第15話 サクヤの実力


「二人とも、準備はいい?」

「もちろんですわ」

「はい」


 審判はもちろんリア教諭が務める。


 そして生徒たちは俺たちを囲むようにして、じっとその様子を見つめる。果たしてどちらの方が強いのか。それは、興味深い疑問なのだろう。


 かたや、学生にして【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】に所属し、【原初の刀剣使いトリニティホルダー】でもある英才。


 かたや、呪われた聖王女カースド・プリンセスの護衛に抜擢された謎の東洋出身の少年。


 おおよそ、生徒たちの予想はカトリーナ嬢が圧勝するというものに違いない。しかしそれも無理はない。彼女には確かな実績と肩書きがあるのだから。


「……サクヤ。頑張って」


 微かにアイリス王女のそんな声が聞こえてきた。



「勝敗はどちらかが敗北を認めるか、または私が決めます。危険と思ったら介入しますので。魔法剣ウォンドによる魔法の使用は自由です」


 いつもとは違い、リア教諭は真剣な声音でルールを説明する。



「分かりましたわ」

「承知しました」



 互いに了承して、ついに抜剣ばっけん


 そして上段に魔法剣ウォンドを構える。俺が持っているのは何の変哲もない、量産型の長剣ロングだ。


 一方で、カトリーナが抜剣するのは──【原初の刀剣トリニティ】。



「さぁ、あなたの実力を見て差し上げますわ。しかし勝負はもう決まってますけど」

「……」



【聖剣──不滅の炎剣フェニックス】。


 真っ白な鞘から抜かれるのは、灼けるように赤い剣身けんしんをした聖剣。それは、赤く光る魔素マナまとっていた。


 溢れ出る輝かしい燐光りんこうは、まさに【原初の刀剣トリニティ】の証。


 その紅蓮の聖剣をスッと俺に突きつける。


 だがそれに動じることはない。


「勝負は蓋を開けてみるまで、分かりません」

「吠えましたわね。いいでしょう。その身に刻んであげましょう。【原初の刀剣使いトリニティホルダー】の実力というものを」


 些細なやりとり。


 俺は冷静なままであったが、どうにもカトリーナ嬢は何かに苛ついている様子だった。


 ──どうやら、能力は見れそうにないな。いや……追い詰めればあるいは……。


 そしてついに、模擬戦が始まることになった。



「──では、試合開始ッ!!」



 始まった瞬間。俺は地面を思い切り蹴って、駆け出していた。


「……なッ!!?」


 彼女は驚きの声を上げる。それは俺の移動速度が彼女の予想していたものよりも、遥かに速いものだったからだろう。


 疾走し、低い姿勢のまま剣を地面と並行にして駆け抜ける。


 そうしてすぐに超近接距離クロスレンジへと入り込む。


「──フッ」


 漏らす吐息。


 俺は長剣ロングを振るう。決して大振りではなく、狙いすました一撃。しかしもちろん、カトリーナ嬢はそれに反応してくる。


 キィイイイン、甲高い音が互いの剣が交わるたびに鳴り響く。


「ぐ、ううっ!!」


 苦悶の声を漏らすのは、彼女の方だった。


「……」


 俺の剣戟が止まることはない。何とか捌き続けているカトリーナ嬢だが、その剣の鋭さは攻撃をする隙がないほどだ。


 魔法を発動しようとするが、今のままではそれも敵わない。


 それは俺の思惑通りだった。


 俺は自覚している──今のままでは、上手く魔法が使えないことに。


 それを考慮して取れる選択肢は、超近接距離クロスレンジでの戦闘。


 圧倒的な剣捌きで俺は果敢に攻め続ける。しかし、流石のカトリーナ嬢もこのままでは状況が悪いと悟ったのか、魔法を発動。



魔法陣変換リライト──氷壁アイスウォールッ!!」



 危機迫った声音。


 彼女は魔法を発動した瞬間、目の前には氷壁ひょうへきが重なるようにして出現。二人の間に生み出すことで、何とか距離を取ろうとする。


 しかし──



「甘いですよ」

「えッ……!?」



 そうして俺は彼女に向かって鋭い一撃を放った。


「ぐ、ぐうううううううっ!!!」


 何とか俺の攻撃に反応できたが、あまりの勢いにそのまま後ろへと彼女は吹っ飛ばされてしまう。


 受け身を取るが、決して俺から視線を逸らすことはない。


 そしてギュッと、思い切り聖剣を握り締める。



「いいでしょう。あなたの実力は、理解しました。しかしそれも、ここまでですわ」



 カトリーナ嬢は聖剣を高く構えると、その能力を一時的に解放。


 それは、俺が追い込んだからこそ生まれた状況。ここまでは目論見通りだった。


 圧倒的な勢いで追い詰めれば、彼女ならば能力を解放してくるだろうと。それは、そのプライドが敗北を許しはしないからだ。



「舞い踊りなさい──【不滅の炎剣フェニックス】」



 その銘を言葉にして紡ぐ。


 すると、その聖剣からは天に伸び続ける螺旋の炎が出現する。


 それが一気に収束すると、その聖剣には真っ赤に燃え上がる炎が定着する。魔素マナの濃度は、尋常ではないことは離れている俺でも理解できるほど。


 通常の魔法剣ウォンドとは違う。


 これこそが──【原初の刀剣トリニティ】。


 ──やっと出てきたか。しかし……。


 と、思案している間にもカトリーナ嬢の剣はすぐそこまで迫っていた。


 【原初の刀剣トリニティ】の解放により身体能力、さらには魔法領域も拡張されている彼女は先ほどの俺と同等か、それ以上のスピードを手に入れている。


 それはこの一瞬だけでも理解できた。



「おーほっほっほっ!! この【不滅の炎剣フェニックス】の前で、先ほどのように戦えるかしらッ!!?」


 

 剣舞。それはまるで踊っているかのような剣戟。さらには、燃え盛る炎は容赦無く俺を襲う。


「……クッ!!」


 その剣を受け止めることはできる。しかし、やはり厄介なのは炎だった。これを防ぐ手段は、今の俺にはない。


 ならば先ほどと同様に、撹乱すべきか……と考えて行動に移すがカトリーナ嬢はそれも読み切っていた。


 円を描くようにして【不滅の炎剣フェニックス】を振るうと、炎はその場に残存する。移動できる範囲を制限された、俺に残されたのは──


 真っ向勝負。


「……」


 構える。そして、見据える。相手の狙いは、初めからこれだったのだろう。真正面からの戦いならば負けることはない。それこそ、この聖剣に敵う学生がいるわけがないと彼女は思っている。


 ニヤッと笑みを浮かべる。それは、勝利を確信している表情だった。



 ──少しだけ、本気でいくか。



 剣を納め、ぐっと姿勢を低くする。剣では使うことのない技術だが、これは抜刀術の一種。居合い抜きの構えだ。

 魔法剣ウォンドでは本領は発揮できないが、俺が現状できる中では最高の剣技であった。


「ふふ。何をしても、わたくしには通用しませんことよ?」



 その言葉を合図にしたのか、俺は地面を思い切り蹴った。


 転瞬てんしゅん


 決して姿勢を崩すことなく、疾走。


 その速度は、距離を取って観戦している生徒ですら知覚できない。


 カトリーナ嬢はギリギリ見えているようだったが、流石にまずいと思ったのか聖剣で防御に入る。


 そして、俺の長剣ロングが聖剣に触れた瞬間。


 ガキィイイイイインと甲高い音が響き渡る。



「……保たなかったか」



 俺はボソリと呟く。


 そう。今の一撃で俺の魔法剣ウォンドは砕け散ってしまったのだ。


 その場にパラパラと落ちていく残骸。無残にも、魔法剣ウォンドはその役目を終えてしまった。


「勝者は、カトリーナさんだね。二人ともいい試合だったよ」


 リア教諭の言葉によって、改めて明確な勝敗が決する。


 俺は一歩だけ後ろに体を引くと、丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 一方のカトリーナ嬢は、まるで何が起きたのか理解できないとばかりに呆然としていた。



「すごい! すごい! やっぱりフォンテーヌ様はお強いわねっ!」

「えぇ! まさか、あの魔法剣ウォンドを破壊してしまうなんて!」

「護衛もいい動きをしてたが、やっぱり【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】に敵うわけないよな」

「動きは割といいみたいだが、魔法は全然使えてない。魔法師らしくない戦いだよな」



 俺の技量はある程度は認めつつも、やはり目がいくのはその赤く光り輝く聖剣。


 最後の攻防。その真実に気がついているか、カトリーナ嬢は微かに震えていた。


 そう。最後の攻撃は、彼女の力ではない。俺の魔素マナに耐えきれず、魔法剣ウォンドが自壊したのだ。


 そもそも、魔素マナに耐えきれずに自壊などあり得ない現象。


 そのため生徒たちはカトリーナ嬢の聖剣の力で、俺の魔法剣ウォンドが破壊されたと思い込んでいるのだ。



「シグレ=サクヤ。あなたは一体……?」



 呆然と立ち尽くす彼女。


 その言葉に対して、俺が答えることはなかった──。

 

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