第36話 ささやかな日常
これから俺たちは、本格的に【
しかし、裏切られる可能性もゼロではない。常に最大限に警戒して今後も生活を送っていくべきだろう。
「……朝か」
自室はそれほど広くはないが、日当たりが良いので朝になると自然と目が覚める。
「ん?」
違和感を覚える。そう、俺の隣には猫が寝ていた。それも全身茶色い毛並みの。その猫にはよく覚えがある。
「もしかして、ルーナ先輩ですか?」
「……にゃ?」
どうやらルーナ先輩も猫のまま寝ていたようで、目を覚ます。すると驚いたのかピョンとその場で飛び跳ねるとくるくると回り始める。
「えっと……どうして自分の部屋に?」
「にゃにゃ!(実はサクヤの部屋の近くでまた猫になって)」
「なるほど」
「にゃんにゃん!(それで、まぁなんていうんだろ……自然と引き寄せられたというか、疲れもあって気がついたら寝てた……みたいな?)」
「そうだったんですか」
なぜかここ最近はルーナ先輩が猫の姿であっても、意思疎通ができるようになっていた。そのためおおよその理由は理解できた。
猫の姿のまま、小さな手を身振り手振りしながら説明するので非常に愛らしい姿である。だが、俺は脳内に過ぎる懸念を払拭できていなかった。
──もしかして探りにでも来たのか?
俺の正体をルーナ先輩は知らないが、俺に何かあると思って探りに来たのではいないか……その線を捨てきれない。その一方で、彼女はどこか抜けているというか天然なところがあるので一概には否定できない。
とりあえずは以前のような悲劇を生まないためにも、すぐにルーナ先輩に自室に戻るように促す。
「先輩。早く戻ったほうがいいかと。前のようになっては──」
「にゃ!(そ、それもそうね……っ!)」
猫の姿のままルーナ先輩はドアを頭で押して開けると、そのままタタタっと廊下を駆け抜けていくのだった。
「その……お、おはよサクヤ」
「おはようございます。ルーナ先輩」
朝食は主に二人で作ることになっている。キッチンに先に来た俺に続いて、制服姿のルーナ先輩がやって来た。忙しなく髪の毛を触って、頬も少しだけ朱色が差している。
どうやら先ほどの出来事を恥ずかしがっているようだた。
「えっと……さっきのは別に他意があった訳じゃ何のよ? その……勝手にベッドに入って一緒に寝てたのは悪いけど……」
「別に構いませんよ。流石に人の姿のまま一緒に寝るのは問題ですが、猫のままでしたら可愛いものです」
「か、可愛いっ!?」
「はい。どうかしましたか?」
「何でもないわ! さ、早く朝食を作りましょう!」
「分かりました」
手早く調理を分けて朝食を作っていると、ふとこちらに視線が送られているのに気がつく。気がつけばアイリス王女がじっと俺たちの様子を伺っているようだったが、俺と目が合うとすぐに消えていった。
彼女としてもルーナ先輩のことは心配しているのか、それとも純粋に気になっての行動なのか。
ともかく、すぐに朝食を作り終えるとリビングのテーブルへと並べる。今日はバルツさんは早朝から所用があるということでいない。
「今日も美味しそうねっ!」
ニコリと微笑んでアイリス王女はそういうが、テーブルの下ではなぜか俺の足をツンツンと蹴ってくる。
「(どうしたんですか?)」
と、アイコンタクトだけでやりとりを試みる。流石に全て理解できるわけではないが、おおよその言いたいことは分かる。
「(ルーナに変なこと、してないわよね?)」
「(変なこと?)」
「(さっき、一緒にベッドで〜って聞こえたんだけど)」
「(別にしてませんが)」
「(あっそ。ならいいけど)」
プイっと顔を背けると、いつもの調子で朝食をとっていくアイリス王女。どうやら、先ほど見つめていたのはルーナ先輩が心配だったからのようだ。それでどうして少し不機嫌になっているのかは理解できないが。
「今日は私は日直だから、早めに出るわね」
「分かりました」
「ルーナ。気をつけてね」
「はい」
朝食を終えると、ルーナ先輩はすぐに屋敷を出て行ってしまった。
「で、朝の件はどういうことなの?」
「えっと……朝起きたら、ルーナ先輩が俺のベッドで寝ていたというか」
「はぁ? そんなわけないでしょ?」
「いや、猫の姿で」
「あぁ。そういうことね」
ふむふむと頷いているようで、どうやら納得してくれたようだった。
「でも、変にルーナにちょっかい出さないでよね? サクヤは無自覚なところがあるから」
「はぁ……まぁ、分かりましたけど」
と、そんなやりとりをしつつ、俺たちも学院に向かうことにした。今日は晴天であり、夏晴れという言うには十分な天気だった。
「暑くなってきたわね」
「そうですね。夏はかなり暑くなるようで」
「みたいね。でも、私は夏が一番好きなの?」
「それはどうしてですか?」
そう尋ねると、アイリス王女はくるりとその場で翻る。
「夏って、一番生きている感じがしない?」
「生きている感じ、ですか?」
「えぇ。冬は逆に寒すぎて、死んじゃう〜ってなっちゃう」
「なるほど。そうですか」
俺とアイリス王女は互いに【
そんな彼女が生について語ると、何だか妙な重みがあるような……そんな気がした。
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