生後119日目②

「どーだった?」


 汚れちまった(ゲロで)ジョセフの介護を無理矢理ダニーに押し付けた後、俺は恵と落ち合っていた。


「完全に崩壊してた」


「……あはは、だろうねえ」


 恵が全てを理解したかのように遠い目をして笑う。


「ーーはぁ」


 そんな恵の柔らかな哀愁を感じ、俺は一気に脱力する。


 焦りのようで焦りじゃなくて、絶望してないのに胸が締め付けられる。


 そしてその気持ちが何なのかを真面目に考えようとすると、頭にボンヤリとしたモヤがかかる。


 ーーつんつん。


「くーぅくん」


 突かれた方を見ると、柔らかく微笑む恵。


 全く、長い付き合いというものは厄介である。


 これまで交わした幾千の言葉を繋いで、切り取って。


 作り上げられた脳内の恵に、


『ふふーん、ボクは全部わかってるから、大丈夫」


 なんて言われてるような気がしてしまう。


「……ふん」


 それが少し暖かくて、それを少し嬉しいと感じてしまう自分が何やら恥ずかしくて、わざとらしくそっぽを向いてしまう。


「なんなのさぁ、そんなそっぽ向いちゃっ……あれ? 赤くなってない?」


「な、なっちゃねぇよ」


 そして照れていることが秒でバレてしまう。


 全く、赤ん坊特有の薄く瑞々しい肌が恨めしい。


「……へーぇ? でも今のくーくん、中二の時ボクに、タンスの奥から『見せたがるにゃん娘』っていうエロ本を見つ……」



「あれは田中から預かったやつだと言ってるだろうが!」


「うわっ!」


 思わず怒鳴りつけ、恵はそれにビクッと固まる。


 ……全く、昔の事をやたら覚えられてるってのも昔馴染みのネックな部分だ。


「……なにさぁ〜、ボクにツンツンされてエッチな気分になったクセにぃ〜このエロ!」


「ならねぇよ! ……大体お前今猫だろうが」


 と、そこで恵は真顔になると、


「ま、それはいいとして、これからどうするつもりだい?」


 なんて言う。


「どうするって?」


「いやほら、お姉ちゃんと喧嘩して家を飛び出し、好きな女の子と同棲するかと思いきやそこからも追い出されちゃった可哀想なお友達を助けてあげるのかい?」


「……そうだな」


 恵の弾むような声に、少し冷静になる。


 そしてしばらく思案し口を開く。


「よし、……ほっとこう」


 それが俺の出した結論だ。異論は認めない。



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