第9話 彼女の秘密


 話は入学式の前夜に遡る。実は、昨日の夜にアイリス王女に呼び出されていたのだ。


 俺はアイリス王女の自室に通された。ルーナ先輩から伝達されたもので、二人きりで話がしたいとのことらしい。


 アイリス王女の自室へと向かうと、ちょうどその前にはルーナ先輩が立っていた。


「来たわね。アイリス様は中にいるわ」

「はい」

「……変なことしようとしても、私がいるからね」


 じっと半眼で睨みつけてくる。すでに慣れてしまったその視線ではあるが、俺は毅然としてそれに応じる。


「もちろん、心得ております。アイリス様に変なことなどいたしません」

「まだ私は完全に認めたわけじゃないからね? とりあえず、入って。アイリス様が待っているわ」


 そしてルーナ先輩が扉を開けると、そこには腰掛けているアイリス王女が視界に入った。


 テーブルには紅茶が注がれたカップが二つほど用意されており、淹れたてというのは一目でわかった。


「サクヤ、どうぞ座って」

「失礼します」


 そう促されて、俺は対面の席につく。


「では単刀直入にはなりますが、私のことについてお話ししておきましょう。明日から入学することになりますからね」

「アイリス様のこと、ですか?」

「はい。サクヤは不思議に思いませんでしたか、王女の護衛が見つからない……という話に」

「そうですね。おかしな話だとは思いますが」


 一息つく。彼女としても、この話はあまり気持ちの良い話ではないのは間違い無いだろう。しかしアイリス王女は意を決して話を続けてくれた。



「──呪われた聖王女カースド・プリンセス



 凛とした声音だった。今までは、天真爛漫でとても明るい人だと俺は思っていたが、今の彼女の真剣な表情と声音には確かな緊張感が宿っていた。


「それが私の二つ名であり、蔑称べっしょうでもあります。王国では有名なお話ですが、サクヤはまだ知らないでしょう?」

「はい」

「では、詳しく説明しましょうか」


 彼女は紅茶へと軽く口をつける。それを丁寧に戻してから、説明を始めた。


「まずはそうですね。私は、聖女と言われる存在なのです」

「聖女ですか。文字通りの意味ですと、聖なる力が宿っているのですか?」

「はい。私には邪悪な力を打ち消す、聖なる魔素マナ が生まれつき備わっています。昔は、色々と期待されたものでした。あの事故までは──」

「あの事故、とは?」


 スムーズに会話を進めるために、そう尋ね返す。するとじっと俺の瞳を見つめながら彼女は質問を投げかけてきた。


「【原初の魔剣トリニティ】。知っているでしょう?」

「はい。ある程度になりますが」

「この王国では、いくつかの【原初の魔剣トリニティ】を管理しているのです。その中でも、邪悪な力を秘めている魔剣。私がそれに対処する……という話になったのです。まだ幼い私でしたが、聖女としての力は十分にあったので」


 その話から察するに、先の展開は容易に予想できるだろう。

「そこで私は失敗したのです。まだ、魔剣に対するだけの能力には私にはなかった」


 哀愁の漂う雰囲気。過去を懐かしむようにして、彼女は淡々とその事実を話していく。


「対象の【原初の魔剣トリニティ】は、魔剣──【死の白剣タナトス】。死に魅入られた魔剣でした。それに取り憑かれた私は常に死の恐怖に脅かされ、周囲は敬遠するようになったのです。私に近づくと、死んでしまうと。故に、呪われた聖王女カースド・プリンセスと呼ばれるようになった、というわけですね」

「なるほど。そうだったのですか……」


 俺もまた、軽く紅茶に口をつける。


 この話にはある程度の間が必要だと思ったからだ。そして俺が紅茶をテーブルに置くと、彼女はどこか遠くを見るような目つきになった。


「その魔剣と一体化してしまった私は、まだそれを取り出すことができません。しかし、完全に制御下には置けるようになりました。ここ五年、魔剣の力に呑まれることは一度としてありません」

「それでしたら、護衛が見つからないのはおかしなことのようですが……」


 首を振るう。それに伴って、彼女の艶やかな金色の髪がサラサラとなびく。


「噂は残り続けるのです。私は死に魅入られた呪われた聖王女カースド・プリンセス。たとえ私がいくら大丈夫だと言っても、信じてはくれないのです。みんな心のうちで私を恐れている。だからこの屋敷の使用人はバルツとルーナしかいませんし、護衛も今まで見つからなかったのです。両親もそんな私を見放しました」

「そのような背景があったのですか……」


 得心する。


 確かに、噂というものは残る。それに死の可能性があると言われれば、物怖じしてしまうのはある種当然のことだろう。


 【原初の魔剣トリニティ】の中でも、魔剣は最も危険と言われているのはルーナ先輩の教育の中で聞いた。その中でも死に魅入られた魔剣、【死の白剣タナトス】と一体化しているのだ。


 それこそ触らぬ神に祟りなし、ということだろうか。



「……この話を聞いてもサクヤは私の護衛を続けますか?」



 じっと、真剣な目つきで見つめてくる。その美しい瞳は微かに揺れていた。きっとこの話をするのはかなりの覚悟が必要だったのだろう。よく見るとその手は震えていた。


 それに対して俺の返答は初めから決まっていた。


「はい。続けない理由がありません」

「わ、私が怖くないのですか?」

「すでに制御下に置かれているのでしょう? それにバルツさんも、ルーナ先輩もアイリス様を信じています。何よりもアイリス様は自分に声をかけてくれました。助けたという事実はありますが、それでも自分は嬉しかったのです。この王国に来て初めて優しくしてもらえたのですから」


 その言葉にアイリス王女はギュッと胸の前で手を握りしめる。感極まっているのか、その瞳はわずかに潤んでいた。


「きっとここを辞めても仕事はありません。前と同じような結果になるだけです。それでしたら、お声かけいただいたここで働きたいと思っているのですが……ダメでしょうか?」

「いえ。そんなことはありません。サクヤ、これからもよろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 改めて俺は深く頭を下げる。


 自分の表情を見られないように、深く深く。あたかもそれは、忠誠を示しているかのような態度に見えるだろう。


 しかし、きっと今の俺の表情は冷徹そのもの。それを見られないように、俺は頭を下げたのだ。



 ──俺は一族の悲願を果たす。そのためならば……手段は選ばない。



 俺は背負っている。一族全ての悲願を。そのために俺は、千年の時を超えて東の地からこのフレイディル王国にやってきたのだから。


 その想いを心に秘め、顔を上げると俺は優しく微笑みかけるのだった。


 まるで、あなたのことを思っているといわんばかりに。

 


 


 

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