第4話 そして、彼は雇われる


「では、サクヤ殿。木剣ぼっけんでの立ち合いといたしましょう」

「分かりました」


 屋敷の目の前にある庭で向かい合う。わずかな街灯の光に照らされる俺たち。


 視界の悪い中での戦いになるが、仕方がないだろう。


 俺は少々線が細く見える。一見すれば、非力な少年にも思えるほどだろう。


 一方の相手は、初老だというのに確かな筋肉を蓄えていた。巨躯きょくとまではいかないが、実際に俺の前に立つとその大きさが際立つ。


 身長は百八十センチ後半。また、その立ち振る舞いから鋭い雰囲気が放たれている。


「では、こちらを」

「ありがとうございます」


 渡された木剣を受け取る。


 長さは七十~八十センチ程度。その木剣を軽く眺めると、重量を確かめるためにその場で軽くヒュッと振るう。


 なるほど。重さはこの程度、か。


 確認が終わったところで改めて彼は話しかけてくる。



「では、寸止めでいきましょう」

「はい。よろしくお願いします」



 そうして、ついに始まることになった模擬戦。


 互いに木剣を構えると、じりじりと弧を描くようにして一定の距離感を保つ。すでに初老とはいえ、まだ動きに鈍さなどはなかった。流石は王族の執事と言ったところだろうか。



「──カアアアアアアッッッ!」



 突撃。


 それはその体には見合わない速度だった。彼はたった一歩で一気に加速すると、俺に向かって思い切り木剣を振るった。


 転瞬。


 その攻撃を一瞬で交わすとその懐に潜り込んでいく。彼は唖然としているようだったが、俺は容赦無くこの木剣を首の前で寸止めした。


「これでいかがでしょうか」

「……お見事」

「恐縮です」


 自分の実力を全て引き出すわけではないが、相手に見せつける意味も込めて今回はこの程度に調整しておいた。


「すごい、すごいわっ! 見たルーナ!? サクヤってば、すごく強いでしょっ!」


 アイリス王女はまるで自分の手柄のように喜ぶ。大袈裟にその場でぴょんぴょんと軽く跳ねると、隣にいるメイドの肩を何度も揺するのだった。


「むぅ……確かに、お強いようですが」


 一方で彼女は唇を少しだけ尖らせている。


 執事の方とアイリス王女は実力を認めてくれている上に、俺に対して敵対的な意志は見せていない。むしろ、受け入れると言わんばかりの態度である。


 その中でもメイドの彼女だけは、俺のことをじっと睨みつけている。


「な、何か……?」


 その鋭い視線を感じたので尋ねてみることにした。


「別に、なんでもありません。お強いみたいですね」

「恐縮です……」


 明らかに不満を持っているようだったが言葉ではそう言ってくる。


「バルツ! サクヤは正式に採用でいいわよねっ!」

「そうですな……強さは申し分ないようです。あとは戸籍や出身地の把握、お嬢様に敵対する存在ではないとしっかりと確認した上にはなりますが……概ね、合格でしょう」


 その言葉を聞いてアイリス王女はニコリと笑う。そして、俺の隣にパタパタと走っていくとその腕に思い切り抱きついてくる。


「サクヤ、やったわねっ!」

「えっと。その……」


 俺が言い淀んでいるのは微かに胸が押しつけられる感触があったからだ。アイリス王女はそれに気がつくと、すぐにパッと離れる。


「あ! ご、ごめんなさい。ついに感極まって。あはは……」


 照れているようで頬を少し掻きながら、彼女は軽く笑う。


「サクヤ。改めて、よろしくね」

「はい。こちらこそ」


 握手を求めてくるので、彼女の手をギュッと握る。


 薄くて、細くて、儚げな手だと思った。


 こうして俺はアイリスの王女の護衛として雇われることになった──。



 †



 あれから三日後。俺は正式に雇用契約を結んだ。バルツさんとルーナ先輩の二人は入国管理局にも問い合わせをして彼の経歴を念入りに調べたようだが、問題はなかったと判断された。


 また呼び方はここに雇われると言うことで、少し変えてある。曰く、早くこの屋敷になれるためにそうしたほうがいいと言われたからだ。


 そうして俺はこの屋敷で住み込みで働くことが無事に決定した。



「それで、最後の確認になりますが──」



 応接室。そこで俺は、バルツさんから雇用に当たって最後の話をしていた。


「アイリス様──アイリス王女のことは、ご存知ですか?」

「いえ。お名前だけ。それと、一応二つ名はお聞きしたことはあります」


 このフレイディル王国の中で王族の存在がかなり大きいのは有名な話だ。その中でも、アイリス=フレイディル第三王女は──おそらく、最も知名度があると言っていいだろう。


 それは良い意味ではなく、悪い意味でなのだが。



「──呪われた聖王女カースド・プリンセス



 バルツさんは告げる。彼女のその二つ名を。


「世間では色々と噂されていますが、アイリス様はすでに呪われた力を完全に制御下に置かれています。心配は無用かと」

「……分かりました。多くは聞かないようにします」

「きっとアイリス様の口から、語られる日が来るでしょう。サクヤ殿はアイリス様の護衛として働いてくだされば結構ですので。こちらもフォローなどはしていきます」


 話はそこで打ち切られる。


 働くことに際して、もっと詳細に彼女のことは聞いておくべきなのかもしれない。しかしこの話題はあまりにも繊細なものなのは俺も分かっている。


 また、それはバルツさんの優しさもあるのだろう。話を聞くのならばアイリス王女から直接聞いた方がいいだろうと。


「では、屋敷のことはルーナにお聞きください。基本的に家事などは彼女が担当しておりますので」


 ソファーの後ろに控えていたルーナ先輩は、依然として睨み付けるようにして俺のことをじっと見ていた。


「サクヤ。ついて来て」

「はい。分かりました」


 正式な雇用を結んだということで彼女は俺のことを呼び捨てにしていた。


 応接室を出ていくと、その後をついていく。彼女の雰囲気があまりにも刺々しいので話しかけるのに戸惑ってしまうが、ここは思い切って尋ねてみることにした。


「えっと……その。何かお気に召さないことでもしてしまったでしょうか……?」


 ルーナ先輩はピタッと立ち止まり、きびすを返す。


 そしてくるっと振り向く際に、メイド服のスカートがふわりと浮かぶ。



「──私はまだ認めないからっ!」



 人差し指で俺の胸をトントンと強く叩く。そして、じっと見上げるようにして睨み付けるとさらに言葉を続ける。


「アイリス様を助けてもらった恩はあるわ。でも、なんだか怪しい感じがするのよねぇ……アイリス様とバルツさんは認めているようだけど、私がちゃんと見定めてあげるわ」

「あ、あはは……そうでしたか……」


 苦笑いを浮かべるのも無理はなかった。だが、こうして真正面から言われることが逆にいいと思った。


 俺もまた、真剣な眼差しでルーナ先輩のことを見つめる。



「な、何よ……っ! そんな目で見てもビビらないわよっ!」



 栗色の艶やかな髪を少しだけ揺らしながら少しだけ声を荒げる。俺としては真面目に向き合おうと思っているだけなのだが、彼女はまだ警戒しているようだった。


「これからもっと、自分のことを知ってもらいたいと思います。これから、アイリス王女のもとで護衛をするためにも、この屋敷で働くためにも、ルーナ先輩にはご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「せ、先輩?」

「はい。改めて、ルーナ先輩と呼んではダメでしょうか?」


 事前に確認は取っているがそれは渋々と言う感じだった。だからこそもう一度改めて聞いてみることにした。


 と、急にルーナ先輩は茶色い髪の毛を指先に巻き付けながらチラッと俺の方を見つめる。それは明らかに警戒しているというよりも、照れているような言動に見えた。


「ふんっ! まぁ特別にそう呼んでも良いわよ。ふーん、先輩か。ふふ……」


 確認するように再度言葉にして、少しだけ微笑む。


 それはサクヤが初めて見たルーナの表情だった。


「じゃあ先輩の私が色々と教えてあげるわ。着いてきなさいっ!」

「はい。ルーナ先輩」


 そして俺は、ルーナ先輩の後に続くのだった。

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