第14話 因縁

 

 月曜日。


 再び学院での生活が始まる。しかし、どうやら今日はいつもと違って教室が騒がしいようだった。


「ねぇ聞いた?」

「うん。彷徨亡霊レヴナントが出たんでしょ?」

「【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】が対処したって聞いたけど、最近多いよね……」

「だね。ちょっと怖いかも……」


 そのような話が、教室内では広がっていた。誰もが彷徨亡霊レヴナントの話をしているのは当然俺たちの耳にも入った。


彷徨亡霊レヴナントですか。アイリス様は見たことはありますか?」

「一度だけ、ですね。あれは何というべきでしょうか。禍々しい存在……としか。こればかりは、会ってみないとなんとも」

「……なるほど。そうですか」


 机に座って、いつも通り授業を受ける態勢に入る。そんな中、否応なしに入ってくる噂。


 ──彷徨亡霊レヴナント


 その存在が確認されたのは、魔法革命が起きたとほぼ同時。あまりにも強大すぎる力を持つその魔物は、最高危険度のSランクに指定された。


 彷徨亡霊レヴナントと戦って命を落とした魔法師も少なくはない。そのようなこともあり、現在は主に【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】が対応している……ということらしい。



「見て、フォンテーヌ様よ」

「まぁ。彼女ならきっと……!」

「えぇ。彼女がいるんですもの。きっと大丈夫ですわ」



 他の生徒たちはカトリーナ嬢の姿が見えると、その元に集まっていく。それはきっと彷徨亡霊レヴナントに対する恐怖心ゆえの行動。


 この王国に蔓延はびこっている危険度Sランクの魔物。しかも効果的な対処法が確立されていないので、その恐怖心はもっともなものだろう。



「皆さん。落ち着いてください。彷徨亡霊レヴナントは我々【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】が対処いたしましたので。大丈夫ですわよ」



 毅然とした様子で、彼女の凛とした声が教室内に響き渡る。


 すると緊張感の漂っていた教室に、安堵感が生まれる。


 その一方で俺はアイリス王女に別の話題を振る。


「アイリス様。【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の方々とも会ったことはあるのですか?」

「そうですね。私も変則的な形にはなりますが、【原初の魔剣使いトリニティホルダー】ですのでお会いすることはあります」

「……なるほど。そうなのですか」


 ──【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】か。彷徨亡霊レヴナントを圧倒できるだけの力がある。それに、王国民の信頼も厚い。ならば、狙うべきは……。


 と、一瞬だけ思案していると担任であるリア教諭が教室に入ってくる。


「はいはーい。彷徨亡霊レヴナントはちゃーんと、処理されましたよー。皆、席についてくださいね」


 そして、生徒たちはぞろぞろと自分の席へと向かっていく。


 その中でおそらく俺だけが気がついていた。


 一瞬だけ顔を歪めているカトリーナ嬢の存在に。


 一体彼女は何を思って、そんな表情をしているのか。それは俺には全く理解できなかった。



 †



「それでは今日は、魔法の授業をしていきますね」


 午後。


 外の演習場に集合する生徒たち。午後の授業は、魔法専攻または鍛冶師スミス専攻に分かれる。


 俺たち二人は魔法専攻を選択。


 この授業の担当もまた、リア教諭だった。彼女は魔法に関してはスペシャリストであり、一時期はAランクギルドに所属していたと聞いた。その実力は折り紙付きだ。

「ではまず、一人一人の魔力を測っていきましょうか」


 測定器をそれぞれの生徒に配っていくが、俺は冷や汗を流していた。


「あ、アイリス様……これは非常にまずいのでは?」

「そ、そうですね。でも、やらない……というわけにもいきませんし」


 ついに俺たちも測定器を受け取る。そのガラスの管をじっと見つめるが、これに関しては力を抜く……ということはできなかった。



「すごい、すごい! フォンテーヌ様は97だって!」

「97!? 流石の【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】ね!」

「俺たちなんか、足元にも及ばないな」

「あぁ。やっぱ【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】は違うよなぁ」



 生徒たちが測定を始める中、アイリス王女もまた測定を開始。以前よりも少しだけ高い、92を記録。


 そして記録をリア教諭へと伝える。そうしてほとんどの生徒が測定を終えるのだが、俺だけはまだ測定をしていなかった。


「えっと。後はシグレくんだけなんだけどな〜? その、大丈夫?」


 ニコッと人の良さそうな笑顔を浮かべると彼女は俺のもとに近寄ってくる。

「えーっと……その。やってもいいんですが、壊れると思うんです」

「壊れる? それってどういう意味かな?」

「仕方ありません。やってみますね」


 魔力を込める。すると次の瞬間には、パリンと音を立てて測定器は砕け散ってしまう。


「え……? 測定器が壊れた……?」

「すみません。前からずっとこうなるようで」

「特殊な魔力……じゃないよね。感じたのは普通のものだったし。とすれば、測定器が倒れないほど魔力が膨大ってこと、かな?」


 そのように結論付けると、生徒たちには一気に動揺が広がっていく。



「測定不能?」

「そんなの、みたことある?」

「いや……ないな」

「それこそ、【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】の上位のメンバーしかあり得ないんじゃないか? そもそも100ならまだしも、壊れるほどの魔力なんて……」

「まさか、アイリス王女の護衛なのは伊達じゃない……ってことか?」

「そうかも。もしかしたら、すごく強いのかも」



 その声を切り裂くようにしてカトリーナ嬢は俺の方へと歩みを進めると、キッと厳しく睨み付ける。


「ふん。あまり調子に乗らないことねっ! 何も魔法師の力は、魔力だけではありませんことよっ!」 


 その言葉を聞いて、他の生徒たちも同調していく。


 そうだ。仮に魔力が多いからなんだというのだ。カトリーナ嬢の主張を他の生徒たちも支持し始める。


 刹那。ブワッと大きな風が生じるが、それはもちろん出力は抑えてあった。


「はいはい。皆、そこまでね。それでは授業を始めていきますよ」


 中剣ミドルを軽く振るって、その威力。流石はこの学院の教員であると、全員が改めて認識する。


「ねぇサクヤ」

「どうかしましたか、アイリス様」


 授業が進行していき、それぞれの生徒が魔法を発動している最中。アイリス王女がそっと俺の側に近づいてくる。


「私はずっと味方だからね。大丈夫だよ」


 優しく触れるその手はいつもと同じ温もりがあった。


「アイリス様。ありがとうございます」


 自然な笑顔を浮かべる。二人の関係も、出会った当初から変わりつつあった。それはきっと、確かな信頼感が生まれているからだろう。


 その後。


 魔法の発動が終わったのだが、一番の成績を残したのはカトリーナ嬢。その次にアイリス王女。一方で色々と期待されていた俺は最下位だった。


「あっれ〜? おかしいねぇ。あれだけの魔力があって、魔法がうまく使えない? 私も初めて見る事例だねぇ……」


 基本的には魔力が多ければ多いほど、魔法の威力は大きくなる。精度などは別にして、魔力が多いに越したことはない。


 だが、俺は依然として魔法がうまく使えないままだった。


「シグレくん。短剣ショート中剣ミドルも試してるんだよね?」

「はい。それでも、一番マシなのが長剣ロングでした」

「そっかー。これは私も、ちょっと調べてみるね」

「すみません。お手数おかけします」


 他の生徒たちは、カトリーナを中心にしてニヤニヤとサクヤを見つめる。もちろん全員ではないのだが、俺を軽んじている者が多いのは間違いなかった。


「よし。シグレくんの件は後にするとして、時間が余ったね。次の時間にようと思ってたけど、そうだね。模擬戦でもしてみようか。誰かやってみたい人はいるかな?」


 リア教諭が呼びかける。


 もっとも、これに応じるのは腕に自信のある生徒だろう。そして、スッと手を上げるのはやはり彼女だった。


「わたくしにやらせてくださいまし。他の生徒の模範となるように、いたしますわ」

「そうだね。で、相手は……」


 リア教諭が誰かを指名しようかと考えていると、カトリーナ嬢は俺の方を向くとこのように言ってくるのだった。



「サクヤ。あなたがお相手をしてくださらない?」

「自分……でしょうか?」


 カトリーナ嬢が指名したのは、なんと俺だった。これには生徒たちだけでなく、リア教諭も驚いているようだった。


 そして彼女は俺に確認を取ってくる。

「シグレくん。無理なら、断ってもいいけど?」

「いえ。構いません。自分が相手をさせていただきます」


 ここでどうするべきか、と少しだけ思案したが俺はその提案を受けることにした。


「アイリス様。構いませんか?」

「はい。サクヤ、あなたの力を見せてください」


 こうしてなんの因果か、俺は【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ──序列第七位】であるカトリーナ=フォンテーヌと模擬戦をすることになるのだった。


 


 

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