生後120日目②
「ふーぅーふーふん♪ふーぅーふーふん♪ふーふぅふふーふぅふーふふーふぅふふふふふー♪」
おう、とりあえずお前らに現状を説明させてくれ。
俺は今、3番街のメイン通りの角に隠れて、ダチのダニーがルンルン気分で鼻歌を歌っているのをこっそり見ているところである。
え? 『お前こないだから覗き見好き過ぎやしないか』だって?
いやだってそれは仕方ねぇだろうが?
俺の愛すべきアホなダチんこ達はよ? ひっきりなしに覗きたくなるような変態ムーブばかり起こしやがるんだ。
さっきだってこのダニーの野郎はよ? 武器屋で1人で、ルンルン気分でよぉ? ムチを買ってやがったんだ。
しかもこいつには、ドM疑惑まであるっていうオマケ付き。
前にも話したとは思うがちょっと前によ? ジョセフの上司かなんかのマリブって名前のクソウゼェ女がこのダニーをdisりまくったんだ。
そしたらそん時、こいつめちゃくちゃ嬉しそうに震えてやがったんだよな。いやぁあの震え方はもう完全にエクスタシーだったな。
そう、つまりこの状況には、ドM、ムチ、鼻歌、待ち合わせ、っていう変態的なパズルのピースが揃い踏みってワケだ。
んなもんテメェ、覗くしかねーだろうが!
そう強く思いながら視線を横にやると、恵がキラキラとした目で力強いサムズアップをくれる。
そして俺の読みが間違ってなけりゃあもう一つ、最後のピースもここで揃うはず……。
「ちょっとなによぉ、こんなとこに呼び出してぇ?」
……ほらみろ、やっぱりだ。
人通りのそれなりにある大通り沿いの果物屋の前、ウキウキで立ち尽くすダニーに近づいてきた女。そいつは気怠げな声でイキったセリフを言い放つ。
そして必要以上にウェーブをかけたクルンクルンの長い髪を指で弄りながら、挑戦的な目つきでダニーを見つめているのだ。
その女の名はマリブ。
「ふむ、やっぱ俺ぁこいつ嫌いだな」
「だろうねぇ、くーくんこういう女の子からいつもバカにされるターゲットにされてたもんねぇ」
「うるせーよ」
俺は肩をポンポンと優しく叩く肉球を払いのける。
それにしてもなんてんだろうこの、“世界中の男が自分とヤりたがっていると信じて疑わない”ような感じというか、自分以外の人間を軒並み見下してる風というか、なんにせよこいつのオーラは全体的に、“イキっている”のである。見ててどうしたってイライラしちまう。
そしてそんなイキりに声をかけられたダニーは頬を紅潮させ、ドモり始める。
「お、おおお俺は、そのま、ままりぶさん、……にその」
「何よぉ? ちょっとハッキリしてくんな〜い?」
マリブはそんなダニーの発言を途中で遮り、気怠げな感じをさらに強めて言う。
それにしてもこいつの喋り方ムカつくな。なんでこのタイミングで語尾のばすんだ。
「ったくよぉこの女は、お人好しのダニーがせっかくお前に恋をしているという……あれ? 恋? こい、……こい、…………せ、性欲? ………………ドM魂? いやもうこれ別になんでもいいなもう帰ろうか」
「いやいや何言ってんだいこれは見ものさぁ! ないよ! 中々ないよ! こんなリアルで観れるドMvsイキりなんてさぁ!」
「ホントお前こういうの好きだよな?」
「ふふーん、……くーくんだって好きなクセにぃ」
言いながら恵が爪で脇腹をツンツンと突いてくるのがむず痒い。
……いやまぁ好きだからこうやって覗いてんだけどよ。
「ご、ごめん、えと、その、マリブさん、……………これ!」
マリブの高圧的な視線を受けたダニーは後ろ手に持っていた皮のムチ(紫のラメ入りリボン付き)を決死の勢いで差し出す。
「は? 何これ?」
それを受け取ったマリブは首を傾げながらムチを繁々と眺める。なんだこの不思議な光景。
「その、……プレゼント」
消え入りそうなダニーの言葉を聞いたマリブはその瞳をグルリと斜め上に回し、更なる疑問を感じている事が伺える。
「えーっと、そうじゃなくて、これぇ、何よ? いやその物体として」
ダニーに視線を合わせたり逸らしたりを繰り返しながら問うマリブ。
「すげぇ、ダニーの野郎あのイキった女を困惑させてやがるぜ」
「ホントだねぇ、ドMは剣よりも強しだねぇ」
「あ、ご、ごめんよ? こらはその、見ての通りムチさ」
「え? あ、あ〜ムチぃ? あ、そ、そ〜じゃないかとはアタシも思ってたしぃ?」
そう言いながらリボンを解きムチをブンブンと振り回すマリブ。うーん、テンパってやがるなぁ。
「……で、なんでムチをアタシにぃ?」
マリブの発する当たり前の問いに、ダニーは少し口籠もってしまう。
「そりゃそうだよなぁ? まさか『あなたにこれで叩かれてノーハンド絶頂に達する為です』とは言えねぇもんなぁ?」
チラリと横を見ると恵は顎に指を当てながら、
「いやいや、ボクの書いたシナリオでトイレに駆け込んだ彼ならあるいは……?」
いやいや流石にそれは失礼ってもんだ。いくらこいつがドMだとはいえこいつはこれでも俺たちの中で1番の常識じ……。
「いやその、……マリブさんに似合うと思って」
やりやがったこいつ! ムチが似合うとかもはやそれdisりだろうが! 好きな女にプレゼントして言うセリフじゃねぇ!
「は? アタシに似合う? このムチが?」
ほら見ろ! マリブのヤロー、自分がタカビーなのも忘れて完全にキョトンとしちまってるだろうが。
「うんうん、最高に似合って……」
「バカにしてんでしょ!」
キレたマリブはムチで思い切りダニーを殴りつける。
「ひゃうっ!」
そしてムチを食らったダニーはブルブルと震え、顔面は圧倒的恍惚。
「まさかこいつ……」
この展開を狙ってやったんじゃ?
という疑問を共有しようと恵みの方を振り向くと、こいつはこいつで一心不乱に紙に何かを書き込んでやがる。
……成る程創作意欲が湧いてきたんだな。
「なるほどねぇ、なんかムカつきはするケド……、これがあれば薄汚いアンタに直接触れないで殴れるのは確かに便利カモねぇ?」
「ま、マリブさんそんなこと言われたら嬉し、……いやキツいくっ!」
ダニーは言ってる途中で一瞬ブルっと硬直すると、後ろを振り向き柱に寄りかかってプルプルと震え出す。
……いや絶対こいつわざとマリブを怒らせやがったな。
しかしこいつ、こんな天下の往来で本物の女使って後悔オ○ニーとか、ジョセフよりダメ人間やってやがんな。
「ちょっと! 意味わかんないこと言ってんじゃないよっ!」
ビシッ。
「ひゃうぃっ! ……うっ!」
「うわぁ……、恵こりゃマジで」
縋るように恵みに視線を向けるも、紙に向かう集中が真剣すぎて俺に気付きもしない。
ピシッ!
「うっ!」
カリカリカリカリ。
…………さて、帰るか。
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