第35話 始まる時


 あの騒動を経て、ついに再び学院に通い始めることになった。といっても残りの期間はテスト期間であり、これが終われば夏休みがやってくる。


 その夏休みの初めの期間は、魔法師対抗戦マギクラフトゲームが開催される。俺とアイリス王女は出場する気など毛頭無いが、これを機会に他の【原初の刀剣使いトリニティホルダー】との戦いを考えなければならない。


 彼女の予想では今回の魔法師対抗戦マギクラフトゲームで大きく状況が動く可能性があるという話だ。だからこそ俺たちもまた次の戦いに備えている。


「もうすっかり暑くなったわねぇ」

「そうですね」


 衣替えも終了し、制服は夏服へと移行した。真っ白な半袖のシャツに身を包み、俺たちは歩みを進める。


 隣り合って歩いているが、彼女はあの時のような厳しい表情を見せずにまるで向日葵のような快活な笑みを浮かべている。


 二重人格、とまではいかないが流石にそのギャップには驚いてしまうが……俺も人のことは言えないだろう。互いに譲れない目的があるからだ。


「そう言えば、ルーナ先輩は大丈夫でしょうか?」

「……どうかしら。そのうち勘付かれるかも」

「それでいいのですか?」


 周りに誰がいるのか分からないので、俺は敬語で話しかける。彼女と二人きりの密室以外では主人と護衛という立場で振る舞うようにしているからだ。


「いいのよ。ルーナもいつか使いたいと思っているし」

「それは……あの妖精猫ケットシーとしての能力ということでしょうか?」

「そうね。彼女を引き取ったのも、それがあったからだし」

「……そうですか」


 二人の仲がどのようなものなのか。出会いはどうだったのか。それは知らない。しかし、アイリス王女が打算的な思考からルーナ先輩を手元に置いているとすれば……いやこれ以上は考えても詮無いことだろう。


 アイリス王女は良くも悪くも、俺たちを利用するつもりでいる。そこに情などという余計なものを介在させるべきでは無いだろう。


 そう思って俺はその話題をそこで打ち切ることにした。


「あら。あれは、カトリーナさんね。サクヤ行ってきたら」

「……分かりました」


 その言葉の意味が俺は分からないほど鈍感では無い。すでにこの瞬間から【原初の刀剣使いトリニティホルダー】としての戦いは始まっているのだから。


 軽く小走りをして、カトリーナ嬢のもとへと向かう。


「カトリーナ様。おはようございます」

「さ、サクヤ……その。おはようございますわ」

「お加減は?」

「もうすっかり大丈夫ですわ。ご心配おかけしたようで」

「いえ。元気になられたようで、何よりです」


 ニコリと笑みを浮かべて話しかけながらも、俺は彼女の腰に差している聖剣にチラリと目を向ける。どうやらまだ……完全なる覚醒には至っていない。


 【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の中で一番に狙うとすれば、カトリーナ=フォンテーヌを狙うべきだ。それはすでに話し合いで出た結論であり、俺もそれに従っている。


「あら? サクヤってば、主人を差し置いて他の女性のところに行くなんて。全く、仕方がないわね」

「申し訳ありません。カトリーナ様のことが心配で、つい」


 と、そんなやりとりをするが彼女はそんなことは微塵も思っていない。そして軽くアイコンタクトでやり取りをすると、カトリーナ嬢はアイリス王女に挨拶を交わす。


「アイリス様。おはようございますわ」

「はい。おはようございます。私もカトリーナさんが元気になったようで、とても嬉しいです」

「もったいないお言葉ですわ」


 以前よりも柔らかくなったように感じる。俺と出会った時は何かに苛立ち、焦ってるような印象を受けた。しかし今は、しっかりと落ち着いてるように思える。


 心境の変化があったのだろうが、元々の彼女はこちらなのだろうかと思う。しかしその変化は俺たちとしても望ましいと思っている。


 聖剣の覚醒に間違いなく近づいている証拠だからだ。きっと遠くない未来で、カトリーナ=フォンテーヌは覚醒に至るだろう。その瞬間に聖剣を奪い取る。それがたとえ、彼女の未来を破滅させるとしても。


「そう言えばそろそろ魔法師対抗戦マギクラフトゲームが開催されますね。カトリーナさんは出場するのですか?」


 三人で校門を通り過ぎて、後者へと進んでいく。俺は一歩下がった位置で、二人の話を窺う。


「そうですわね。もちろん代表の座をかけて戦いたいと思いますわ。でも……その。サクヤは出ないんですの?」


 そう尋ねてくることは、すでに想定済み。もちろん考えてある答えをすぐに出す。


「はい。自分はアイリス様の護衛。離れるわけにはいきません。それに、自分の実力では代表選手になるなどとても……」

「そうですの。サクヤならいい線を行くと思いますけれど……」

「いえ。そんなことはありません。それよりも、カトリーナ様の戦いを楽しみにしております」

「そ、そうなんですの?」

「はい。カトリーナ様はお強いだけではなく、とても可憐です。大会ではその美貌でも観客の注目を集めるでしょう」

「そ……それは、まぁ。そう言ってもらって、嬉しいですけれど……」


 髪の毛を指先に巻きつけて、彼女は頬を赤く染めていた。するとアイリス王女がドンッと肩を思い切りぶつけてくる。


「ちょっと、露骨すぎない?」

「そうですか?」

「それになんかいい雰囲気みたいだし……」

「何か問題が?」

「別にっ!」


 ベーっと舌を出すと、最後に俺の足を踏もうとするのでそれは流石に避けておいた。キッと睨みつけてくるが普通に無視しておいた。


 そのやりとりは見られることはなかったが、それでもあまり距離感が近いような素振りは見せるべきではないだろう。どこから俺たちの関係を探られてしまうのか分からないからな。


 そして今日からまた、日常がやってくるのだった。



 昼休み。俺とアイリス王女は昼食をとりに、屋上へとやってきていた。すでにそこにはルーナ先輩もいるようだった。


「ルーナ。お待たせ」

「いえ。全然待っていないので、大丈夫です」

「ルーナ先輩。お待たせしました」

「サクヤはもっと早く来なさい」

「いえ……アイリス様と同じクラスなので、無理ですが」

「ふふ。冗談よ」


 クスクスと笑いを浮かべるルーナ先輩。彼女もまたあの日から色々と思い悩んでいたようだが、すっかり元気になったようだ。


「で、サクヤは魔法師対抗戦マギクラフトゲームに出ないの?」

「出ませんよ。アイリス様の護衛がありますし。それにこの学院の代表になるなんて、無理ですよ」

「でもあなた、強いでしょ?」

「この学院の中では一番ではないと思いますが。流石に」

「そっかー。まぁ……上級生の中には化け物みたいな人もいるしねー。無理もないかー」


 納得してくれるようだが、正直に言ってしまえばこの学院の中で俺に匹敵する人間はいないだろう。たとえ相手が【原初の刀剣使いトリニティホルダー】だとしても遅れを取ることはあり得ない。


 しかし、ここで馬鹿正直に力を見せては意味がない。あくまで俺の立ち位置は少し腕が立つ護衛という程度だ。


 あまり目立つようでは【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】に目を付けられてしまう。それだけはなんとしても避けたいからな。


「それにしても、サクヤがやって来てからかなり経つわね。早いものだわ」


 横に座っているルーナ先輩がそんなことを言ってくる。俺としてはこの王国には数年前から出入りしているのだが、屋敷にやってきてからはまだ短い期間しか経っていない。


 俺はそう思っているが、ルーナ先輩は違うようだった。


「そうね。サクヤが私の護衛になって、あっという間だわ」


 アイリス王女もそう口にするが、本当にそう思っているのか。それともただ話を合わせているのか。良くも悪くも、アイリス王女の真意は分からない。もちろん、それを深く知ろうとも思わないのだが。


 そうしてついに、テスト週間がやってくるのだった。



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