始めていた。


「……!」


 携帯の画面に映し出された名前。そこにある人物は、よほどの「有事」でなければ滅多に話すことのない相手だったのである。


 ――その着信は。


 1年前、地底より現れたスーパーロボット「ジャイガリンGグレート」のパイロットとして。グロスロウ帝国を打倒し、地球を救った彼を呼び出すほどの「有事」の発生を意味していた。


 ◇


 色鮮やかな夜景に彩られた、無数のビル群が立ち並ぶ大都会。

 この街、この国、この世界の平和は、1年以上に渡り外宇宙の侵略を阻止し続けている防衛軍の尽力あってこそのものである、が――その事実を真摯に受け止めている民間人は少数派であり、大多数は今の安寧を絶対的かつ普遍的なものとして享受している。


「こうしてお会いするのは久しぶりですね、御堂みどうさん」

「おう。……本当はもう、こんな形で会うべきじゃないんだろうがな」


 そんな人々の営みを包む、コンクリートジャングルに見下ろされたハイウェイを、1台の防衛軍専用車が駆け抜けていた。ハンドルを握る強面の巨漢は、隣に座る竜史郎に神妙な眼差しを送っている。


 ――防衛軍の戦車隊を率いる、御堂亮磨みどうりょうま。先の戦いで竜史郎と共に、グロスロウ帝国に立ち向かったこともある歴戦の軍人だ。

 かつての戦友との、望まぬ再会。それが意味するものをすでに察している竜史郎を一瞥し、彼はカーナビを映していたモニターを操作する。


 不穏な黒煙を放つ、孤島の姿が映し出されたのはその直後だった。


「昨日、あの・・孤島を震源とするマグニチュード5.5相当の振動が起きたのは知ってるよな。マスコミは単なる地震として片付けてることだが……」

「……違うのですね」


 以前から、ニュースを賑わせていた地震。その割には現地の映像が全く報道されていなかったのだが、やはり防衛軍の圧力が絡んでいたらしい。

 火口ではなく、その付近の山肌から噴き出す暗黒の霧。そこへ映像が拡大された瞬間、竜史郎は眉を潜めた。


 黒煙を放つ巨大な「裂け目」。その深淵から微かに覗く漆黒の鋼鉄・・・・・が、太陽に照らされ妖しい輝きを放っていたのである。


「これは……」

「見ての通りだ。『振動』の正体は、何か・・が降下した際の『着地』によるものと見ていい」

「……降下・・、ですか」

「あぁ」


 墜落ではなく、降下。亮磨がその言葉を選んだ意味を悟り、竜史郎は鋭く目を細める。

 今まさに、世界防衛軍がこの地球を守るために戦っている相手。その勢力に纏わる者の仕業となれば、放っておくことは出来ない。


 ――だが。すでに事態は、防衛軍の地上戦力だけでは対処出来ない段階にあるようだ。


 メタリックイエローに塗装された、17m級の人型ロボット部隊。防衛軍の制式量産機としてロールアウトされて間もない、その巨人達が――「裂け目」に近づいた瞬間。

 そこから飛び出してきた無数の熱線レーザーに撃ち抜かれ、手足をもがれてしまったのである。映像記録に残されたその光景こそが、竜史郎が呼び出された「理由」だった。


「……ッ!」

「現地に向かった調査隊はすぐさま退却。手掛かりは、彼らを攻撃したこの熱線と……舞島艦隊が宇宙で目撃したという、巨大飛行物体の情報だけだ。防衛軍はもう、並の戦力ではこの事態を処理できないと判断している」

「防衛軍としてはこれ以上、既存の戦力から増援は出せない……と?」

「ハデな戦力を投入すれば解決はするだろうが、代わりにメディアを誤魔化しきれなくなる。それでこの事態が公になろうもんなら、日本どころか世界中が大パニックだからな」

「スティールフォースの皆は? ゾーニャ達がこんな存在を放っておくとは思えませんが」

「もちろんゾーニャ嬢をはじめ、スティールフォース全員がすぐさま追撃すべきだって降下しようとしたんだがな。止められたんだよ、ガリアード中将に」


 舞島艦隊を瞬く間に突破したという、謎の巨大飛行物体。その情報はただちに、スティールフォースを擁する日向ひゅうが艦隊にも伝達されていた。

 ――が、彼らが件の巨大飛行物体を追撃することは叶わなかったのである。防衛軍の全艦隊を率いる、ヴォルフラム・ガリアード中将の命によって。


 1年前のグロスロウ帝国との戦いをきっかけに、人型ロボットの研究開発が迅速に進められているとはいえ、今はまだスティールフォースに匹敵するような戦力を量産できる段階ではない。

 そんな中で、貴重な主力部隊である彼らを地球に向かわせるということは、ロガ星軍を率いる「天蠍」に隙を見せることに繋がる。今まで防衛軍がロガ星軍の地球降下を一度も許さなかったのは、スティールフォースの働きがあってこそのもの。

 現に彼らがいない宙域を高速で突破された結果が、今の状況なのだ。このままスティールフォースまで地球に降ろしてしまおうものなら、防衛線がさらに弱まる危険性がある。


 それ自体は、防衛軍の全艦隊――つまりは宇宙における防衛線そのものを託されたヴォルフラムにとって、当然の判断だった。しかし問題は、件の巨大飛行物体を打倒し得るほどの人型ロボットが、地上に割かれていないことにあったのだ。

 人型ロボット以上の戦力を投入して事を荒立てようものなら、防衛線が突破されたという事実が明るみになり、地上の人々は大混乱に陥る。そうなれば例え戦争に勝利したとしても、防衛軍に対する信用という別の問題が浮上してしまうのだ。

 それほどまでに、現在における地球の平和というものは、防衛軍の戦力に依存している状態なのである。


 その平和を維持し、なおかつ迅速に件の巨大飛行物体――と思しきものを撃破する。それを成し遂げるための戦力として、ヴォルフラムが白羽の矢を立てたのが。

 ジャイガリンGのパイロットとして世界を救って以来、民間の大学生として暮らしていた不吹竜史郎だったのである。


 グロスロウ帝国を打倒したスーパーロボットを動かせる、唯一無二の存在である彼ならば、この事態にも対処し得る。それが、ヴォルフラムの判断だった。

 の、だが。その策にスティールフォースの隊員達は、猛反対していたのである。


 ヴォルフラムの娘にして、スティールフォースの隊長を務めているゾーニャ・ガリアード大尉。彼女をはじめとして、スティールフォースを構成する隊員達は全て、竜史郎に「借り」がある者達ばかりなのだ。

 軍務を降り、民間人として暮らしている彼を再び戦場に引き込まないために、彼らは1年間にも渡り防衛線を維持してきたと言ってもいい。そんな彼らにとって、件の巨大飛行物体を竜史郎に任せるなど、言語道断だったのである。


 特に士官学校時代の同期として、1人の女性として、竜史郎に深い愛情を寄せているゾーニャにとっては。例え父にして上官でもあるヴォルフラムの命だとしても、容易く受け入れられるものではなかった。

 それでも、彼らは職業軍人である以上、命令に逆らうことは出来ない。それに自分達が防衛線を離れることの危険性も、理解できないわけではない。


 ゾーニャ以上に強く反対していた、明星戟を含むスティールフォースの面々は、悔しさに身を震わせながらも――竜史郎に託すしか、なかったのである。


 そしてヴォルフラムにとっても、これは苦渋の決断であった。

 グロスロウ帝国との戦いが終わるまで――という約束に反して、亡き恩師・アーデルベルトの忘形見である竜史郎に、再び頼るということも。娘達の想いを知りながら「民間人」を駆り出さねばならない、ということも。

 彼には、身を切るような痛みを伴う命令だったのである。


 冷徹な表情の下で、血が滲むほどに唇を噛み締めて。防衛軍の頂点に立つ男は、己の不甲斐なさを呪い続けているのだ。


「……それで。地上戦力として再びオレを使いたい、と」

「過去はどうあれ、今のお前は民間人だ。防衛軍こっちの我儘に付き合う義理も義務もない。例え、グロスロウ帝国から地上を救ったヒーローであろうとな」


 やがて2人を乗せる専用車が、「目的地」へと到着する。そこは明かり一つない闇夜に包まれた、古代兵器博物館だった。

 言葉を交わしながら車から降り、竜史郎は流れるように羽織っていたロングコートに手を掛ける。


「まさか、オレが拒むとでも思ったのですか」

「軍の立場として、言わないわけには行かなかっただけさ。お前なら、そうする・・・・ってのは分かり切ってる」


 そして、「ただの大学生」というベールを脱ぎ去るかのように。ロングコートを翻した瞬間、その下に隠されていた「正体」が露わになる。


 戦車隊のトレードマークである漆黒の野戦服。真紅の防弾ベストに、ヘルメット。そしてゾーニャから託された、士官学校主席の証である白マフラー。

 その姿こそ、かつてジャイガリンGのパイロットとして活躍していた、不吹竜史郎の実態であった。


「今なら分かるんです。ゾギアン大帝は……ロガ星軍の侵略に抗するために、地上を支配しようとしていたに過ぎません。分かり合う余地は、確かにあったはずなんです」

「……」

「けれどオレ達はもう、後に引けなくなっていた。戦うしかなかった。あの戦いを悔いるつもりはありませんが……それでも、オレが彼らの未来を奪ったことは、事実です」


 平和な東京で暮らす大学生としての、優しげな表情を捨てて。戦士としての貌を露わにした彼は、亮磨と共に博物館の扉を開き、暗闇の館内へと歩み出していく。

 窓辺から差し込む月明かりだけを頼りに、地底怪獣ダイノロドの剥製が立ち並ぶ館内を進む彼らは――やがて、中央に立つ「巨人」の前で足を止めた。


「……誰のためでも、誰のせいでもない。戦って、勝ち残ってしまった者の責任をオレは果たします。そこから背を向けるつもりはありません」


 全長30mにも及ぶ、メタリックブラウンの堅牢な体躯。翡翠色の眼光に、螺旋状の軌跡を描くドリルのような長い「鼻」。

 その鉄人こそが、先の戦いで不吹竜史郎と共に世界を救ったスーパーロボット。グロスロウ帝国という災厄を福音に変えた、土塊色の救世主。


「ジャイガリンGグレート。もう一度、力を貸してくれ」


 地底戦兵ちていせんぺい、ジャイガリンGグレートであった。

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