第5話 魔法剣 ──ウォンド ──


 住み込みで働くようになって、三日が経過した。護衛としてアイリスと共にフレイディル魔法学院に入学するまでは、約半年の時間が残されている。


 王族の護衛ということで、入学試験などは免除される予定だ。ただし、護衛としてだけではなく学生としても入学したい場合は入学試験は課される。


 どちらにせよ、俺がフレイディル魔法学院に入学することは確定している。


 しかし、流石に試験に落ちてただ護衛として側にいるだけでは体面が悪いということで……ルーナ先輩による教育が始まろうとしていた。


「はい。ということで、今日から半年。しっかりと勉強していくわよ」

「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします」


 頭を軽く下げてそう言葉にする。

 

「これも全部アイリス様のためよ。いくら強いからって、勉学も疎かにしてはだめよ? 王族の護衛というのはそれだけ重要なんだから」

「心得ております」


 俺は丁寧な言葉使いで彼女に対してそう答える。


「で、あなた言葉は話せているし、聞こえてもいるようだけど……実際は、読み書きはできるの?」

「ある程度にはなりますが、一応できます」


 話しているのは異国の言葉だ。慣れるまで時間がかかったが、今はほぼ問題なく使えている。


「ふーん。じゃ、まずはこの教材から行くわよ」

「え……」


 ドサドサドサ、と積み上がっていく本の数々。それには流石に面食らってしまう。


 そして、ルーナ先輩はどこからともなくメガネをかけると、それをクイッと上げる。


 その右手には細い棒のようなものも握られていた。


 い、いつの間に……。



「いいこと。アイリス様の側にいるあなたの評価も重要なの。それにフレイディル魔法学院はどちらかといえば保守的。きっと外国人のあなたは、色々と言われるかもしれない。だからこそ、圧倒的な実力が必要なのよっ! もちろん、勉学面でもねっ!」



 嬉々とした表情で語るルーナ先輩。話を聞くと、この屋敷にメイドとして彼女も住み込みで働いているらしい。


 また王立フレイディル魔法学院の一年生であり、成績は常に上位だとか。それは勉学と魔法の技量、両方ともに。


 以前までは完全に嫌われていたのに、今は妙に気に入られているような……いやしかしこれは、本当に気に入られていると言ってもいいのだろうか……。



「えっと……おてやわらかに、お願いします?」

「ダーメ♪ 厳しくいくわよっ?」



 眩しいほどの笑顔。それは、今まで見てきたルーナ先輩の表情の中でも、とびきりの笑顔だった。


 もちろん、その笑顔の意味が分からない俺ではなかった。それは決して優しさから出たものではないからだ。


「……」


 その日から俺はある種の地獄を見ることになるのだった。



 †



「ということで今日は、ついに魔法を学んでいくわよっ! 入試には魔法の試験もあるからね」

「……はい」


 すっかりげっそりとなってしまった。あれから一週間が経過した。毎日毎日、勉強の日々。ルーナ先輩は付きっきりで教えてくれるのだが、課題の量がえげつないのだ。


 食事はしっかりと出るし、睡眠も十分に取れている。健康体なのは間違いないが、精神的な面で俺は疲労していた。


 別に勉学も嫌いではないのだが、嬉々として俺を追い込んでくる彼女はそれはもう輝いていた。きっと俺が苦しんでいるのを見て楽しんでいるに違いない……。


「はい、これ」

「えっと……これは?」

「見たことない?」

「ありますけど、あまりこちらの国の魔法に関しては知らなくて……」

「もしかして、サクヤって魔法なしであの強さだったの?」


 なんと答えるべきか少しだけ迷う。


 しかし、あらかじめこの問答に関してはいくつか答えを用意していたので、その中の一つを出すことにした。


「何も使っていないわけではないのですが……魔法ではなく、自分たちの国ではという名前でした」

「ふーん。まぁ国によって呼び方が違うのは有名よね。ま、使えないわけではなさそうだし。まずは実践ね」


 俺に渡されたのは、ナイフのようなものだった。


 いや、よく見るとそれは、ナイフというよりも小さめの剣と形容した方が正しいかもしれない。


「小さな剣ですね」

「──魔法剣ウォンド。その中でも、それは短剣ショートよ」

魔法剣ウォンドに、短剣ショートですか」

「そうよ。まぁ、見ていて」


 ルーナ先輩もまた、腰に差している小さな剣を抜き出してそれを構えると、こう呟くのだった。



魔法陣変換リライト──火球ファイヤーボール



 その言葉に反応したのか、剣先から小さな炎の玉が射出された。そしてしばらく直進すると、パッと消えていく。


 パラパラとその場に残存する火の粉だったが、それもまたすぐに溶けるようにして消失していった。


「おぉ! すごいですね! 今のが魔法ですか!」

「そうよ。この魔法剣ウォンドには、魔法陣変換機構リライトシステムが内蔵されているの」

「また新しい言葉ですね」

「大丈夫よ。一から丁寧に説明するから」


 ここ数日で、ルーナ先輩の態度は割と変化していた。


 厳しさはあるが真面目に学ぶときにはしっかりと丁寧に教えてくれる。聡明なこともあって教え方も上手い。えげつない量の課題がなければ、本当にいいのだが……。



「魔法は古代魔法、近代魔法、現代魔法へと変化してきたの。魔法に必要なのは元々は魔法陣と魔素マナだった。それが古代魔法ね」



 そして彼女は、その短剣を軽く振って説明を続ける。


「次の魔法──近代魔法になると、媒介はつえと呪文に変化。その杖のことを魔法の杖ウォンドって呼んでいたの。魔法の杖ウォンドよって魔素マナを操り、呪文によって魔法を具現化するって感じかしら」


 ルーナ先輩は真剣な面持ちで魔法の解説をする。


 古代魔法、近代魔法、現代魔法か。魔法もまた変化するのは剣術と同じみたいだな、と内心で思う。



「なるほど。魔法も長い歴史があるのですね」



 真剣にその話を聞く。これから入学するのは、世界でもトップの魔法学院なのだ。その歴史を知っておくことは重要だと俺もしっかりと分かっている。


 またこの話は入試でも出るとのことなので、しっかりと記憶しておく。



「で、さっきのものが魔法革命で生まれた現代魔法。ウォンドの名前に変化はないけど、杖から剣に変化したって感じね。それに加えて、【スキル】っていう特殊な技能も魔法には付随することがあるわね。それでだけど、【原初の刀剣トリニティ】って知ってる?」



 その言葉に対してわずかにピクリと反応してしまうが、それを気取られないようにする。


 そしてほんの一瞬だけ間を置いて、こう答えた。


「……世界に十九本だけ存在する、特別な刀剣とうけんですよね」

「正解。この王国には【原初の刀剣トリニティ】が集められている。それを研究した成果が、この魔法剣ウォンドってわけ。魔法陣変換リライトの言葉の後に、発動した魔法を言えば勝手に魔法が発動する。それが魔法陣変換機構リライトシステム。といってももちろん、魔法の質は本人の才能にもよるけどね」


 肩を軽く竦めて、説明をする。彼女が言いたいのは何も魔法とは現代魔法になったからといって、万能になったわけではない、ということだろう。


 便利になったとしても使い手によるのは昔から変わらないと言ったところか。



「魔力とか、他にも要因はたくさんあるし、使えない魔法は魔法陣変換機構リライトシステムがあっても、発動できないし。万能ってわけでもないのよ」

「魔法という技術が簡略化されて、容易に使うことができるようになったと……いうことでしょうか? しかしあくまで、本人の能力が反映されると」

「まぁ、ざっくりいうとそうね。それで魔法剣ウォンドは三種類に分類されるの。ちょっとついてきて」


 そう促されて俺はその後を追いかける。

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