第1話 死闘の、星を求めて


 黒き星の大海に漂う、船団の群れ。ロガ星軍の宇宙艦隊である彼らの先頭では、威厳に満ちた真紅の旗艦が、その存在感を放ち続けていた。

 地球征服を目指し、約1年に渡り世界防衛軍との熾烈な戦いを繰り広げてきた、彼らの筆頭――「天蠍てんけつのサルガ」は、艦橋ブリッジから窺える蒼い星を静かに見据えている。


「所詮は100年と生きられぬ脆弱な種族。……などと舐めて掛かったばかりに、我々も1年間を無駄にした。もはや容赦はせん、次の戦いで我らロガ星軍の真の力を見せつけてくれる」


 腰に届くほどの長さを持つ赤髪と、口元を覆う髭。浅黒い肌に、漆黒の軍服を張り詰めさせる筋骨逞しい肉体。

 その全てを備えた男の獰猛な眼差しは、さらに熱く激しく欲望の色を宿していた。己の思い通りにならねばならぬほど、そこへ向かう執着の炎は、際限なく勢いを増していくのである。


 ――500年前。地球の地下深くに存在していた「グロスロウ帝国」を滅亡から救い、彼らを来たる侵攻の日のための「属国」として従えようとしていたサルガの目論見は、すでに破綻していた。


 帝国を率いるゾギアン大帝は彼の軍門に下ることを良しとせず、地上を征服することで地球全土の戦力を統一し、ロガ星軍を迎え撃とうとしていたのである。しかしそのゾギアン大帝も1年前、地上人の軍隊である世界防衛軍に敗れ、帝国共々滅び去った。

 そして、帝国がロガ星軍に対抗するために開発した人造地底怪獣――「ダイノロド」の技術は防衛軍に接収され、今はロガ星軍に牙を剥く人型ロボットに使われている。ゾギアンの反攻計画とも違う成り行きではあったが、いずれにせよサルガにとっては誤算であった。


 ゾギアンに裏切られたことも。彼が造っていた兵器群ダイノロドが、地上人に奪われていたことも。そして――グロスロウ帝国との戦いを経て、地球人が予想以上の武力を得ていたことも。

 何もかもが、計算外だったのだ。


 ロガ星軍の科学力を結集して建造された、超兵器「ノヴァルダー」の模造品レプリカに過ぎないダイノロド。そのダイノロドからさらに派生して造り出された防衛軍の人型兵器など、恐るるに足らん。

 そう、踏んでいたのだが――グロスロウ帝国を破った地球人達の技術は、その見立てをさらに凌ぐものだったのである。事実、開戦からおよそ1年が過ぎようとしているのにも拘らず、ロガ星軍は一度も地球に降下できていないのだ。


 全ての原因は、世界防衛軍の主力宇宙艦隊に組み込まれている、人型ロボット部隊。その頂点に立つエース達で構成された、「駆動戦隊くどうせんたいスティールフォース」。

 そして、地球史にその名を残す伝説の英雄から全ての技を受け継いだ、最強の戦闘機乗りファイターパイロット――明星戟みょうじょうげき。彼らを筆頭とする絶対防衛線の強固な守りによって、戦局は1年にも及ぶ膠着状態となっているのである。


 彼らを倒せない限り、ロガ星軍が地球の大地を踏み荒らす日は永久に来ない。そして彼らの力の前には、ロガ星軍の決戦兵器たるノヴァルダーすらも通用しない。

 そんな受け入れ難い事実に由来する焦燥も、サルガの戦意をさらに焚き付けていたのである。これ以上戦いが長引けば、兵達の士気に関わる。戦況がより悪化する前に、手を打たねばならない――と。


「レーダーに熱源を感知!」


 すると、その時。剣呑な静寂に包まれていた艦橋全体に、オペレーターの声が響き渡る。

 再び防衛軍の戦闘機隊が――明星戟が攻めてきたか。これまでの経験からそう判断した全員が、迎撃命令を予感して身構える。


「……来たか、地球人の猿めが。数は?」

「反応は1! 方角、は……!?」

「方角がどうした」

「こ、後方です。我が艦隊の後方より、熱源が急速に接近しております! な、なんなんだこの速さ……! 地球製のものでも、我が軍の戦闘機でも、これほどの速度は出せませんッ!」

「なに……!?」


 単独で行動しているというのであれば偵察か、あるいは陽動か。その線で考えていたサルガと周囲は、次にオペレーターが発した一言に耳を疑う。


(まさか……! いや、そんなバカな……!)


 防衛軍にも自軍にも該当しない移動速度で、後方から肉迫する熱源反応。それが意味するものを、サルガが悟る――瞬間。


「き、来ます! 我が艦の近くに――!」


 音など伝わるはずもない、真空の海だというのに。風を切る轟音が響いて来そうなほどの迫力を纏い――熱源の「正体」が、瞬く間に旗艦の傍らに現れる。


「……!?」

「な、なんだぁ!?」


 全長200mに迫る、漆黒と黄金を基調とする巨大な機体。スペースシャトルを想起させる外観を持つその「正体」は、まるでサルガ率いるロガ星軍艦隊など意に介さず、抜き去ろうとしているかのようだ。

 あまりに突然過ぎる事態に戸惑いを隠せない、艦橋のクルー達。だが、この場で誰よりも動揺していたのは――目を見開き、全身から汗を噴き出しているサルガであった。


「まさか、信じられん……! 『奴』が、『奴』が蘇ったというのか……!?」

「サ、サルガ将軍……?」

「お前達、何を惚けているッ! 全砲門を開き、あの機体に向けて一斉砲火だ! 後続の艦隊にも通達! 決して『奴』を逃すなッ!」

「……!? ハ、ハハッ!」


 今まで見たことがないほどに取り乱し、怒号を上げる司令官の気迫に圧倒されながらも。クルー達は命じられるがままに全艦へと指令を発信し、砲撃命令を実行に移していく。

 ロガ星軍主力艦隊の主砲全てが、謎の巨大飛行物体へと向けられたのは、それから僅か10秒後のことであった。


「撃てぇえぇえッ!」


 サルガの雄叫びに呼応し、空を裂く熱線の炎がの物体を飲み込んで行く。絶え間なく襲い掛かるその破壊の嵐は、あらゆる敵を焼き尽くせる――はず、だったのだが。


「目標、依然として健在! 進行を……続けておりますッ!」

「な、なんだというのだアレは……! 我が艦隊の一斉砲火を防ごうとも避けようともしないばかりか、直撃してもまるで意に介していないとは……!」

「……ッ!」


 謎の物体は、何事もなかったかのように飛行を続けているのである。主力艦隊が持つ全火力を投入してもなお、傷一つ付かない未知の存在。

 その理解を超越した概念を前に、クルー達が狼狽える中――サルガは独り、何らかの「確信」を得たような表情で、艦長席に腰を下ろしていた。


「……宇宙の彼方へ追放しただけでは、足りなかったというのか。このサルガ、一生の不覚よ」

「しょ、将軍? あの謎の飛行物体について、何かご存知なのですか? サイズから見て、戦艦の類のようですが……」

「あれは戦艦ではない・・・・・・。……『天雷てんらい』だ」

「……!? て、『天雷』ですとッ!? で、では、まさかアレがッ……!」


 サルガが発した「天雷」という言葉に、副官が瞠目する瞬間。艦隊の存在も砲撃も全く気に留めていない飛行物体は、そのまま遥か彼方――否、地球の方角へと飛び去ってしまった。

 射程圏外まで逃げられたとあっては、もはや追撃は不可能。正体不明のまま撃破も捕獲も叶わず、艦橋内は戸惑いの空気に溢れている。


 そんな中。あの存在の「正体」に辿り着いていた、サルガと副官だけは――これから起こり得るであろう事態に、神妙な面持ちを浮かべていた。


「このままでは、我々が地球を征服する前に……奴が、『天雷てんらいのペルセ』が、何もかも破壊してしまうぞ」


 絞り出すように呟かれたその一言は、あまりに重々しく。この状況の深刻さを、何よりも如実に物語っているかのようであった。


 ◇


 ロガ星は元々、争いを嫌う平和な星だったのだが。他の星々を侵略して植民地とする「侵略戦争」に、国家としての発展を見出していたサルガ将軍のクーデターにより、王族は実権を奪われてしまったのだ。

 それ以降、サルガは事実上の最高権力者として、ロガ星軍を率いて地球侵攻を目指すようになったのだが……そんな彼でさえ、手に余る者がいた。


 その名も「天雷のペルセ」。「天蠍」の異名を取るサルガと双璧を成す、ロガ星軍きっての武闘派である。


 だが、あくまで戦争は母星を発展させるための手段としてしか見ていないサルガとは違い、彼は戦争そのものを愉しむ生粋の戦闘狂であった。

 単純な戦闘技能だけなら自身の上を行く存在だったことから、サルガも彼には一目置いていたのだが……王族から実権を奪って以降、彼の存在はもはや脅威でしかなかったのである。植民地にするはずの星を、破壊されてしまう危険性が高いためだ。


 そこでサルガは彼を葬り去るために、とある「罠」を張っていた。


 それは、自らが設計・開発に携わった超兵器「ノヴァルダー」の最新機である第26号を譲渡する、という話を持ちかけ。その26号ごと、彼を宇宙の彼方へと追放する……というものだったのだ。

 開発者のサルガ自身でさえ、御しきれなかったために封印されていた最強のノヴァルダー。それが手に入ると聞けば、乗らないはずはない。

 その見込み通りに現れたペルセを嵌めることに成功したサルガは、エネルギーを抜かれた26号もろとも、彼を星の大海へと放り出してしまったのである。


 全てのノヴァルダーには、動力を兼ねる事も出来る超金属「Gメタル」が利用されているため、例え一時的にエネルギーを抜いてもいずれは再起動してしまう。が、26号はその並外れた巨体故に、エネルギーの充填には時間が掛かるという弱点があった。

 ならば例え自力で再起動したとしても、その頃にはすでに、どこに何があるかも分からないほどの虚空に葬られているはず。彼が自分の前に帰ってくることは、2度とない。


 そう、確信していたのだ。そして今まさに、それが如何に浅はかな策略だったのか、という事実を突き付けられているのである。

 ペルセは26号の回復プログラムをその場で書き換え、バーニアのみに復旧のリソースを集中させることで、再起動の瞬間を早めていたのだ。


 その結果、生みの親であるサルガでさえ見誤るほどの早さで、26号は再び動き出してしまったのである。自分を捨てたサルガの居場所さえ、あっさりと見つけてしまえるほどに。


 だが、彼はサルガに復讐するために帰ってきたのではない。ただただ彼は、己を満たしてくれる存在を求め、この宇宙を漂っているに過ぎないのだ。

 そして、彼が目を付けたのが――サルガでさえ手を焼くほどの戦力が揃っているという、地球だったのである。


 漆黒の翼で虚空を裂く26号に乗り、コクピットから蒼い星を見つめている彼は、傷だらけの口元を歪に吊り上げていた。


「やはり、あなたは卑劣ですね……サルガ。これほどまでの愉悦に満ちた戦いを、己だけのものにしようとは」


 肩に掛かる程度に長く青い髪と、口元を覆う髭。浅黒い肌に、擦り切れた軍服を張り詰めさせる堅牢な筋肉。

 その容姿はさながら、サルガという「赤鬼」に対する「青鬼」のようであった。


 やがて、その戦闘狂を乗せた漆黒の巨大飛行物体は、世界防衛軍の艦隊の前にも現れ――かつてない衝撃を齎していた。


舞島まいしま艦長! 前方より謎の未確認飛行物体を確認ッ! こ、これは……!?」

「200mはあるぞ……!? な、なんだコイツッ!?」

「怯るでいる場合かッ! 直ちに迎撃だ、何としても奴を地球に――!」


 奇しくも、明星戟をはじめとするエース達がいない艦隊が直面したこともあってか。防衛軍艦隊が砲口の照準を合わせるよりも速く、ペルセの「乗機」は艦隊を通り過ぎてしまう。

 まるで。こんな雑魚共に用はない、と言わんばかりに。


「ダメです艦長、間に合いませんッ!」

「なっ……何という速度だッ! このままでは奴が……奴が地球にッ!」

「そんな、バカなッ……! 奴は、奴は一体ッ!? とにかく、地上部隊に迎撃を要請しろ! 急げッ!」


 彼を乗せる26号は、防衛軍艦隊を尻目に大気圏へと突入し――その摩擦熱の炎さえも、涼風の如くやり過ごしていた。


「……感じる。彼らとは比べ物にならぬ、真の戦士が棲まう星。その魂の鼓動が今……私を、揺さぶっている」


 やがてその熱が消え去り、澄んだ青空が視界に広がる瞬間。ついにロガ星軍主力艦隊でさえ成し得なかった、地球への降下を実行に移さんとしていた。


「そうですか……やはり、この星だったのですね。宇宙の果てからも感じていた、溶岩の如く煮え滾る闘志。ついに見つけましたよ」


 全てはただ、己の闘争心を満たすに足る、真の強者と巡り会うためだけに。


「この『天雷』、今こそ参りましょう。燻るこの星の闘志を、目覚めさせるために」


 そして。彼は、己の「乗機」に秘められた力を解き放つ、禁断のレバーに手を掛ける。

 生みの親ですら恐れ、封印していた最強の「巨人」を呼び覚ますために。


「――イグニッション・ロガライザー」


 次の瞬間。全長200mもの、漆黒と黄金に彩られたスペースシャトルが。


 ロガ製決戦兵器の頂点に君臨する、第26号「ノヴァルダーZゼノン」が。


「チェンジノヴァルダー――リフト・オフ」


 「変形」を、始める。


 ◇


 ――後の世において、「防衛軍三傑」と称される男達がいた。


 最後の機械巨人族・タイタノアと共に、大怪獣を討った日向威流ひゅうがたける

 ロガ星軍の超兵器・ノヴァルダーAエースを駆り、天蠍のサルガを倒した明星戟みょうじょうげき


 そして、当時。ゾギアン大帝を破り、グロスロウ帝国の魔手から地球を救っていながら。

 その武勲を公にされていなかった、最後の1人。


 かつてダイノロドGゴーレムと呼ばれていた地底の鉄人・ジャイガリンGグレートを操り、あらゆる巨悪に敢然と立ち向かっていた、その男の名は――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る