第33話 新しい日々
「う……うぅん……」
呻き声を出しながら、ルーナ先輩は目を覚ました。ちょうど俺は、彼女の寝ているベッドの隣で読書をしながら待っている最中だった。
「ルーナ先輩。お気分は?」
「あ、あれ……私どうして」
「きっと疲れていたのでしょう。一応、医者の方にも診てもらいましたが異常はないようですよ」
「そ、そう……あ!? アイリス様は!?」
と、大声を出した瞬間だった。扉にはちょうどアイリス王女が立っていた。
「ルーナ。目が覚めたのですね」
「あ、アイリス様……ご無事だったのですね」
「はい。サクヤが助けてくれましたから」
その言葉は嘘だった。あれから俺たちは改めて、今後どのように過ごしていくのか話し合いをすることになった。そこでルーナ先輩の話も、もちろんでたのだが……。
「ルーナにはまだ話せません」
「それはどのような意図だ? 彼女は使えるからこそ、置いているのでは?」
「ルーナ。それにバルツ。二人とも私が使えると判断した人間です。しかし、ルーナはまだ自分の力を十分に引き出せていない。
「……そうか。分かった」
「えぇ。だからサクヤもルーナのことは変に刺激しないようにね」
「あぁ」
そのようなやりとりをしたのはついさっきのことだ。ルーナ先輩はまだ秘められた能力が存在している。それは会話の中で言及されたわけではないが、暗にそう示していることは分かった。
「サクヤ……」
ギュッとルーナ先輩が俺の手を握ってくる。そんな彼女の瞳は潤んでいた。
「ありがとう……本当に、ありがとう。あなたがいなければ、どうなっていたことか……」
「いえ。自分は当然のことをしたままです。アイリス様の護衛なのですから」
「それでも、ありがとう……」
ツーっと涙が溢れる。彼女がどんな思いで待っていたのか、どれほどアイリス王女のことを想っていたのか、それは彼女の涙が如実に物語っていた。
「……いえ。自分は──」
その先の言葉をどう言っていいのか、俺は迷ってしまう。彼女が思うようなことを俺はしてきたわけではない。全ては打算の上に成り立っている関係だ。
互いに利用するだけの関係。
そこに情などありはしない。利用できるだけの力があるからこそ、俺はアイリス王女と協定を結んだ。それに俺は彼女を助けてわけではない。全てはアイリス王女のシナリオだったのだから。
そのような背景があるからこそ、素直に感謝の言葉を受け取るのは躊躇われた。
「ルーナ。もう泣かないで。私はここにいるから」
「ぐす……っ。はい、本当によかったです」
ルーナ先輩の髪を優しく撫でるアイリス王女の姿を見つめる。今の彼女は、普段と変わりはない。俺と会話をした時のような鋭い雰囲気は纏っていない。
一体彼女はどのような思いでルーナ先輩と話しているのだろうか。
滑稽と思っているのか? それとも、本当にルーナ先輩のことを想っているのか?
そんなどうでもいいことを思ってしまう。いや、分かっているさ。これは俺の目的には関係のないことだ。割り切ってしまえばいい。
しかし、この屋敷で過ごしてきたからこそ、人の暖かさを知ってしまったからこそ、俺は迷ってしまっているのかもしれない。
仮に、仮の話だ。
俺は彼女たち二人が死に追いやられそうになった時、助けることを選択するのだろうか。それとも自分の目的のためにその死を許容することができるのだろうか。
そんなことを考えてしまった。
ルーナ先輩に向ける笑顔とは、裏腹に──。
◇
病院。そこのある一室にやってきた俺は、ノックを三回ほどする。すると室内から、凛とした声が聞こえてくる。
「入ってかまいませんわ」
「失礼します」
そう。俺がやってきていたのは、カトリーナ=フォンテーヌ嬢の病室だった。もちろんそれは、ただ見舞いにやってきたと言うわけではない。
「本当に無事だったのですね……」
「はい。ご心配をおかけしたようで」
すでに彼女の元には一通の手紙を送っていた。あの時、彼女と別れた後、無事に逃げることができたと……そう記して。
ベッドにいるカトリーナ嬢の元にやってくると、俺は近くにあった椅子に座る。
「これ、お見舞いの品です」
「まぁ。果物ですの?」
「はい。何がお好きなのか分からなかったので、適当に見繕ってきましたが」
「ありがとうございますわ」
ニコリと微笑みを浮かべる。学院で見ていた姿とは異なり、髪をそのまま下ろしているのでどこか柔らかい印象だ。またそれは、見た目だけの話ではない。俺に対する接し方もまた、同様なものを感じ取っている。
「改めて、あの時は……庇ってもらって本当に感謝しますわ」
深く、とても深く頭を下げる。今まで俺に対して高圧的に接してきた彼女がどうしてここまで素直なのか……と思うが、それはすぐに明らかになった。
「いえ。当然のことをしたまでです。偶然にもあの後は
俺が微笑みかけると、彼女はまるで懺悔をするかのように言葉を続けた。
「……わたくしはその、あなたに対して自分の怒りをぶつけていただけなのです……」
「……そうでしたか」
「でも、他の団員に諭されてサクヤが死んだと思って……色々と自分を見つめ直すことができました。本当に無礼な振る舞い、申し訳ありませんでした」
「いえ、自分は気にしておりませんので」
彼女は再び頭を下げ、俺に対して謝罪をしてくる。俺はそんな彼女の謝罪を受け取る価値などない。この場にやってきたのも、今後の
アイリス王女と話した結果、まず相手にすべきは魔剣使いという結論に至った。それは
その中でもまだ覚醒していないカトリーナ嬢。俺たちが欲しているのは、完全に覚醒に至っている
またこの会話から
そうして俺は立ち上がると、この部屋から去ることにした。これ以上、得られるものはないだろう。それに彼女も自分の想いを吐露できて、満足してるようだった。
今後とも、カトリーナ嬢とはいい関係を築いてきたいと思っている。それがたとえ、相手を騙すことになったとしても。
「それでは、自分はこれで失礼いたします」
「わざわざありがとうございました。また学院で、お会いしましょう」
一礼すると、病室を後にする。そして曲がり角を曲がった瞬間、そこにはアイリス王女が立っていた。
「サクヤ。どうだった?」
「……情報は得ることは出来ませんでした。ただ自分に対する態度がかなり緩和していました。今後は容易に接することができるかと」
淡々と情報伝えると、なぜかアイリス王女はじっと半眼で俺のことを見つめてくる。
「……もしかして、変なことしてないわよね?」
「? 変なこと、とは?」
本当に心当たりがないので、素直に尋ね返す。すると、「なーんでもないっ!」と言ってくるりと翻るとスカートが少しだけ浮かぶ。
「帰りましょうか」
「はい」
アイリス王女は俺の方を向くことなく、ただまっすぐ正面を向きながら小さな声でこう言った。
「まだ戦いはこれからよ。気を抜かないでね」
「もちろんだ」
「そ。ならいいの」
タタタと前に向かって走ると、踵を返して俺のことを見つめてくる。その美しい瞳はまるで紺碧の宝石のよう。吸い込まれそうな彼女の瞳を、俺もまた見返す。
「サクヤ。あなたには期待してるからね」
「……あぁ」
二人で寄り添うながら、病院を後にした。
互いに確かな使命を胸に抱いて──。
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