第3話 模擬戦へ
あれから俺は話だけは聞きたいと彼女に告げて、アイリス王女の後に着いて行った。
屋敷にたどり着くと俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「これは……広いですね」
「そうでしょうか? もっと大きな屋敷も、この王国にはありますが」
現在の時刻は二十一時を回っており、街灯の明かりはついているものの暗い。そんな中でも、この圧倒的な広さの屋敷には驚きを隠すことはできない。
俺の故郷では流石にここまでの規模の屋敷はなかった。といっても時代が違うので、一概に参考にすることはできないが。
そもそも、このフレイディル王国は世界でも屈指の大都市。
そのことを知ってはいたが、こうして実際に目にすると違うものだと思う。
これが王族の住む屋敷か……。
まず見えるのは巨大な門。そこから先に屋敷の扉が見える。その道の途中には噴水もあり、さらには左右には樹木が植えられている。
またガーデニングでもしているのか、俺の知らない花々が数多く植えられていた。きっと日の出ている時間帯ならば、美しく咲き誇る姿を見ることができるに違いない。花は俺も嫌いではないからな。
「それでは参りましょうか」
「はい」
美しい金色の髪を揺らしながら進んでいく彼女の後に続く。
キョロキョロと周りを見ていると、アイリス王女が微笑みかけてくる。
「珍しいのですか?」
「……はい、そうですね。実際にこのような大きな屋敷に来るのは初めてでして。それに自分の国にはこのような建物はなかったものですから」
「そうなのですね。あ、そういえば出身はどちらで?」
彼女は軽く髪を後ろに流すと、首を傾げる。
「ヤハトという国ですが」
「えっとその、申し訳ありません。存じ上げませんね……」
「いえ。構いません」
「それでどうしてこの王国に?」
「それは少し、紆余曲折ありまして……」
はぐらかすようにしてそう言うと、彼女はそれ以上追求はしてこなかった。この王国には多種多様な人間がいる。
それは大都市ということもあって、他の国から移住してくる者がいるからだ。だからこそアイリス王女は特に何かそれに対して言及することはなかった。言い訳は用意していたが、それを使わずに済んだようだ。
そして彼女がコンコンコンと三回ほど扉をノックすると、中からメイド服姿の女性が勢いよく飛び出してくる。そのメイド服は少しだけ乱れているようだった。
アイリス王女はなんとかバランスを崩さないように、その女性を受け止める。
「アイリス様っ!」
「うわっ!」
「いなくなってしまったと聞いて、本当にどうしようかと……っ! しかし、無事だと連絡が入りまして本当によかったです……っ!」
「ルーナ、落ち着いて。こうして無事に戻ったから」
アイリス王女に抱きつく少女。
肩まで伸びている髪は真横に綺麗に切り揃えられており、それは綺麗な栗色をしていた。
瞳の色も髪と同様であり、少しだけ目は釣り上がっている。可愛いと言うよりも美人と形容するべき容姿。胸もまたそれなりに大きさがあるようだ。
またメイド服姿と相まって、俺には彼女がどこか浮世離れしたものに思えた。
「こほん。そうですね。無事だったのでしたら、何よりです。それで、そちらのお方は?」
俺は一歩だけ前に出て、自己紹介をする。
「サクヤ=シグレと申します」
「シグレ様、ですね。私はルーナ=シャレットと申します。この度はアイリス様を助けていただき、本当にありがとうございます」
メイドの彼女は丁寧に頭を下げる。深々と、本当に感謝をしてしている様子であった。
「いえ。自分は当然のことをしただけです」
「謙虚な方なのですね」
ニコリと微笑む彼女に少しだけ見惚れていると、アイリス王女もまた会話に入って来る。
アイリス王女が告げた言葉はメイドの彼女にとって驚きべきものだったみたいだ。
「──それでね、ルーナ。私はサクヤを護衛として雇いたいと思うのっ! ね、ちょうどいい機会でしょっ!!」
まるで拾ってきた犬を買いたいと可愛くおねだりする子どものように、アイリス王女は弾むような声音でそう言った。
「は、はああああああああああああああっ!!?」
その声はそれはもう響き渡った。
†
あれから応接室に移動した俺たち。そこにはもう一人、
黒と白の混ざった灰色の髪をオールバックにして、綺麗に纏めている。また、その燕尾服も人目で上質なものと分かるほどだ。
「それで、アイリス様のご提案ですが。彼をうちで雇いたいと?」
「そうなのっ! サクヤってば、とっても強いのよ! それに年齢も同じみたいだし、あの悩みも解消できるかなって!」
初老の男性は俺に視線を向ける。じっと何かを探るような視線だった。
「サクヤ=シグレ殿でしたな?」
「はい」
「私はバルツ=アーデルハイトと申します」
「初めまして。サクヤ=シグレと申します」
軽く握手を交わす。
年齢は重ねてはいるが、彼の双眸は確かな強い力が込められていた。そして俺もまた目を逸らさないように、それにしっかりと向き合う。
「自分としては、急なお話なので無理強いをするつもりはないです。しかし、実は仕事がちょうどなくなってしまいまして……」
「なるほど。単刀直入にいいますが、私たちはアイリス様の護衛を探しております。ちょうど半年後にはこの王都の中央にある王立フレイディル魔法学院に通うのですが、その際に付き人を……と」
視線は今度は俺の体へと向く。
こうして凝視されるのは少しだけ居心地が悪いと感じるが、黙ってそのまま静止する。
「ふむ。アイリス様を助けたということもあって、体つきは悪くありませんな。それでは実際に私が立ち合いで測らせてもらいましょう」
彼は軽く腕を捲りをすると立ち上がった。
一方で、その対応にメイドの彼女──ルーナ=シャレットは大きな声で異議を唱える。
「バルツさんっ! 助けてもらったのは感謝すべきですが、アイリス様の護衛として雇うのは早計だと思いますっ!」
「しかし時間がない。それはルーナもわかっている事でしょう?」
「そ……それは」
言い淀むが彼女はなんとかかろうじて、反論の声を上げる。
「で、でもっ! 私だってアイリス様を守ってあげることくらい……っ!」
「確かにルーナは弱くはありません。魔法に
「うぅ……それはそうだけど」
それ以上の反論は出てこなかった。彼女はじっと自分の膝を見つめたままで追求してくることはなかった。ただしその表情は非常に不服そうではあったが。
「とりあえず、見てみるだけです」
そうして改めて、俺に声をかけてくる。
「申し訳ありません。こちらにも少々事情がありまして」
「いえ。構いません。それで、見るというのは……自分の実力、という意味でしょうか?」
「はい。急なお話ですが、準備はいいでしょうか?」
「大丈夫です」
その言葉を了承する。
依然として、メイドは半眼で俺のことをじっと見つめていた。異議を唱えたいのだが、言葉が出てこないので視線で抗議していると言ったところだろうか。
「それでは、外に向かいましょう。アイリス様とルーナも見にきて構いませんよ」
「本当ですかっ!」
嬉しそうな声を上げるアイリス王女。その瞳は明らかに期待しているものだった。まるで子どもが何かを楽しみにしているような、そんな瞳。
主人のそんな様子を見て嘆息を漏らすメイドの彼女だが、仕方なく受けれるみたいだ。
そして、アイリス王女はパタパタと走って俺の元にやってくると、ギュッと優しくこの手を包み込んでくる。
「サクヤ。期待していますからねっ!」
「はい。ご期待に応えることができるように、頑張らせていただきます」
「はいっ! 頑張ってください!」
こうして何の因果か実力を測るということで──模擬戦のような形にはなるが──執事の男性と戦うことになるのだった。
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