第28話 星に願いを


 天に瞬く星々の光が、俺たちを照らす。その煌めきは妖刀の能力でもあり、俺の構築する世界でもある。


 ただしそれは、ベルターの【邪悪な夢想イヴィルレヴェリ】とは異なり相手に幻覚の類を見せているものではない。


 この世界は実際に、今ここに存在しているのだ。いうならば完全に外界から隔離された世界。


 そのことを理解してしまったベルターは、震えながら声を荒げる。



「ありえないっ!!? 人間に複数の【原初の刀剣トリニティ】を扱うことなど不可能だっ! それにこの世界は……っ!!?」



 そもそも、【原初の刀剣トリニティ】はその圧倒的な力から制御できるのは一人一本が限界だろう。


 では、なぜ俺が複数の【原初の刀剣トリニティ】を保持しているのか……。



「お前にそのことを言う義理はない。大人しくここでたおれろ」


 転瞬。


 地面を思い切り蹴り、そのままベルターの方へと駆け向けていく。



「ぐ……ッ! こんなところで負けるわけにはいかないッ!!」



 ベルターにも意地があるのか、再び邪悪なる夢想イヴィルレヴェリを解放。この世界をさらに上書きしようと努めるが、それは全くの無意味だった。


 俺が緋色の妖刀を一閃すると、彼の上書きしようとした世界は雲散霧消していく。



「それは何だッ!? その【原初の刀剣トリニティ】は何だッ!!?」


 

 あまりの動揺にそう尋ねるしかないようだ。しかし、俺がそれに言葉にして答えることはない。


 俺が現在保持している妖刀の銘は、【妖刀──煉獄焔れんごくほむら】。


 炎をつかさどる妖刀である。


 ベルターはこの妖刀に何か特殊な能力があって、打ち消されてしまったと考えるがそれは違った。


 俺はただ、真正面から相手の世界を切り裂いただけ。


 そもそも今回発動した【妖刀──星喰ほしはみ】の能力は、外界から切り離された空間を生み出して、その空間の中でだけ彼は複数の妖刀を使用できるというもの。


 この空間にも、この妖刀にも、ベルターが考えているような意味はない。



「──もう、終わりにしよう」



【妖刀──煉獄焔れんごくほむら】を下げながら、俺はベルターの方へと歩みを進めていく。もはや、相手に為す術などない。


 【原初の刀剣トリニティ】の真価である能力を完全に完封され、剣技でも圧倒されることはもはや自明。


 ベルターの敗北はもはや必至。その事実から逃れることはできない。



「う、うわああああああああああああああああッ!!」



 ついに叫びながらベルターは後方へと逃げ始めたが、この原初の世界では果てなど存在しない。


 ここは最果ての星空。


 かつて世界が生まれたばかりの星空と、俺の故郷の星空を合わせて具現化している世界。だからこそ、逃げようと思えばどこへだって行けるが……この世界は俺の世界でもある。


 そう易々と逃すわけはない。


 駆ける。


 姿勢を低くして、そのまま妖刀を地面と並行に構えて進み続ける。



「来るなッ!! 来るなああああああああああああああああッ!!」



 最後の足掻きなのか、彼は魔法を発動して幾重にも重なるようにして氷壁アイスウォールを生成。それを壁にするようにして、当てもなく走り出していく。


 その様子を見て、俺は立ち止まると納刀。


「……」


 沈黙。


 そして、その妖刀を構えると抜刀術の態勢へと切り替える。腰をぐっと落とし、逃げるベルターの姿をイメージで捉える。


「みんな、俺は──」



 その瞬間。俺の背後には一族の人間の亡霊が宿っていく。何人もの人間からどこからともなく現れると、それが一気に収束していく。


 俺は一族の悲願を、その技の全てを引き継いでいる。


 時雨一族の一人一人がその一生をして積み重ねてきた剣技。妖刀を支配するために、それに呑まれて死んでいった一族の人間は多い。


 しかし、その無念、その怨念、その悲願は、全て俺が背負っている。



 ──この最果ての星空の星々すべては、一族の人間の願いなのだ。



 そう俺の真の目的は全ての【原初の刀剣トリニティ】を収集し、世界から消滅させること。全ての【原初の刀剣トリニティ】を消滅させることこそが、俺たち一族の悲願なのだから──それがたとえ、千年という莫大な時間がかかろうとも変わることはない。



 そして、星の光が一気に瞬くと、それが妖刀に宿る。


 俺は一族が幾星霜いくせいそうの果てに辿り着いた剣技──【秘剣】を発動した。





星統羅刹流せいとうらせつりゅう──第三秘剣:熾天蒼炎してんそうえん





 抜刀し、一閃。


 それは横ではなく、縦に走らせる抜刀術。


 圧倒的な速さで放たれたその斬撃は、地面を駆け抜けていく。その斬撃には青い炎が纏っていた。


 綺麗な青白い光が縦に走ったと思った瞬間、ベルターにそれは直撃した。



「あ、ああああああああああああああああああああああああああッ!!」



 絶叫。


 青い炎に包まれながら、ベルターはその場に倒れ込んでいく。その際に手放す魔剣。そして彼はそのまま意識を失っていく。どうやら、ギリギリのところで魔剣で防がれたので死に至ることはなかったようだ。


「……終わったか」


 歩みを進める。


 そして俺はこの世界を解除する。そうして、その世界が崩壊していくと右手には【妖刀──星喰み】が握られていた。


 その刀をベルターに向ける。


 すると彼の頭から魔素マナが溢れ出して、妖刀に吸収されていく。


 【妖刀──星喰み】。その真価はこの星ですら喰らい尽くす能力。喰らったものはすべて俺の制御下に置かれる。


 今奪っているのは、ベルターの記憶だ。この戦いでの記憶だけでなく、【原初の刀剣トリニティ】の情報を全て刈り取っていく。


 全ては今後の【原初の刀剣使いトリニティホルダー】との戦いを考えての行動。まだ俺がこの王国で手に入れた【原初の刀剣トリニティ】は一本。


 またカトリーナ嬢の【原初の刀剣トリニティ】を奪ってもいいのだが、肝心なのは完全に解放されている【原初の刀剣トリニティ】を集めること。


 今はまだ時ではないと考え、彼女はそのままにしておいた。といっても彼女の記憶も最低限は奪っておいた。俺の姿を見ていないとはいえ、念には念を入れる。


「あとは、これだけか」


 歩みを近づける。


 壁に吊るされているアイリス王女を下ろして、横に寝かせる。



 彼女の護衛になったのは、全て俺の計画だった。



 二年前から密入国して情報を集めた。そこでアイリス王女が護衛を探していると言う噂を聞いた。あとは入念に準備を重ねて、彼女を誘拐するように仕向けた。


 ちょうど彼女を狙っている人間がいたので、それを利用したのだ。そこで力を示して、護衛として雇ってもらう。色々と博打な部分はあったが、無事に潜入はできた。


 あとは目的である、【魔剣──死の白剣タナトス】を奪い取るだけ。


 俺は【妖刀──星喰み】を彼女の上に掲げると、その中に眠っている【死の白剣タナトス】を奪い取ろうとするが……後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。




「サクヤ殿。それはやめておいた方がいい。いかにその妖刀であろうと、アイリス様の魔剣は取り出すことはできない」




 バッと後ろを振り向く。


 そこに立っていたのは、バルツさんだった。いつものように燕尾服を着て、いつの間にかそこに立っていたのだ。



「バルツさん……どうしてここに?」



 ──まさか、今まで隠れていたのか? やるしかないか……しかし……。



 俺はバルツさんが近づいてきていることに気がつかなかった。だからこそ、ここまでの接近を許してしまったが……。


 迷う。正直なところ、まだ戦うことができる。しかし、相手が【原初の刀剣使いトリニティホルダー】であるとすれば状況は変わってくる。


 改めて【妖刀──星喰み】を握りしめると、俺はじっとバルツさんを見据える。



「サクヤ殿。そこまで殺気立つ必要はありません。私はただ、二人を迎えにきたのですから」

「迎えにきた……?」

「はい。そろそろ【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】がやってきます。行きましょう」


 その言葉と態度からして、敵対の意志はなかった。そして俺が未だに身構えていると、後ろで横になっていたアイリスが目を覚ます。


 彼女はすぐに立ち上がると、グッと体を伸ばす。まるで今の状況を全て理解しているかのような言動だった。


「バルツ、状況は?」


 金色の髪を後ろに流すと、冷静にそう尋ねる。まるでこの時を待っていた時のような口調だった。


 それにいつもと雰囲気も異なる。それは張り詰めたような、鋭いものだった。



「アイリス様。全て計画通りでございます」

「そう。ならいいわ。サクヤ、戻りましょう屋敷に。そこで全てを話しましょう。私たちの目的を」



 互いに視線を交わす。


 いつものような柔らかい雰囲気ではない。ひどく張り詰めた、冷徹な表情をしている。俺はその言葉に従うか迷っていた。


 元々、ここでアイリス王女の魔剣を奪ってから行方をくらませようと思っていたからだ。


 そのように今後のことを考えていたが、バルツさんがやってきた上にアイリス王女が屋敷に来るように誘ってくる。



 ──目的? それに計画通り? もしかして……。



 と考えるがここは話に乗っておくことにした。それは今までのアイリス王女とあまりにも違う雰囲気に何かを感じ取ったからだ。


「分かりました」


 そうして俺たち三人は屋敷へと移動していくのだった。

 

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