第26話 妖刀──星喰み


 たった一人でたどり着いた地下空間。そこでは、壁に吊るされたアイリスとメスを研いでいるような動作をしているベルターがいた。


 サクヤの証言、それにこの状況を見てただ事ではないとカトリーナは理解する。


「ドクター。あなたがここ最近の彷徨亡霊レヴナントを操っていたと……?」


 聖剣を構えて、そう尋ねる。


 その問いに対して、ベルターはこのように答えた。



「そのことは君に言う義務は僕にはないね。ただ一ついうことがあるとすれば、カトリーナ=フォンテーヌ。君はここで死ぬということだけだ」


 ニコリと優しい笑みを浮かべる。それはその言葉でなければ、きっといつものベルターであると彼女は安堵していたことだろう。


「わたくしを殺すと……?」


 緊張感が漂う中、彼の瞳をじっと見つめる。その双眸はまるで何の光も写していないかのように、暗く染まり切っていた。


「欲しいのはその【原初の刀剣トリニティ】だけだ。それに、この場を見られてただで返すわけにはいかないだろう?」


 まるでそれは当然だろう、と言わんばかりベルターは微かに笑みを浮かべる。


 ついに直面してしまった、【原初の刀剣使いトリニティホルダー】との戦い。はっきりいってカトリーナの戦闘経験はまだ浅い。


 【聖剣】に対する適性があるだけで、戦闘技術は【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の中でも一番下に位置しているのは間違いない。



「おや、震えているのかい? でも大丈夫さ。すぐに楽になるのだから」



 ここに漂うのは、明確な死のにおいだった。


 真っ黒な魔素マナ が充満しており、ここでどのようなことが今まで行われてきたのか。それを考えるだけでも、カトリーナは逃げ出してしまいたくなる。


 いやきっと、ここから逃げ出して助けを求める方が賢明なのでは?


 そのような思考が一瞬だけ過るが……。


「おっと。一応言っておくが、この空間はすでに固定しておいた。外部からの干渉はおそらく、しばらくはできないだろう。君を殺して、この王女から魔剣を取り出すのは容易なことだ」


 その言葉は事実だった。彼女は感覚的に理解していたが、この地下に入った瞬間には周囲には強固な結界のようなもので覆われてしまった。


 自分の軽率な行動に後悔してしまうが、彼女としてはある思いがあった。



 ──ここでわたくしが勝てば、全ては無事に終わりますわ。そう勝てば、勝てばいいんですわ。


 

 自分自身を振り立たせる。


 ここで逃げるなど、そもそも【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の恥である。それに彼女はサクヤに救ってもらったからこそ、アイリスを助けなければならないという使命感があった。


 ここで聖剣を覚醒させることができなければ、そもそも自分には【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】である資格はない。


 彼女はそのように考えて、構える。上段に【聖剣──不滅の炎剣フェニックス】を構えると、その能力を解放する。



「舞い踊りなさい──【不滅の炎剣フェニックス】」



 その言葉を起因として、その聖剣には紅蓮の炎が宿る。まだ完全に引き出すことのできな能力。真の【不滅の炎剣フェニックス】はその剣身に真っ青な炎を宿し、自由自在にその炎を操ることができる。


 その領域にまだたどり着いていない彼女だが、ここで引くわけにはいかなかった。


「【聖剣──不滅の炎剣フェニックス】。あぁ、知っているとも。しかし、君はまだその聖剣を完全に自分のものにしていない。そんな状態で、私の魔剣に勝てるのかな?」


 右手に構えているのは、短剣ショート。しかしその色は、漆黒に染まり周囲には目に見えるほどの魔素マナ が十分に溢れかえっていた。


 聖剣に関していえば、その能力は明らかになっているものが多い。カトリーナの【聖剣──不滅の炎剣フェニックス】自体も、その能力はすでに有名である。


 魔術師の間では尊敬の視線を送られるが、こうして【原初の刀剣使いトリニティホルダー】同士の戦いになればそれは致命的だった。


 ベルターはすでに彼女の聖剣のことを十分に熟知している。今回の件に関して、【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の介入があることは予想していた。


 だからこそ、公開されている団員の聖剣の能力は頭に入れていた。それにカトリーナがまだ不完全であることは、簡単に集めることのできる情報だった。



「……わたくしは、絶対に負けませんわッ!!」



 彼女の意志に反応したのか、【聖剣──不滅の炎剣フェニックス】はさらに炎を纏う。しかしその色は依然として青に変化することはない。さらに、炎を自由自在に操ることもできはしない。


 それでも彼女は自分の命をかけて戦うと決めたのだ。


 それこそが【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】に所属し、【原初の刀剣使いトリニティホルダー】である自分の使命だと分かっているからだ。



「はああああああああああッ!!」



 吶喊とっかん


 己を鼓舞するように大声を上げて、駆け抜ける。すでに【不滅の炎剣フェニックス】の解放により、身体強化が施されている。そして、上段から【不滅の炎剣フェニックス】を振るう。


 その一撃を、ベルターは魔剣で真正面から受け止めた。


「ふむ。なるほど……この程度か」


 カトリーナは両手で思い切り【不滅の炎剣フェニックス】を握り、渾身の一撃を叩き込んだと思っていた。だが、ベルターの技量は完全に彼女よりも上。剣技の面でも、魔法の面でもカトリーナが叶うことはなかった。


 その後、繰り広げられるのは一方的な展開。


 皮膚を裂かれ、鮮血が飛び散る。しかしそれでも、カトリーナが諦めることはなかった。


 もう逃げ出してしまいたい、諦めてしまいたい。そんな考えが過ぎってしまうが、それでも懸命に挑み続けた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ふむ。サンプルはこの程度か。君の能力の限界は見切ったよ。それにしても、聖剣は素晴らしいね。是非とも、次の研究に活かしてみたい」



 冷静に、ただ淡々と血塗れになっているカトリーナにそう告げる。今までの攻防は、ベルターにしてみればただ聖剣の性能を調べているだけに過ぎなかった。

「さて、もう君はいらないよ。死ぬといい」


 スッと魔剣を満身創痍の彼女に向けると、彼は能力を解放した。




「夢へいざなえ──【邪悪な夢想イヴィルレヴェリ】」




 瞬間。カトリーナの意識は全くの別のところへと飛ばされてしまう。


「ここは……?」


 たった一人で立ち尽くしている暗闇。そこには何も映っていなかった。ただただ暗闇が広がっているだけであり、ポツンと一人で立ち尽くしている。


「ここは夢の空間。君の心の中さ」


 どこからともなく、脳内に反響するようにしてベルターの声が聞こえてくる。


「……夢?」

「そう。君が見てきた夢、その心。全てを暴き出すのが、この世界だ」


 呆然としていると、現れるのはサクヤだった。その体からは血を流し、よろよろと近づいてくる。


「お前が、お前が殺したんだ」

「ひっ……」


 近づいてくるのはサクヤだけではなかった。数多くの人間が彼女を取り囲むようにして、まるで呪詛じゅそのような言葉を投げかけてくる。



「そうだ。お前が殺した」

「お前がいなければ、助かる命はあった」

「殺した。お前が殺した」

「殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した、殺した──全て、お前のせいだ」


 

 【魔剣──邪悪なる夢想イヴィルレヴェリ】。


 精神に直接作用させる【原初の刀剣トリニティ】。


 その真価は対象のトラウマを呼び起こし、夢の世界でその精神を崩壊させるものだ。さらにはベルターの思うままに、状況を操作できる。幾度となく繰り返される、死の瞬間。


 それを何度も否応なく直面するしかない彼女は、悲鳴をあげるしかなかった。



「い、いやああああああああああああああああああっ!!!」



 視界に移り、彼女に手を伸ばしてくる存在。それは全て彼女が今まで見てきた犠牲になった人間だった。助けることができない後悔に苛まれている彼女だからこそ、この夢の世界は容赦無くカトリーナに現実を突きつけてくる。


 自責の念が大ききれば大きいほど、精神は擦り切れるように磨耗していく。



「あぁ……ああ……あぁ……わ、わたく……し、は……」



 夢の世界から戻ってきた彼女。


 なんとか意識を保ってはいるが、聖剣を手放し地面に倒れ込む。未だに彼女の脳内では、幾度となく死の瞬間がリフレインしていた。


 トラウマとも呼ぶべきその瞬間を、繰り返し続けた彼女はすでに廃人寸前。しかし、まだギリギリのところで自我を保っていたのだ。


「おぉ。これに耐えるのか。果たしてこれは、本人の精神力なのか。それとも【原初の刀剣使いトリニティホルダー】だからこそなのか……非常に興味深い結果だ」


 この惨状を見て、ベルターはその結果を考察するだけだった。慈悲などありはしない。予想とは異なる結果に、ただ驚いている。それだけである。


「さて、もういいだろう。引導を渡してあげよう」


 十分なデータを取ることはできた。最後はその魔剣で喉を掻き切って終わりにしよう。そう思っていた瞬間、コツコツと階段を降りてくる音がした。


 この領域に侵入するには、まだ時間がかかる。ならば一体誰が来たのか。


 そして、この室内に入ってきたその存在を見た瞬間……ベルターは歓喜の声を上げるのだった。



「あぁ! やはり君こそが、【刀剣狩りファントム】だったのかっ! あぁ、分かっているとも。君と私の因縁は二年前のあの時から始まった。今日のこれも、全ては君のためだったんだ。良かったよ、こんな雑魚ではなくて【刀剣狩りファントム】が来てくれて」


 わらう。


 それは純粋なる喜びだった。まるで無邪気な子どものような。


「……」

 

 【刀剣狩りファントム】と呼ばれた人間は、この惨状を冷静に見つめる。


 壁に吊るされているアイリス。それに、地面に平伏しているカトリーナ。


 それを確認しても、その表情が揺らぐことはなかった。



「【刀剣狩りファントム】。いや、こう呼ぶべきかな──」



 そしてベルターは、【刀剣狩りファントム】の真の名前を告げる。




「──ようこそ、サクヤ=シグレ。【原初の刀剣使いトリニティホルダー】である君と殺し合えることを、心から楽しみにしていたよ」




 その言葉を聞いて、サクヤの表情も心も決して揺らぐことはない。



「──お前の【原初の刀剣トリニティ】をいただく」

「僕に勝てるとでも?」

「逆に聞こうか。お前程度の【原初の刀剣使いトリニティホルダー】が俺に勝てると思っているのか?」



 サクヤの雰囲気も、口調も今までとは全く違う、まるで別人のような振る舞い。


 そして彼は右手をスッと構えるとこのように──呟く。



「喰らい尽くせ【妖刀──星喰ほしはみ】」

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