生後121日目①

 強い男の条件、そいつは色々だ。喧嘩、スポーツ、仕事、誠実さ、数え始めりゃあキリがない。


 つまりは男の数たけ強さがあるということだ。


 そして俺には俺の、信じる“強さ”がある。


それは、“勝ち負けの基準を相手に委ねない”ことだ。


 急に俺の語り出した講釈を黙って聞いてくれてる、そこのバカで優しいテメェらは俺が、『何やら複雑かつ、みみっちいことを言い出した』と思うかも知れねぇし大体合ってるがまあ聞いてくれ。


 生前、俺は特別腕っ節が強いわけではなく度胸もない、どちらかというと『ヘタレヤロー』に分類される男だった。


 他の強ぇー野郎どもが気合と根性でツッパる中、俺は入念なる『下調べ』と『裏工作』で己の身を守るために戦い抜いてきたのだ。


 そんな俺が掲げる男論が、カラッとしたものでなどあるわけがない。


 と、前振り(言い訳)も済んだところで俺の提唱する『男の強さ、勝ち負けの基準を相手に委ねなければ保ち続けられる説』について説明しよう。


 そうだな、……まずは例え話をしよう。


 昔々、あるところに“球・投男”という1人の男がいた。


 そいつは中学2年生の野球部員で、夏の大会に命をかけて、毎日クタクタになるまで練習してるステキなバカヤローだ。


 そんな勉強なんてどこ吹く風で、寝ても覚めても一球入魂な投男は廊下を歩いていると声をかけられる。


「おいテメェ! 最近調子に乗ってるらしいじゃんよ? なぁ?」


 声のする方を見る。そこにいたのは両手をズボンのポケットに突っ込んで偉そうに立っている同じクラスの嫌われ者、“暴・力男”だ。


「お前よぉ? タカシに俺がお前のことむかついてるって言われて、『関係ねー、いつでもやってやんよ!』っつったらしいな?」


 言いながら力男は投男に詰め寄り、ポケットから出した左手で胸ぐらを掴む。


 もちろん野球に夢中な投男はこのクサレ不良野郎にそんなこと言っちゃいない。不良の世界の舐められたとかどうのに興味はないからだ。


「お前よぉ? 野球上手いのかなんだか知らねぇけど、俺にはカンケーないかんよ? なぁ?」


 そして力男は更に右手もポケットから出し、そこにはきらりと光るおナイフ様。


 そして噂によると力男は校内でも有名なクレイジー野郎。喧嘩に負けた次の日相手をバットで滅多撃ちして入院させただとか、パシってきた先輩の飼ってるハムスターを山で捕まえた青大将に食わせるシーンを動画に撮って送りつけたとか、とにかくこいつに関するロクでもない噂は後をたたない。


 そしてジロリ、と音がしそうなほどの回転力で力男の見開かれたギョロ目がテメェの視線をスナイプする。


「なぁ? てめー俺のこと上等なの? なぁ、タイマン上等?」


 このギョロっとした目つき、頭の悪すぎるセリフ、……間違いない、こいつはモノホンのクレイジー野郎だ。


 ビビった投男は俯いて、掠れた声で小さく言うのだ。


「……上等じゃないです、ごめんなさい」


 そして力男はこの件を仲間に言いふらし、投男はしばらく不良どもにおちょくられる事になる。


 ーーさて、どうだろう?


 投男はこのアホな不良野郎に、負けたと言えるか?

 

 言えないだろう。


 アホのろくでなしが1人でイキって、1人で勘違いして喜んでいるだけ。


 聡明なお前だけではなく、力男の仲間のアホなヤンキー以外は皆そう認識してくれる筈だ。


 つまり、投男は力男に“負けてない”わけだ。


 では次に先程の話、『夏の大会に命をかけて、毎日クタクタになるまで練習する野球部員の球・投男』を『学校という管理体制に反旗を翻し、夜な夜な後者の窓魔ガラスを破りまくる元気いっぱいの帰宅部員、尾崎野・ファン太郎』に変えてもう一度読んでみてくれ。


 ……どうだ? 今度は何か“負けた感”が生まれている筈だ。


 “野球を頑張っている”という拠り所を持たないファン太郎はたちまち、“不良の価値観に飲み込まれ始めて”はいないか?


 そう、それは人として自然な反応だ。


 自分の普段の行い、所属しているコミュニティで人は自分という存在を認識する。


 自分自身が不良行為を行なっているのなら、当然所属するコミュニティは不良界隈で、“勝ってる”か“負けてる”かを不良の基準で判断されてしまう。


 だから俺は負けたんだ。


 俺の立場、状況を総合すると、周りの大多数から俺は“負けた”と認識される。


 だから俺は負けたんだ、ってな。


 なんともムカつく話だとは思わねぇか?


 勝った、負けた、カッコいい、ダサい、面白い、くだらない。


 全てはテメェのハートの真ん中で燃える、テメェ自信を行きたい場所へと導いてくれる、それはそれは大切な感情だ。


 そいつをそんな、クラス皆で何の歌で踊るか決めるくれぇのノリで、多数決で決めちまうなんてマジでバカらしい話だ。


 だから俺は、ぜってぇに認めねぇんだ。


 俺が負けてねぇっつったら負けてねぇし、俺がイケてるっつったもんは絶対にイケてるのだ。


 たとえ世界中の、何十億人っつー連中が口を揃えて『違う』と言おうと、


 レナは世界で一番いい女だし、


 ジョセフは世界で一番愉快なバカだし、


 アシュリーは世界で一番温もりのあるメンヘラ女だし、


 ダニーは世界で一番お人好しな変態だ。


 そして今回はもう1人の世界一。


 世界で1番クレイジーな5歳児“ギュターブ”の、意地と情の物語だ。



 卍卍卍


「うらっ! どうだ! うらぁっ!」


「……くっ」


 近所の公園(この辺りで1番若い女が多い)、日課の散歩(低身長を利用したパンツウォッチングの事を俺は便宜上そう読んでいる)をしていたところ、公園の隅で何やら幼児が不穏なコミュニケーション。


「うらっ! どうだ! 痛いか?」


「……グギウィギギ」


 背の高い草の生い茂る茂みの中、2人のクソガキが1人のクソガキを得意げに殴りつけている。


 殴りつけている方のクソガキは2人とも、ほっそりとした体躯で目が少しおどついた、どちらかと言えば『ヘタレヤロー』なタイプのガキンチョだ。しかしそいつらは嫌らしく口角を釣り上げ、それはそれは幸福そうにガタイのいいガキを何度も殴りつけている。


 ……あの歳であのゲスな表情、将来が思いやられるな。


 しかし、現状俺がこの余りにも残酷な活動を急いで止めに走るでもないと感じていた。


 殴られている方のガキを見る。


 そいつは多分、歳の頃は加害ガキンチョと同じくらいかちょっと上。


 しかしその身長には不釣り合いな逞しい手脚、そして野生のオオカミを感じさせる鋭い眼光で加害ガキンチョを睨みつける。


「ギュゥウィぃ」


「……うっ」


 加害ガキンチョはその視線に圧倒され、思わずのけぞる。


 当たり前だ、こいつとそいつでは生命としての“覇気”がまるで違う。


 普通のいじめっ子ヤローにしか見えない加害ガキンチョに対してそいつは、言うなれば人類の枠を超えた野生力を持つモンスター……。


 あれ?


 ……こいつ、ギュターブじゃねぇか!


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