生後111日目⑦

「はぁ〜〜」


「ドンマイ!」


 アシュリーの家から少し離れた広場の噴水に腰掛け肩を大きく落とすジョセフに、俺は力強くサムズアップしながら勤めて明るく言ってやる。


 俺だって今はどっと疲れちゃいるが、落ち込んでるダチの前で強がってやるのもまた友情ってもんだ。


 そして愛しいダチの顔を見ると、そんな俺の想いなんて知らないかのような、恨めしげに責めたような視線をよこしてくる。


「……クナイちゃんがトドメ刺したくせに」


「なんだと?」


「だってそーじゃんかよぉ……、あんな思いっきしアシュリーちゃんとケンカしちゃってさ? ……もうアシュリーちゃんに合わす顔がねぇよ」


 ジョセフは俯き、口を尖らせながらボソボソと言う。


「バカかテメェは! わかってねぇようなら言ってやる! テメェがアシュリーのボケナスに脈なしなのはテメェがダサく生まれた時から決まって痛っ!」


 言っている途中、恵に脇腹を爪で突かれる。


「コラ! そんなヒドイこと言っちゃダメじゃないか!」


 痛がる俺をよそに、恵は落ち込むジョセフの膝の上にちょこんと乗る。


「……恵ちゃん」


 先程までのスネた様子はどこへやら、ジョセフは優しげに微笑む。


 全く、女、……いや猫ってやつはずるいもんだ。


「ねぇ、ジョセフくんはさ? アシュリーちゃんの、どんなとこが好きなんだい?」


 ジョセフは一度、恵に視線を向けると諦めたようなため息をつく。


 そこには何やら穏やかな感情が含まれていて、ジョセフが恵に心を許し始めたようにも見える。


「そうだなぁ、……可愛いとこはもちろんそうだけど、なんての? なんかこう、トゲトゲしてるくせにホントはメチャクチャ優しくて、人のことよく見ててさ? なんてかよ、うまく言えねぇけどさ」


「……そっか」


 恵は一瞬切なげな声で呟くと、ジョセフの腕に優しく肉球を置く。


「ならさ、アシュリーちゃんはどうして、あんなにキミに怒ったんだろうね?」


 恵に優しく問いかけられ、ジョセフは頭を捻る。


「……うーん」


 全くこのバカ野郎は、女にガチンコで惚れたのが初めてなのだろう。


 仕方ない、ここは振られのプロである俺が直々に、


「テメェほんとバカだな、いいか? アシュリ痛っ!」


 言い終わる前にジョセフの膝から降りてきた恵に爪でデコをつつかれる。


「テメェ、さっきからいちいち痛ぇんだよ」


「……もう、くーくんが余計なことばっか言うからじゃないか」


 恵は俺をひと睨みするとまたジョセフの膝へと戻る。

  

「ジョセフくん、ゆっくりでいいからさ? 考えてあげてみてくれないかな?」


「……もちろん、そりゃそんなのはいつも考えてるし、けど俺、バカだからさ……」


 恵はううんとかぶりを振ると、


「そんなことないよ。ジョセフくんはきっと、アシュリーちゃんに夢中で、心が全部そっち向いてて、普通だったら気付けるようなことが見えなくなっちゃってるだけなんだよ、きっと」


 ジョセフは少し潤んだ瞳で膝の上の恵を見つめる。



「……恵ちゃん」


 恵は照れたように前足で後ろ頭。ぽりぽりと掻く。


「……ごめんね? 知り合ったばかりなのに偉そうなこと言っちゃってさ? なんか、ジョセフくんって、すっこい親しみやすくて、まるで昔からの友達みたいな気分になっちゃった」



「ううん、嬉しいよ。俺もなんだかそんな気がしてきたし、恵ちゃんのこと、なんか好きになって来ちゃったよ」


 恵は一瞬ぴくっとする。


「や、やだなぁジョセフくん、そ、そりゃボクは世界一可愛いけどさ? そ、そーいうのはアシュリーちゃんに言ってあげなよ?」


 言いながら恵はジョセフの膝から降りてくるりと振り返る。


「ちょ、ちょっとアシュリーちゃんのとこ戻って今からフォローしてくるよ! あの子もほら、色々あって疲れちゃっただろうしさ?」


 そして返事も待たずにトテトテと駆け出していく。


 その足取りは何処か弾んでいるようでいて、なのに何処か悲しげだった。

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