第2話 運命の出会い


「何だ!?」

「誰か突っ込んできたぞッ!」

「追手かッ!!?」

「くそ、見られたからには殺すしかねぇッ!!」


 疾走。


「……」


 体勢を低くして、俺は細い路地裏を駆け抜ける。


「お前ら、れッ!!」


 リーダー格の男がナイフを引き抜くと、周囲にいる男たちはそのナイフを使って炎を放ってきた。


 魔法か。流石は、魔法大国と謳われているフレイディル王国。だが……。


 冷静に思考し、俺はさらに身体を加速させていく。眼前に迫りくる火球を物ともせず、僅かに体を捻るだけでそれを躱す。俺の目には、その火球の動きが完全に追えていたのだ。


「ぐ……こいつッ!!?」

「早すぎるッ!」

「上位ギルドの魔法師か!?」

「慌てるなッ! 手練れの魔法師でも、ナイフで刺せば良いッ!」


 鮮血。


 血が宙に舞う。それは月明かりのおかげで微かに見えた。


 頬を僅かに掠っていくナイフの軌跡。明確に殺意の込められたその刃物に対して、物怖じすることはなかった。


 頬が浅く切り裂かれ血が溢れるが、怯むことはない。


 ただ冷静にまるでこれが一つの作業だと言わんばかりに、俺は身体を動かす。


「ぐうッ……!」

「くそ……!」

「見えねぇッ!」

「早すぎるッ! なんだこいつはッ!?」


 多数の人間に囲まれているも、怯みはしない。次々と襲い掛かる男たちの攻撃。ナイフを思い切り突き立てようとするが、空振り。


「……フッ」


 肺から空気を一気に吐き出し、拳を振り抜く。


「このやろおおおおおおおおおッ!!!」


 リーダ格の男は近接戦闘をメインにしていたが、通用しないと理解したのか魔法に切り替える。だがそんな余裕を俺が許すことはない。


「──遅すぎる」

「……うッ!」


 鳩尾に捻るようにして拳を叩き込む。相手の男はいつ殴られたのか知覚できていないようだった。


 そしてそのままズルリと倒れ込み意識を手放した。


「こいつ、ナメやがってッ!!!!」


 一人の男が声をあげながら、襲い掛かかってくる。気絶させたと思っていたが、一人だけはかろうじて動くことができたのか。


 隙をついた攻撃。しかしそれに動じたりはしない。


「……」


 冷静にそれに対処する。


 その場に転がっていたナイフを片足で宙に上げ、手に取った。


 その間にも迫りくる火球。今回ばかりは、この路地裏が狭いこともあり逃げ場所などなかった。ならば、取るべき選択肢は一つ。


 俺はそのナイフで魔法を真っ二つに切り裂いた。


「あ……は?」

「さてと」

「う……っ!!」


 たった一歩で距離を詰めると、先ほどと同じ要領で鳩尾に拳を叩き込み……相手の意識を断つ。そうして彼女を誘拐しようとしていた奴らは全員地面に倒れることになった。


「ふぅ」


 一息ついてパンパンと手を軽く叩いて、土埃を払う。


 今回の戦い。相手の攻撃は直線的すぎる上に、何よりも魔法に頼りきっているのが丸わかりだった。超近接距離クロスレンジでの戦闘ならば、魔法よりも物理的な攻撃の方が速い。


 俺の場合は特に近接戦闘を得意としているのでそれもあって容易に対処することができた。


「大丈夫ですか?」


 そう言いながら、彼女を縛っていた布をナイフで切り裂く。



「……えぇ。ありがとうございます。おかげで助かりました」



 そう言って、俺が差し伸べた手を取る彼女。彼女は誘拐されかかっていたというのに、あまり動揺しているようには見えなかった。


 そして、落ちているナイフで彼女を手首を縛っている縄と口に巻かれている布を切断した。


「本当に助かりました。重ねて感謝申し上げます」

「いえ。当然のことをしたまでです。それで、こちらの人間たちはどうしましょうか?」

「警備隊に差し出せばよろしいかと」

「なるほど。ではそうしましょうか」


 向かい合う俺たち。


 胸まである煌びやかな金色の髪を僅かに靡かせ、その綺麗な青い瞳でじっと見つめてくる。やはり改めて近くで見ると、美しいのは間違いなかった。


 その後。偶然近くを通りかかった警備隊の人間に声をかけて、この路地裏で気絶している男たちを捕まえてくれるように頼んだ。


「では、自分はこれで失礼して」

「何を言っているんだ。君も事情聴取に付き合ってほしい」

「……分かりました」


 と、このままこの場から去ろうとするがそうもいかないようだった。


「それでそちらのお嬢さんも……って、もしかして」


 急に警備隊の人間の顔つきが変わる。それは恐怖で引きつっているような、そんな表情だった。


「も、もしかして……アイリス=フレイディル第三王女でしょうか?」

「はい。私がアイリス=フレイディルその人です」


 先ほどまで誘拐されかかっていたというのに、彼女は毅然とした態度でそう答えた。


「お、王女様?」



 †



 俺たちはしばらくして解放された。


「その。この度は改めて、ありがとうございました」

「いえ……先ほども言いましたが、自分は当然のことをしたまでなので」


 丁寧に頭を下げる彼女に対して、俺は先ほどと同じことを言った。


「こほん。その、改めて自己紹介を。私はアイリス=フレイディル。第三王女です」

「サクヤ=シグレと申します」


 挨拶も済んだので踵を返す。そうして翻ると、彼女とは逆方向に歩みを進めようとするが……。



「──ま、待ってください!」



 袖を掴まれる。

 

 その際、視線が交差する。俺は何か用かと彼女に尋ねる。


「どうかしたのですか?」

「えっと。お若いようですが今は学生ですか? それともお仕事を……?」


 その問いにはすぐに答えた。


「実は数時間前に仕事をクビになったばかりで。この赤い頬も、その時に殴られたものでして……はは」


 苦笑いをするが、次の瞬間。耳に入ったのは彼女の大きな声だった。


「その……わ、私の護衛になってくれませんかっ!?」

「──え?」


 この出会いを機に、世界は大きく動き始める。

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