第27話 最果ノ星空


 俺は彷徨亡霊レヴナントに飲み込まれてしまった。そうしてやってくるのは、ただの暗闇。この心の全てを侵食されていくような感覚。


 だがそんなものは俺にとって些事に過ぎない。


「……こんなものか」


 切り裂く。


 彷徨亡霊レヴナントを持っている魔法剣ウォンドで断ち切ると、俺はこの世界に戻ってくる。


 大雨が降り注ぐが、今はそんなことはどうでもよかった。すでにカトリーナ嬢はいない。そしてどこに向かうべきか考えていると、本当に僅かだが魔素マナの兆候を感じ取った。


 本当に一瞬。感知できるのはギリギリだったが、地下空間に結界が張られたのだけは理解できた。


 そうして俺はその場所へと向かっていく。地下への入り口を見つけ、扉を開けるのではなく切り裂く。


 そして俺は、今回の件の首謀者であるベルターと向き合う。そのまま躊躇なく、俺は妖刀の能力を開放する。



 俺を中心にして溢れ出る紫黒しこく魔素マナ 。それが彼の体を全て覆っていくと、その右手に一気に収束。


 そして、顕現するのは──【原初の刀剣トリニティ】。


 その中でももっとも異質な存在とされている、妖刀だ。


 その刀身は魔素マナ と同様に紫黒に染まっている。また、溢れ出る魔素マナ を全て凝縮しているのか圧倒的な威圧感を放っているそれを見て、理解出来ない者などいない。


 これは間違いなく、【原初の刀剣トリニティ】であると。



「……」


 妖刀を顕現させると、それを元々所持していた魔法剣ウォンドに重ねるようにして腰に差した。


 そして俺は改めて、ベルターと向き合うのだった。


「ふふ。フハハッ!! それが妖刀、妖刀なのかっ! 素晴らしい。聖剣とも、魔剣とも全く違うその【原初の刀剣トリニティ】。あぁ、二年前にその妖刀を見てから私はずっと求めていたのだよ……」


 うっとりとした表情でそう語る。


 そう。この二人の出会い自体は、二年前にすでに終わっている。ベルターはちょうど【原初の刀剣トリニティ】を収集するために他国から入国、その一方で俺はある目的のために正規に入国する前から、不正入国を繰り返していた。


 その時に偶然出会ったのが、始まり。


 互いにその顔を見ることはなかったが、互いに【原初の刀剣使いトリニティホルダー】であることは分かっていた。


 かたや、魔剣。

 かたや、妖刀。


 互いに互いの【原初の刀剣トリニティ】を奪うために、この二年間は過ごして来たと言っても過言では無い。


 俺の真の目的は、この世全ての【原初の刀剣トリニティ】を収集すること。そのために、俺はここまでやってきたのだから。



「──その魔剣はいただく」



 冷然と告げる。


 そして、妖刀を構える。


 地面に水平になるように、上段に構える。互いに距離感を保ちつつ、視線を逸らすことはない。


「ふふ。君もそうだったのだろう? この王女に宿る【魔剣──死の白剣タナトス】を欲していた。だからこそ、彼女の護衛となった。まぁ流石に、君のようなよそ者を採用するとは思ってもいませんでしたが」


 肩を竦めるようにして、話を続ける。ベルターが饒舌なのはきっと、

刀剣狩りファントム】である俺に会えたことの悦びなのだろう。


 さらにはこの場にはすでに四本の【原初の刀剣トリニティ】が揃っている。心が躍らずにはいられないのは間違いないようだ。


「……」


 距離感を取り続ける。


 一定の間隔を取って、俺は決して相手から目を逸らすことはしない。一切の油断などない。


 ベルターといえば油断しているようにも見えているが、実際のところは違う。互いのその【原初の刀剣トリニティ】の性質はまだ理解していない。


 探り合い。


 この会話を挟みつつも、ベルターは俺の妖刀の能力を探っている。それこそ妖刀は現在世界では確認できていない【原初の刀剣トリニティ】。


 東洋の地に集中しているという噂もあるが、それを確認した者はほとんどいない。この王国に関していえば、聖剣と魔剣こそが【原初の刀剣トリニティ】として有名である。


 妖刀に関しては全くの謎に包まれていると言ってもいい。


 それに加えて妖刀はすでに東洋にはない。世界に散り散りになっているというのは、有名な話だ。もっとも俺は妖刀の存在を全て知っているのだが。



「【魔剣──死の白剣タナトス】。その性質はおそらく、【原初の刀剣トリニティ】の中でも最強格なのは間違いない。【原初の刀剣使いトリニティホルダー】は誰もが、彼女に眠っているその魔剣を欲しがっている。ふふ……おそらく、この戦い勝利した方がそれを手にすることができる。あぁ、本当に心が昂るッ!!」


 喜びを言葉にして表現する。


 転瞬。俺は話している最中を狙って、地面を思い切り踏み締めて移動。その速度は並みの魔法師では補足することすらできないだろう。


 しかし、ベルターはその刀を真正面から受け止める。


 鍔迫り合い。ベルタの方は短剣ショートだというのに、俺の刀を完全に受け止めていた。


 その事実に少しだけ驚くが、動揺したりはしない。


 【原初の刀剣使いトリニティホルダー】同士の戦いで重要なのは、純粋な剣技だけではない。その【原初の刀剣トリニティ】に宿る真の能力をどのように使うのか。


 それこそが真の戦いと言ってもいいだろう。



「はははっ! さぁ、私を楽しませてくれっ! 【刀剣狩りファントム】!!」



 その後。俺たちはまだ能力を解放せずに、その剣戟のみで戦いを繰り広げる。切り札を出さずに制圧できるのならば、それに越したことはない。


 それにすでにベルターの方は一度だけ、能力を解放している。


 そのようなこともあって俺はまだ能力を出さない。


 しかし、刀による剣技で縦横無尽に攻め続けるが……致命傷を入れることは敵わない。


 ベルターは魔剣の力により、全体的な能力が向上している。それは魔法的な面でも、身体能力的な面でも。だからこそ俺の攻撃についていくことは、比較的容易だった。


「……フッ」


 肺から一気に空気を吐き出す。

 

 キィイイイイインと甲高い音が何度も響き渡る。


 火花が散り、その度に互いの刀剣が交わる。俺は淡々と相手の隙を窺うが、お互いに理解していた。これ以上は不毛な戦いであり、すでに【原初の刀剣トリニティ】の能力で決着することは明らかであると。



「ふふ。ははは! あぁ……最高だとも。その【原初の刀剣トリニティ】は本当に素晴らしい。だからこそ、それは──私のものだ」



 一瞬。


 俺が仕切り直すために一歩だけ下がったその時を狙って、ベルターは再び【原初の刀剣トリニティ】の能力を解放。カトリーナ嬢に使ったその能力の真価は理解できていない。


 あくまでその兆候を理解したというだけだ。



「夢へいざなえ──【邪悪なる夢想イヴィルレヴェリ】」



 その言葉が聞こえたと思いきや、俺はたった一人。暗黒の世界へと引き摺り込まれた。


「さて、君の夢はどのような夢かな? おおよそその年齢で【原初の刀剣使いトリニティホルダー】になっている君のことだ。真っ当な人生は送ってはいない。さぞかし、素晴らしい悪夢を見ることができるだろう……」


 脳内に直接響くその声。


 それに対して俺はただ無表情かつ、無反応。刀を握り締めたまま、呆然と立ち尽くしていた。


 またベルターの指摘は当たっている。俺のその人生は、おおよそ普通のものではない。



「さぁ、夢の世界で溺れ死ぬがいい」


 目の前に現れるのは、俺の一族。


 黒髪かつ、黒い瞳。何人もの人間が現れて、俺の方へと近づいていく。


 しかし、ベルターは様子がおかしいことに気がつく。その人間たちは、呪詛を吐き出さない。


 それに、俺に眠る悪夢が何度も繰り返されないのだ。


 俺を中心にして集める人間たち。それは側に寄り添うだけで、何も行動を起こさない。


 それと同時に俺はこの世界を見渡して、おおよその能力の真価を理解した。



「ど、どういうことだ……ッ!!? この世界に抗える者など存在するはずがないッ!!」



 たとえトラウマを持っていない人間であったとしても、ベルターは他の人間から抽出した惨劇を見せつけることができるのだろう。それを実際に行使しようとしても、この世界は俺の思い通りには動かない。


 まるで何かに阻害されるかのようにして、世界は固定されているのだ。


 そして俺は事実を告げる。



「だから言っただろう。お前程度の【原初の刀剣使いトリニティホルダー】では、俺に届かないと」


 

 その言葉を告げたと同時に、あろうことか右手に握り締めている【妖刀】を自分の心臓に突き立てる。


 融解するように上半身の衣服が魔素マソへと変換され、パラパラと宙に舞う。


 俺の体に刻まれているのは、おびしい量の紫黒の呪印じゅいん。それは腰から首にかけて徐々に顕在化けんざいかしていく。


 そして心臓に突き刺している【妖刀】を思い切りねじると、俺はこう呟いた──。





「原点解放──最果ノ星空ソラノカナタ





 刹那。


 【妖刀──星喰み】は魔素マナ へと変換され、その粒子が一気に新しい世界を構築していく。


 先ほどと同じ、この世界は暗闇に支配されている。


 しかし、俺たちの頭上には見渡す限りの星々が輝き、きらめいていた。


 爛々と輝く星々の下で立ち尽くす俺たち。


 すでにベルターの姿は、俺の正面にある。完全に【原初の刀剣トリニティ】の能力を上書きされてしまたからだ。


 そしてサクヤはその右手に全く別の新しい妖刀を顕現させる。真っ赤な粒子が一気に収束すると、そこに現れる別の妖刀だ。



「な、は……あ……!? まさか、お前……複数の【原初の刀剣トリニティ】を扱うことができるとでもいうのかッ!?」



 驚きの声を上げる。そもそも、【原初の刀剣トリニティ】はあまりにも強力なために制御できるとしても一人一本が限界。だというのに俺はこの世界で二本目の全く別の【妖刀】を展開したのだ。


 そのありえない現象に狼狽うろたのも無理はなかった。


 そしてその紅蓮の【妖刀】を構えると、改めて告げる。



「ここは原初の世界。さぁ、せいぜい足掻あがくがいい」



 最後の戦いがついに幕を上げる──。

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